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第三話 人間、好きなことについては早口になる


 花粉症ではない日向にとって、春とはひたすら心地がいい季節である。

 すっかり葉だけになってしまった桜の下を、のんびりと歩く。



 茶太郎に頼まれた依頼をこなすために、日向は花を探していた。


 彼女の居場所を見つけるのは簡単である。

 考えるまでもなく日向は、文化系の課外活動共用施設、いわゆるサークル棟へと足を向けていた。


 昔からの習慣で同好会を名乗ってはいるが、アナログゲーム同好会は公認のサークルとして大学に認められている。

 改築されて十年という綺麗な活動部屋を、使用することが許可されていた。


 日向は同好会に入ってから知ったのだが、ボードゲーム一つとっても毎年かなりの数が世界中で発売している。

 気になったものを全て買い集めることは、金銭的にも保管場所的にも一学生――よほどのお金持ちは除いて――には不可能な行為である。


 その点、代々の会員が収集を続けてきた同好会の室内は、小さな博物館と呼べる状態となっていた。


 無類のアナログゲーム好きな花が、時間があればそこに居るのは当然だった。

 蝶が花に引き寄せられるようなものである。



 サークル棟を視界に収める距離まで来ると、日向の予想通りに、その手前の広場に目的の相手を見つけた。


 ベンチに座るのは、遠目からでも分かるくらいに姿勢がいい、セミロングで黒髪の女性。

 ゲームの最中もあの姿勢なので、真剣な表情も相まって最初にゲームをともにした時は「この子だけ、命でも掛かってるのかい?」と不安になったことは、日向だけの秘密である。。


 花はピンと背筋を伸ばしたままで、お弁当を頬張っていた。

 部室では匂いで迷惑をかけるかもしれないからと、彼女はサークル棟に近い広場で食事をとる習慣があった。


 よく一緒にいるのを見かける同級生は、本日は隣にいないようである。


「御手洗さん、今日も美味そうな弁当を食ってるな」


 日向は花に歩み寄ると声をかけた。

 彼女が答えやすいように、口の中のものを飲み込んだのを見計らって。


「青空君、いつも、そう言うよね」

「事実だからな。色合いなんか、いつ見ても見事だぜ」 

「ありがとう。でも、勝手に人のお弁当を評価するのはよくないと思うよ」

「あー、言われてみたらそうだよな」


 初めて彼女の弁当を見た時、日向はレジピ本にでものってるような美しさに目を惹かれた。

 以降、内容はそれぞれ違っても、必ず美しく仕上げられた弁当に感動すら覚えていた。


「……まあ、私は嬉しいからいいんだけどさ」

「相変わらず御手洗さんが作ってるのかい?」

「もちろん、一人暮らしだから。レシピサイト頼みだし、たまに冷凍も使うけど」

「たまにって、ほとんど手作りかよ? すげぇな……」


 心がこもった日向の称賛に、花は自慢げな笑みを浮かべた。


「お婆ちゃんにね、食事はいろどりだって言われて育ったから」

「だからって、上手に作れるのは、御手洗さんの努力とセンスだぜ」

「ありがとう……えっと、お弁当を褒めにきたわけじゃないんでしょう?」


 頬を染めた花は、誤魔化すように話題を変えた。


「おう、そうだった。御手洗さんはアルバイトしてるかい?」


 その事実に気づかずに、日向は本題を切り出した


「え? うん。アルバイトはしてるけど」

「そうだよな……一人暮らしなら収入が必要だもんなぁ」

「えっと、時間の調節は聞く仕事だよ」


 日向の困った様子を見かねたのか、花はフォローの言葉を口にすると、そのまま説明を続けた。


「昔からアナログゲームが好きな関係で、私、ドイツ語がそこそこ話せるんだ」

「ん、どうしてゲームならドイツ語が……って、以前、御手洗さんに教えてもらったな。

 ドイツはアナログゲームの市場が巨大だし、名作が多いんだっけか?」

「そういうこと。翻訳されていないものを遊びたいとか、最新の情報が欲しいと思うと、どうしても言葉を勉強しないと」

「さっすが御手洗さんって感じだな、いいじゃねえか、そういうの」

「……ありがとう」


 裏表なく褒められた花は耳を赤くしながら、話を続けた。


「えっとね、それで翻訳の仕事をやってるの。そういうマッチングサイトがあって、何文字で幾らとか、この文章を十日でとか」

「それもう、社会人って感じだな」


 日向の目には、花が急に大人の女性に見えてきた。

 昨日、想像した通りに、彼女こそ自分よりも茶太郎の力になれるのではと、俄然、誘う言葉にも力が入る。


「実はさ、知り合いの爺様が玩具会社をやってるんだけど、そこでアルバイトしてくれる人を探しててさ」

「え、玩具会社?」

「そう。主にアナログゲームの開発と販売、あとは翻訳作業みたいなのをやってる会社なんだけど」


 明らかな好感触。

 手ごたえを感じた日向は、畳みかけるように言った。

 

「……アナログゲーム?」


 花の目に、花――植物というよりも肉食動物の光が帯びる。


「ブラウンスマイルって会社なんだけど」

「へぇ、ブラウンスマイル……ブラウンスマイルッ!?」

「お、おう、ブラウンスマイルって会社さ」


 出会ってから一番大きな声をあげた花に、日向は気圧された。


「ブラウンスマイルっていうと、あのプレイヤーがナマズになって琵琶湖を制する『琵琶湖は燃えているか』とか蟻になったプレイヤーが王国をつくり地下で覇権を争う『アリえないキングダム』で有名な? 動物の世界をカードゲームやボードゲーム化することに定評のある老舗メーカーで海外の有名作品を幾つもローカライズしていて女性ゲームデザイナーでは屈指の知名度を誇る紙山夢さんが在籍する? 一部のアナログゲームファンの間ではプレイ時間が長いものが多すぎると批判されがちなゲームが多いけれどですがそれこそが個性でありコミュニケーションツールとしての――」


「ちょっ、御手洗さん一旦落ち着こう」


 人というのは、ここまで息継ぎしないで喋れるのだという事実に、日向は驚いた。

 三十秒はノンブレスで話していたはずである。


「はぁはぁ、えっと、そのブラウンスマイルが私に誘われてるの?」

「逆だよ逆、パニックになってるから、御手洗さんがブラウンスマイルに誘われているんだよ」


 肩で息をする花を、日向はなだめた。


「そうだよね、私がスマイルで誘われてブラウンなんだよね」

「いや、今度は色々混ざってるから、とりあえず深呼吸」


 促されるままに花は深呼吸を繰り返した。


「ふぅ……ごめんね、私が昔から大好きな――憧れのメーカーさんの名前が急にでてきたから」

「そうなんだ」


 お茶爺ってすごい人なんだなと、日向は白くてモフモフなお爺ちゃんに心の中で拍手を送った。


「ええと、話をまとめると、私はブラウンスマイルでアルバイトしないかって誘われてるんだよね?」

「まとめるもなにも、俺はそれしか言ってねぇけどな」


 混乱して花が話を飲み込めていなかっただけである。


「……夢みたいな話で驚いてる」

「好感触ってことでいいのかい?」

「もちろん!」


 喜びの溢れる顔で花は頷いた。


「それはよかった、どうやら御手洗さんとは同僚ってことになりそうだな」

「え、青空君も一緒に働くことになるの?」


 ピタリと花のまばたきが止まる。


「おう。もしも御手洗さんが、この話を受けてくれるならな」

「これは夢かな、夢だよきっと、うん……夢じゃないとありえないよ」

「大丈夫、夢じゃねえって」


 憧れの会社に誘われて、夢見心地な彼女を見て日向はクスリと笑った。


「ええと、それでどう――」

「もちろん、受けます、受けさせていただきます!」


 食い気味に花が返事した。

 キラキラと目を輝かせるその姿は、日向の目には眩しく映った。


 彼女を誘ってよかった。

 日向は心からそう思った。


お読みいただきありがとうございます (*ᴗˬᴗ)⁾⁾


長台詞の時の御手洗さんは、相当に早口です。


次話は明日の昼頃を予定しております。

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