021 side 勇者リシュー その4
このお話が、第1章の最終話となります。
「あいつこっちを見てやがる。敵っていうことで間違いないよな?」
「待ちなさいリシュー、あれは相当やばいです。
おそらくヤツの放っている炎は魔炎瘴気。我々が魔法で起こす炎とは質も威力もけた違いです。
ひとたび魔炎瘴気に飲まれると体が燃え尽きてもその炎は消えることはありません」
「……そいつはやばいな。
その話が本当だとすると復活に時間がかかりまくる。今の俺たちには致命的だ」
「ええ、ここはいったん退却するしかありません。
それに軍の本隊に速やかに連絡してこいつを何とかしなくては、ブラムド以上の脅威になりかねません」
「そんな……。魔王ブラムドを倒してリシューは名実共に勇者になるのよ?
ここまで来て退却するだなんて!」
「おそらく魔王ブラムドは死ぬでしょう。
見てください。どうやらこの召喚はブラムドにとっても想定外だったのでしょう。魔物達の生命力である瘴気は失われて、頼みの綱の宝玉マクスウェルでも再生することは叶わないと見ます」
3人は胸に深く剣が刺さったブラムドに視線をやる。
確かに先ほどまでの串刺しになって暗い紫色の血液を噴き出していてもまだ生命力ある姿とは異なり、すべてを吸い取られたような弱々しい姿になっている。
炎の魔人の首が動き、眼下のブラムドへと向けられる。
自身を召喚した者の哀れな末路とでも思っているのだろうか。
「今なら隙だらけなんじゃないか?
それに召喚されたてのホヤホヤだし全力とは言えないはずだ」
「リシュー、功を焦るのはよくありません。敵の力をよく見極めなさい。
あなたの力、いや、我々の力を束にしたところであいつには敵いませんよ」
「分かってる……。
くそっ、俺にもっと力があれば……」
「気を付けて、あいつが!」
炎の魔人がその太く大きな腕を左右に動かす。
見たこともない動作に3人は警戒を強める。
どんな攻撃が自らめがけて飛んできても対処できるように。
火炎放射か炎の渦か、それとも不可視の攻撃なのか。
「smkhea、ggaswajiiyu」
奇妙な言語を発した炎の魔人だが、想像した攻撃はまだ襲ってこず、3人が注視するしかないその腕はまっすぐ彼らへと伸ばされた。
瞬間、激しい爆発音と共にその腕が爆散した。
「mbguegeowaggwsasemxzzfhuearsawaga」
声なのか音なのか分からない微振動の後、炎の魔人の体全体が連鎖的に爆発していく。
「な、なんだ? 何が起こっているんだ?」
「体中が爆発してる……」
「二人とも撤退です! おそらく肉体を捨ててこの世界に適合しようとしているのです。先ほどの比ではなく魔炎瘴気が強くなっています!」
「逃げるぞエミリ、俺たちはこんなところで死んでいる場合じゃない!」
リシューはエミリの手を取ると一目散に出口を目指して駆け出した。
「あっ、ふ、二人とも、私を置いていかないでください! うぎゃっ!」
仲間に置いて行かれて焦ったハンスは、自分たちがバラバラにしたメイド人形の残骸に足を取られて無様にもすっころんでしまった。
放置されることの恐怖から体勢を立て直すこともせず、再び転んでごろごろと前転しまいそうになりながら、二人の後を追っていった。
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魔王城城門での戦いは人間達の勝利で終わろうとしていた。
総勢30体ほどいた魔物の軍勢も今や動いているのはメスのミノタウロス1体だけ。そのミノタウロスも傷だらけで今にも崩れ落ちそうである。
20人余りの人間達が皆、残った1体のミノタウロスを相手にしているのかというとそうではない。
すでに戦場から姿を消しているものもいる。
それは死んで帰還したということを意味しているのではない。
その答えの前に、なぜ彼らは魔物と戦っているのかという話をすると、彼らは彼らで自分たちの望みを満たすために戦っているのだ。
すなわち金のため。
民たちの平穏であるとか自分の名誉であるとか、そんなもののために戦っているのでは無いのだ。
ではなぜ戦えば金になるのかといえば、魔物を倒したら金塊をドロップするとかそういうわけではない。魔物を倒しても死体が一つできるだけだ。
彼ら人間はその死体を、死体から取得できる素材を売って金に変えるのである。
「おい、いつまでそいつに構っているんだ。早く腹を掻っ捌いて牛黄石があるかどうか確かめろよ」
この場に残ったわずかな人間たちの声がする。
「こいつはしぶといんだよ、お前も手伝え!
っとに、俺もラミアを運ぶほうに回りたかったぜ……」
魔物の軍の中に10体はいたラミアの姿は辺りのどこにもない。
辺りにあるのはミノタウロスの死体ばかりだ。
まるで最初からその場にはいなかったかのように。
いや、1体だけその姿を見ることができた。
それは数人の人間に引きずられて森の中へと連れ込まれようとしている。
「オリ姉を、はなせっ! 連れて行くなんて許さないんダゾ!」
体中傷だらけのミノタウロスが気丈にも声を荒らげている。
その傷は仲間たちがやられていく中も屈することなく戦い続けた証だ。
「許せなかったらどうするってんだよ。え!」
まるで弄ぶように人間は剣を振るい、ミノタウロスに傷を増やしていく。
「お前たち、許さないんダゾ! みんなを殺して! 許さないんダゾ!」
残った力を振り絞って、ミノタウロスは手にした巨大な戦斧を振り回す。
「くそっ、こいつ、金にならないミノタウロスのくせに!」
自分の担当作業が遅れていることに焦りと苛立ち見せる人間。
「そこをどくんだぞ……っ……」
優勢に見えたミノタウロスが突如活動を鈍らせた。
それは本当に突然の事。
相対している人間には明確にその理由が分かった。
ミノタウロスの胸から刃物が生え、暗紫色の血が噴き出したのだ。
「おい、お前ら、何をチンタラしてるんだ! 死ぬぞ!」
膝をつき地面に倒れこもうとしているミノタウロスの横を、城の奥から出てきた男と女が駆け抜けていく。
魔王の間から逃げ出してきたリシューとエミリだ。
リシューは眼前で戦っているミノタウロスが逃走の邪魔になると判断し、落ちていた剣を投擲したのだ。
狙い通り剣は後ろ向きのミノタウロスの背を貫き、障害となる前に排除することに成功した。
「どういうことだよ、リシュー! あ、おい」
一目散に逃げ去るリシュー達に、ただ事ではないことが起こったのは理解できる。
「退却です退却! 炎の魔人に巻き込まれてもしりませんよ!」
後から駆けてきたハンスもそう声をかけるだけで、横を過ぎ去っていった。
「くそっ、あいつらしくじりやがったな!
まあいい、こいつの分を除いたとしてもこちらの儲けは十分に出るはずだ」
崩れ落ちたミノタウロスをちらりと横目で見ると、その男も勇者達の後を追って走り去っていった。
背中から胸を貫かれて地面に倒れこんだミノタウロスは、声にならない声を発しながら森の方向へと弱々しく手を伸ばし続けていた。
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愛するメイド人形を壊された魔王ブラムドは怒りと哀しみに身をゆだね、自らの命を触媒として、かねてから研究中であった異界の魔王を呼び出す召喚術式を実行した。
だが、触媒であるその命は尽きようとしているところであり、異界の魔王をこの世界に定着させるには至らず、召喚術式は不完全なものとなってしまった。
そしてその召喚に巻き込まれた日本の高校生、黒瀬優斗はこの世界に変革をもたらす事となる。
これがこの物語の真のオープニングなのである。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ストックがなくなったのでこの後は不定期更新となりますが、お許しください。




