007 シガ
幼さが残ってはいるものの、整った顔立ちはそこらへんのアイドルと遜色なく、頬は痩せているわけではなく、ふっくらみを帯びたシルエットなのは親しみやすく好感度が高い。
金色というかオレンジ色というか、そんな色の髪の毛はくりんくりんと癖のついたショートカット。そこに薄い黄色の角が生えている。鹿みたいな角ではなく、とんがったタケノコみたいな角だ。
見て見ぬふりをしていたけど、実は彼女、何も身につけてないんだよね。
視線のやり場に非常に困る。
高校生(彼女はいたはず)の俺には直視できない!
下半身は牛で茶色の毛が全体に生えているのだが、上半身は素っ裸のつるつるのお肌。
それも女の子。
発育は良く、大きな双丘がその存在をアピールしている。
別に現状を確認しているだけでやましい気持ちは無いぞ。
うんうん。
体は鍛えられているようで、肉付きはよく引き締まっているところは引き締まっている。
背も結構高くて、下半身と相まってパワーがありそうな体をしている。
「ん、んーっ……」
うをい!
彼女が発した言葉に俺はびくっと体を震わせた。
ふ、ふう……寝言だったか。
別にやましいことをしていないのだから堂々としておけばいいのだ。
「ミルグナ草っ! ……はっ!」
一際大きな寝言を言った後、彼女はガバッと飛び起きて、あたりを見回し、そして俺と視線が合った。
身動きをせずにじっと俺のことを見ている彼女。
いったい何を言ったらいいんだろうか。
いや、俺はコミュニケーション能力の高い陽キャラ! だったはず。
ばっちり会話してやるぞ。
ま、まずは自己紹介からだ。
俺の名前は……。思い出せないんだった。
くりくりの目が俺をじーっと見て……まるでエセ陽キャラだということを見透かされているようだ。
「失礼しましたダゾ!」
彼女はそういうと、片ひざをつき頭を垂れる。
俺の前に跪いている形だ。
「オレの名前はシガといいますダゾ。新たな魔王プローヴェル様」
「(な、なんでその名前を⁉)――何故、余の名前を知っておる」
「は、はいダゾ。何故かわからないけど胸の辺りが熱くなって、貴方が主であり、お名前もわかったんダゾ。それに、その魔導書ラプラスと宝玉マクスウェルは魔王ブラムド様から継承したものだとお見受けするのダゾ」
魔王ブラムド。なるほど、ブラムドは魔王だったのか。
ということはこの城は魔王城で、このシガと名乗った子は魔王の配下ということだろう。
とにかく聞きたいことは山ほどある。
いったい何から聞くべきか……と思案しているところ、なにやらシガがそわそわとしているのに気がついた。
そうだった、シガはお姉さんを助けに行こうとしていたのだ。
「(シガ、話は後だ。君のお姉さんはどこにいる?)――シガ、うぬの姉はどこぞ」
俺の問いかけに、シガの表情がぱあっと明るくなる。
「助けに行ってもよいのですかダゾ!」
「(ああ、急ごう。事情は道すがら教えて欲しい)――許す。事情は途中で申せ」
「ありがとうございますなんダゾ。まさかプローヴェル様自らおいでいただけるとは思わなかったんダゾ!」
そう言うや否や、シガは森のほうへと走り出していた。
ちょ、ちょっと待って!
早く助けに行きたいのは分かるけど、置いて行かないで!
急いで後を追おうとする俺の目に、シガに突き刺さっていた剣が映った。
おそらく戦いになる。
誘拐犯から穏便にシガのお姉さんを取り返せるとは思わない。
シガは素手だった。徒手空拳で戦うスタイルなのかもしれないが、俺はごく普通の高校生。何部に所属していたかは思い出せないが、たとえ運動部であっても戦いの、実戦の役には立つまい。
俺は護身用として剣を拾い上げ、米粒のように小さくなったシガの姿を追うのだった。
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思ったよりも足が速い。
それが俺の素直な感想だった。
牛といえば動きが鈍いイメージがあったが、シガの鍛えられた下半身はとてつもない瞬発力を生み出しており、おそらく人間の短距離走者よりも速い。
獣道とはいえ森の中だ。木々が邪魔してスピードなど出ないのが普通だが、見事な平衡感覚というか、バランス感覚というか、ひょいひょいとかわしながら進んでいるのが見て取れる。
俺はというと、魔法陣の浮力を使い前に進んでいるわけで、出力もさることながら慣れていないことも理由で一向に距離は縮まらない。
これは試されているに違いない。
俺がシガの主たる器があるのか、まずは追いついて見せろということだろう。
まだ魔王をやると決めたわけではないのだが、男として格好良いところは見せておかねばなるまい。
大分コツもつかめてきたところだ。
いくぞ、スピードアップだ!
俺は速度を上げる。
かなりの加速が付きすぐにでもシガに追いつけるだろう。
ここでギャグ漫画であれば突如現れた木にぶつかってリタイアするところだがシガの真後ろを追うという頭脳プレーにより、危険な木々を避けることができた。
「(追いついたぞ。どうだ!)――シガよ、これで余を認めるか?」
「なんのことなのダゾ? それよりもプローヴェル様、少し止まるのダゾ」
シガは急停止すると、目を閉じて鼻をスンスンとさせ、匂いをかいでいるようだった。
うーん。どうやら試されているわけではなかったようだ。
そうだよね、こんな純真そうな子が人を試したりしないよね。
次回もシガの魅力をお伝えします!