5. ポンコツ神 クルミ
目映い光が収まると、目の前には商人や村人達で賑わう村が……あるのではなく、何もない野原が広がっていた。
「あ、あれ? おかしいな?」
クルミが困惑を顔に浮かべながら、アタフタとする。
(帰りたい)
初っ端からこの有り様のクルミを見て、俺は不安に溺れる。
正直、既に勇者だとか、魔王だとか、ドラゴンだとかがどうでもよくなってきている。
ただひたすらに帰りたい。
この惨状を見て、答えは既に検討は付いてしまっているのだが、最後の儚い希望を込めて聞く。
「失敗したのか……?」
「……いいえ」
「嘘つくなよ、絶対に失敗だろ。この状況で成功とかどんだけ使い勝手わりぃんだよそれ。さっき挙げた右手はなんだったんだよ」
「ああ、アレはなんというか、そうした方が気分が盛り上がるかと思って」
「ふざけんじゃねー」
もはや感情を込める気も失せた。きっと顔も死んでいることだろう。
「いえ、これでも私は……」
「ふざけてなどいないってか」
「………」
「何か言えよ、ちょっと気まずいだろ」
「う、ウッソでーす……」
言葉と態度が噛み合っておらず、ムリやり感が凄まじい。
それが冗談で失敗した訳ではないことを如実に示し、ただでさえ限界に近づいている心の耐久値がさらに減る。
そもそも、どうして俺みたいな普通で凡人な高校生が、勇者にならなくてはいけないのだ。おかしいとしか言いようがない。
(そうだ、何で俺なんだ……?)
大切なことをすっかり聞きそびれていた。やはり今日の俺はどうかしている。
一瞬迷いはしたものの、俺はその件について聞いてみた。
「ところで」
「はい、何でしょう」
声音からして、失敗したことはもう気にしていないらしい。顔もニコニコとしている。
切り替えが早いことは良いことだとは思うが、出来ればもう少し反省の色を見せて貰いたいものだ。
「どうしましたか?」
クルミは不思議そうな顔をしながら聞いてくる。
心配しているのだろうが、それがわざとらしく思えてならない。
しかし、クルミが本気で心配してくれているようならば、なんだか申し訳ないので、
「……いや、なんでもない」
と応えた。
それを聞いたクルミは、親指を立てながら微笑む。
「そうですか、それは良かったです」
「殴るぞ」
「え?」
その反応は俺がすべきだろう。なぜクルミが驚くのだ。理解出来ない。
色々と言ってやりたいことはあるが、俺はそれらを飲み込み我慢する。
「……話を戻すぞ」
「戻すも何も、まだ」
「黙って俺の話を聞け」
クルミの態度に嫌気が差し、つい声に怒気を混ぜてしまったが、クルミが黙って頷いてきたので俺は続ける。
「何で俺みたいな普通で凡人なヤツが、勇者なんかに選ばれたんだ……?」
「……聞きますか?」
そう言うクルミは、やたらと真剣な表情を向けてくる。
俺はてっきり「ああ、それは神道君が抽選の結果、選ばれたからですよー」などと言ってくるものだと思っていたため、さっきまでとのギャップに少し戸惑う。
そして、クルミはその生真面目な顔をしたまま告げてきた。
「神道君は、神によって選ばれたんですよ」
「神って……神話とかの?」
「はい」
「創造神とかの?」
「そうです」
それらの言葉を聞いた俺の頭に、さらにいくつもの疑問が浮かび上がる。
しかし肝心なところをまだ聞けていないので、俺は改めて聞き直す。
「なあ、何で俺なんだ? 勇者にすべきなヤツなんて、もっと他に居たと思うんだけど」
「そ、それはあり得ませんっ!」
「お、おう……」
いきなり大きな声を出されると心臓に悪いので止めて頂きたい。
俺がそんな事を思っていると、クルミはなぜか目を瞑りながら続ける。
「何故なら神道君を選んだ神は……」
「……神は?」
謎の妙な間に変な期待が膨らんでいく。本当に何に期待しているというのだろう。
辺りが謎の緊張感に包まれる中、クルミはカッと目を開き、
「私だからですっ」
とドヤ顔を向けながら言ってきた。
「あ、お前って神様だったの」
気が付けばそんな心にも思ってない事を口走っていた。
言っておくが、別に何とも思っていないわけではない。
ただ、こんなヤツが神なのだと思うと悲しくなり、驚こうにも驚けないだけなのだ。
俺がクルミに哀れむような視線を向けていると、それに気が付ないのか、それとも何か勘違いでもしているのか、クルミはキョトンとした顔をする。
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「言ってないし、聞きたくもなかった」
俺がそう言うと、これまたなぜなのかは知らないが、クルミは満更でもないような顔をしながら照れる。
この女は本当に謎めき過ぎている。可愛い顔もこれでは台無しだ。
「あれ、もしかして今私のことを可愛いとかって思いました?」
クルミは口元を手で隠し、ニマニマとしながら茶化すように聞いてきた。
確かに思ったのは思ったが、それはあくまで外見の話だし、可愛いなんて応えてもメリットなんて無いため俺は否定する。
「いいや、まったく」
「本当に?」
「本当だ」
そう応えると、クルミは目を見開きながら信じられないといった表情を浮かべて聞いてくる。
「え、神道君って本当に男の子なんですか」
「なぜそうなる」
「だって、私が目の前にいるんですよ? 美少女が冴えない神道君とお話してるんですよ?」
「……まあいい」
悔しいことに言っていることは間違っていない。
確かに俺は冴えない顔をした普通の男子高校生だし、クルミは中身を知らなければ男なら誰でも惚れ込むような美少女だ。中身を知らなければ。
しかし、気を抜けば惚れ込む可能性も残念ながら否定出来ない。
俺は改めて世の中の理不尽さに失望しながら、来世は美男子か美少女であることを切に願う。
「神道君?」
その声に俺の意識は戻る。
そして話がいつの間にかそれていた事に気付く。
俺は一つ咳払いを置いてから聞いた。
「そんなことより、結局村はどこにあるんだ?」
クルミは深刻そうな顔付きをしながら応える。
「それがですね、ここから結構離れた所にあるんです……」
「……どれくらい、てか、ここどこなの?」
これまた肝心な事を聞いてなかった。無事に帰れたら医者に診てもらおうと思う。
そんなことよりも、さっきから嫌な予感がするのはなぜだろうか。
まさかとは思うが、今いる場所が魔王城なんてことは流石にあるまい。
俺がそんな事を思っていると、クルミは笑って困った顔を誤魔化しながら言った。
「魔王城です」
「ふんっ!」
「がはっ!」
俺は左手に力を込めて、クルミの腹に拳を入れた。
「な、なにするんですか」
クルミが目をウルウルとさせ、腹を抱えながら聞いてくる。
その様子を見ていた俺は、大きく息を吸いこみ感情に任せて怒鳴る。
「このポンコツがぁぁっ!」