7. 勇者〈無自覚〉VS魔王〈ロリ〉
その後、俺達は魔王城の中に設置されている、闘技場へと向かっていた。
これはペンタンが自分の庭を荒らしたくないという、身勝手な希望を出して来たために決められた。
気持ちは分かる気がするが、庭を荒らすほどの戦闘なんてしたくないし、そもそも俺にはそんな高度な芸当を出来るような力が無い。
ペンタンにも人の情が少しでもあるといのならば、せいぜい死なない程度に加減してもらいたいものだ。
そんな事を考えていると、目の前には大きな扉が現れた。
ペンタンがその大きな扉を、信じられないことに片手でいとも容易く開けて見せる。
その時点で衝撃的な光景なのだが、その扉の先にも、これまた中々に立派な出来栄えの闘技場が現れ、その圧巻的な姿に思わず緊張してしまい、俺の心臓がバクバクと音を立てる。
扉を開けたペンタンは、俺達の方に向き直り、自慢気な表情を浮かべる。
「此処なら存分に暴れるじゃろ」
「ええ、そうですね」
なぜクルミが答えるのだろう。これから闘技場に降りるのは俺だというのに。
しかし、そんなくだらない事を思える程度には余裕がある事に気付き、そんな自分に対して驚愕していると、
「神道君」
俺の前を歩いていたクルミが突然立ち止まり、クルリと振り返ってくる。
そのニコニコとした顔を見て、俺は背中に嫌なものを感じつつも、その呼び掛けに応える。
「……何だよ」
「言い忘れてたんですけど、神道君は化け物ですから心配しなくて良いですよ」
ハッキリ言って、何を言っているのかが分からないが、とりあえず黙っていて欲しい。
その一言のせいで訳の分からない別の不安に襲われつつも、俺はクルミの言葉を否定する。
「俺は人間だ」
「いえ、化け物です」
なぜ一番気にしている事を強調するのだ。クルミの頭のネジの締め付けの悪さでは信じられない事だが、まさか俺をわざと不安にさせているとでもいうのか。確信犯だとでもいうのか。
「まあそんな事より、早く喧嘩を始めましょっ」
俺がクルミに反論を言う前に、ペンタンが口を挟んでくる。
「此れは決闘じゃ」
確かにそうかもしれないが、別に気にしなくても良いのではないか。
変なこだわりを見せらても、どう反応すればいいのかが分からないので、そういった事は心の中にしまって置いて欲しい。
(つーか、元々は魔王討伐じゃなかったっけ……)
「おい、何をボサッとしておる。早くせんか」
俺がそんな事を思っていたせいか、ペンタンが俺に命令口調で声を掛けてくる。それも相変わらずの可愛らしい声で。
その余りにも激し過ぎるギャップを不審に思っていたせいか、クルミがなぜか優しく声を掛けてきた。
「大丈夫ですよ。しっかりこの目で確かめましたから」
一体、何を見たのだろうか。戦闘力を測ったとでもいうのか。
「なあ、そろそろ始めたいんじゃが」
「そうですね、では始めましょうか」
だから勝手に進めないで頂きたい。俺の意志も少しは尊重して欲しい。
本当に、この二人はフリーダム過ぎる。
俺はこの状況に心底ウンザリしながらも、仕方無しに二人の後をついて行った。
いざ闘技場へと降りてみると、改めてこの闘技場の迫力というものを感じる。範囲も思っていたよりも広い。
「二人共、定位置について下さい」
いつの間にか、クルミは闘技場の中心に立っており、なぜか日の丸の旗を持っている。
それではジャッジが出来ないではないか。本当に何を考えているのだ。全く理解出来ん。
「それでは、始めっ!」
クルミは何の前触れもなく、謎の可愛らしいポーズをとりながら宣言した。
その審判としては相応しくない様子に気を取られていると、いつの間にかペンタンの拳が目の前に迫ってきていた。
「ーーっ!」
不意を突かれた、と言うよりもクルミの様子に気を取られていたせいで、その拳と俺との距離は近づき過ぎていた。
これではもう避けられない。
(終わった)
そう確信し、絶望感に苛まれていると、突然目の前が閃光弾でも投げられたかのように、眩しい光が俺の視界を襲う。
「なっ!」
俺はその時、その短いペンタンの上げた驚嘆の声が聞こえないほど、その目の前に広がるこれまでに見たことも無い光景に、呆気に取られていた。
その余りにも非日常的な光景に、俺は思わず呟く。
「何だよ、これ……」
目の前に迫り来るペンタンの拳。そしてそれを遮るように、俺の目の前には例えるなら光の壁のような、とにかく光に満ち溢れ、輝きを辺り一面に放っている『それ』が広がっていた。
「ふふっ、流石は神道君ですっ」
その光景を見て、クルミは上機嫌に可愛らしく微笑む。その笑みは、まるで初めからこうなる事を知っていたかのような、満足気なものだった。
「くっ!」
数秒後、ペンタンは小さく呻くと同時に、その光の壁によって、後方へと軽く弾き返される。
そのペンタンの表情は、驚愕や不満が入り混じっているような、そんな感じのものが浮かんでいた。
「……は、はは」
気が付けば渇いた声で笑ってしまっていた。どうやら俺には放心状態になると笑ってしまう癖があるらしい。
そして呆然とする意識の中、無意識に呟いていた。
「もう、訳がわからん……」