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後編

「チーム戦の良いところは、チームメイトに、特等席で戦いを見せつける事が出来る点だとわたくし、勝手ながら信じさせていただいていますけれど、お二人はどう思いますの?」

「どう思うって……えっと、一回戦頑張って?」

 アルハ達のチーム戦当日。選手用の控室にて、アルハとレイルとリナーリア……今はブルーマスクとなっている彼女であるが、本番前最後の相談を行っていた。

「トップバッターは任せてくださいまし! もう、それはそれは舞台を盛り上げ、次へ繋いで差し上げますわよ!」

 控室は小ぢんまりとして、壁紙だって汚れているというのに、ブルーマスクの存在は輝かんばかりで、胸を張り上げている。

 きっと、会場の方では、実際に輝くための装置なども用意しているのだろう。

「期待してると言いたいところだが、相手チームについては気を付けろよ。チームアベレージなんて名前を付けちゃいるが、あっちの3人とも、堅実さが目立つ連中だ」

 レイルの表情は険しい。どうにも、彼女の評価としては難敵に当たってしまった状況であるらしい。

 戦う順番はブルーマスク、アルハ、そしてレイルの順であり、ブルーマスクとアルハが勝ちさえすれば、レイルの番は回って来ない。それでも油断を消していない以上、どちらかが負ける可能性を、レイルは考慮しているのだろう。

「そんなに厄介な相手なんですか?」

「堅実さ以外には特徴が無い。そこのブルーマスクに言わせれば、華が無いなんて言い方になるか?」

「あら、そこまでは言いませんわよ? 玄人好み。と言ったところですもの。そういう戦い方も、興行には大切。主流にはならないタイプではありますけれど」

 そう言うブルーマスクであるが、やはり彼女も油断をしている雰囲気では無い。ひたすら目立とうとはしているが……。

「どう出て来るか分からない相手でもある。うちとの相性を鑑みるに、奇をてらった奴が二人いるせいで、むしろ悪いかもな」

「僕も含まれてるんですか、その奇をなんとかしてる奴に」

「ちなみに私はむしろあっちのチームと同じ堅実なタイプだ」

「あらやだ、良く言いますわね」

 笑みを浮かべる口元に、手を当てているブルーマスク。

 そう言えば、アルハはレイルの戦い方についてはまだ良く知らない。彼女が乗るアイアンブレイドは、剣を持って戦う鉄巨人であると言うくらいだ。

「あちらが統一的なチームなのに対して、わたくし達はそうでもない。チームルーズ(ばらばら)でしたかしら? 案外、的を射た名前を考えて来ましたわね、アルハさん」

「行き成り、みんな手を繋いで力を合わせる。なんてのは逆立ちしたって出来そうに無いチームでしたから。ちょっと、皮肉が直接過ぎますかね?」

 本番前に、アルハが何とか考え出したチーム名だ。他の二人の意見については詳しく聞かずに決めたのであるが、時間が無かったため、不満があれば申し訳ない。

「いいえ? 愛嬌があって、わたくしは好きですのよ。レイルさんはどうかしら」

 険しいままの顔をしたレイルに向けて、そんな事は気にせずにブルーマスクは話しかける。本当に、こういう場面を見ると仲が良いと思うのだ。

「この後、勝利を祝えるのなら、良いチーム名になるんじゃあないか?」

「ふふっ。相変わらずですこと。では、そろそろ行って来ますわね。闘技場でお会いしましょう?」

 一人、ブルーマスクは控室を去って行った。これから、鉄巨人入場用の出入口まで向かうのだろう。

「僕らもチームメイト用の観戦席まで移ります……よね?」

「ああ。そうするか……」

 ブルーマスクが去ったと言うのに、不機嫌さはそのままのレイル。そんなに、相手のチームが気に入らないのか。

「開催者側が、力量の離れたチームを組ませる事って、あんまり無いんじゃないです? 相手が強いチームだって言うのなら、こっちも相応に評価されてるって事でもあります」

「それだけなら良いんだがな……」

 意味深な事を呟くレイル。おかげでアルハは、観戦席に向かうまでの間に、消せない不安が生まれてしまう事になった。




 チーム戦のガントレットにおいて、チームメイトの観戦席は、ブルーマスクの言う通り特等席そのものだった。

 と言うか、闘技場の内側にせり出した様な場所に用意されており、一応、壁の上側にあるものの、迫力があると言うより危険を感じさせる位置に存在していた。

「観戦席で見ている僕らも、見世物の一部って感じなんですかね。一般の観客席からはこっちも見る事ができますし」

「一応、気を付けておけよ。ここ、普段なら関係者用の通路で、ガントレット中は立ち入り禁止のはずだ」

 レイルの言葉を信じるならば、鉄巨人の挙動如何で、こちらに害が飛んでくる可能性があるらしい。

「……席からすぐに立ち上がれる様にはしておきます」

「ああ」

 そんな危険な観戦席に移った後もまだ、レイルは不機嫌さを崩していない。一応、今は観客でもあるのだから、空気は良くあって欲しいのであるが……。

「戦いが始まったら、さすがにこう……元気になった方が良く無いですか? ブルーマスクだって、半端な選手じゃないんですから、そう簡単には負けないはず……」

「どうだかな。ほら、あれを見ろ」

 あれ……闘技場へと入場する二体の鉄巨人を顎で示すレイル。片方は勿論、ブルーマスクのグランドゴリラである。

 何時も通り、派手に入場し、火薬をふんだんに使った花火を打ち上げながら、甲高い声でコロッセウムを沸かせていた。

 そうして、恐らくこれも何時も通りなのだろう。グランドゴリラに比べて地味に映ってしまう相手の鉄巨人もまたそこにいる。

 レイルが示しているのは、二体のうち、敵側のそれだった。

「確か鉄巨人の名前はスタイルフォーマル。状況に応じて装備を使い分けるのが特徴……なんでしたっけ?」

「相手チームが決まってからは、ちゃんと事前に情報を調べていたらしいな」

「言って一日前に情報公開でしたからね。それ程のものじゃあありませんよ。謙遜とかですら無く」

 知らされたのもチーム名と参加している相手の鉄巨人の登録名のみであった。そこから、相手の戦い方や、鉄巨人に搭乗する選手までを一応は自分で調べたつもりだったのであるが、役に立つかどうかは分からない。

第一、レイルはアルハが調べる前から相手について知っている様であるし。

「状況に応じた装備ってのは相手チームそのものの特徴だ。スタイルフォーマルは勿論、後の二体もそう何だろうが……選手の戦闘順番が決まってからの装備の変更は認められていない。その意味が分かるか?」

「相手の装備は……それでも対グランドゴリラ用のそれに見えますね」

 スタイルフォーマルはその手に、鉄巨人サイズの弓。そして十数本の矢が収まった矢筒を背負っていた。

 予備兵装としては両方の腰にナイフらしき物がそれぞれ二本ずつ。そのナイフも投げナイフとしても使える形状に見える。

 武装の類としては重装であるが、代わりに鉄巨人そのものはほっそりとした長身で、より一層、物々しく感じる外見になっていた。

 そうして何より、遠距離戦闘を重視していると言うのが見るだけで分かる。

「やっぱり、グランドゴリラは遠距離戦が苦手で?」

「苦手も何も無い。あいつは接近戦しかしないのは知っているだろ」

「うう……完全にメタを張られたわけですか……いや、でも、ブルーマスクが一戦目に出るって、相手に予測できましたか?」

 誰がどの順番で戦うのかが戦いの直前に決まるのだとしたら、相手の有利な装備を用意するために、こちらの思考を予想しなければならないはずだ。

 アルハはそう考えたのであるが、レイルは首を横に振った。

「いや、恐らくは全員、遠距離戦を想定した装備で来てるはずだ」

「それってつまり……」

「ああ、全員がブルーマスクを警戒してるんだよ。私やお前は眼中に無しってわけだ」

 さっきからレイルの機嫌が悪い理由を理解する。舐められたからキレているのだ。

 そう言えば、彼女の機嫌が悪くなったのは、コロッセウムに入り、戦う順番が決まってからだ。選手はその際、一回戦で戦うそれぞれの鉄巨人を見る機会があった。

「で、でも、それって、僕が舐められているのかも……ですよ? ブルーマスクに勝って、僕にも勝てば、それであっちの勝ちが決まる。そういう作戦なのかも……」

「それはそれで、お前が一番舐められてるって事だ。それについても腹が立ってるんだ、私は」

 一応、チームメイトとして真剣に見ていてくれているらしかった。アルハはその事について、少しばかりの嬉しさと、プレッシャーを覚える。

 自分の立場が、より一層、重要になってしまったのだから。

「それに、ブルーマスクの扱いにもイライラさせられる。遠距離戦で固めたところで、容易に勝てる相手だと思われてるんだぞ? あいつは!」

「ああもう、分かりましたから落ち着いてくださいよ」

 やっぱり仲が良いなこの二人。などと思いながら、アルハはレイルを宥める。

 イライラしたところで、戦いの順番も、鉄巨人の装備も、そうしてガントレットも始まってしまったのだ。

 闘技場ではブルーマスクの何時ものド派手な口上が終わり、これまた何時もの、グランドゴリラの突貫が行われていた。

「ほら、グランドゴリラの何時もの調子を見てくださいよ。あれなら何時も通りの戦いで……えっと……相手の予想通り……不利な感じで……?」

 突貫し、それ以上の距離をスタイルフォーマルに取られ、矢による攻撃を受ける。対ブルーマスクを想定したものだけあって、グランドゴリラの巨体を揺るがす威力だ。

 突貫し続けるグランドゴリラは、その度に矢による攻撃を受け続ける。

 以前に槍を使った攻撃で似た様な状況になっていたが、今回はグランドゴリラのダメージが上回っている様に見えるし、一方で、距離を置いている相手へのプレッシャーは減じているだろう。

「不利ではあるな。だが、あいつの戦い方はそれを承知でいるし……勝率も悪くないんだよ」

「何か手があると……?」

 レイルの答えを聞く前に、観客席に響くブルーマスクの声があった。戦いの途中でも、通信装置は機能しているし、パフォーマンスも忘れないらしい。

『やりますわね! スタイルフォーマルッ! わたくしのグランドゴリラに膝を突かせるなど名誉の中の名誉と知りなさい!』

 叫ぶブルーマスクであるが、相手は答えない。一応、あちらの通信でも、会場中に仕込まれた通信装置で、同じく声を響かせる事ができはするのだが。

(まあ、恥ずかしいしね……って、それどころじゃない!)

 声は元気そうであるが、グランドゴリラにはダメージが蓄積している。

 相手の鉄巨人を見れば、まだ数本の矢が残っており、それすべてを耐えられる程、ブルーマスクに余裕は見えない。

「手が無いな。4本あっても、全部関節を極めるためのものだろうし」

「じゃあこれでおしまいじゃないですか!?」

 闘技場の中央に陣取るグランドゴリラに対して、常にスタイルフォーマルは壁際だ。グランドゴリラの動きを注視し、どの様な動きを取ろうとも、迅速に、出来る限りの距離を置こうと努めていた。

 さらには矢を番え、グランドゴリラに追撃を加えようと―――

「手は無くても、グランドゴリラは跳ぶ」

「え?」

 レイルが言うや否や、グランドゴリラが闘技場の地面から飛び立った。いや、そう見えただけで、実際は中央からジャンプしただけだ。

 その跳躍力が、鈍重そうな外見から大きく外れたものであったため、認識が追い付かなかったのである。

 グランドゴリラは高らかにジャンプし、体を捻り、闘技場の壁へと着地した。

「は?」

 垂直に立つ壁に着地できるはずがない。また錯覚だ。グランドゴリラは着地したわけではなく、壁に足を付け、また跳ねたのだ。

「デカい背部の腕に惑わされがちだが、あの足も中々……って言うか、金に物を言わせてるから、そもそもからして上等な鉄巨人なんだよ、グランドゴリラは」

 その脚部の力と、背部の推進力変換器が、アルハのブラックケイン程では無いにしろ、グランドゴリラを三次元的な動きへと誘導する。

 結果、相手は狙いを定められないでいるらしい。平面上で狙いを定めるよりも、今のグランドゴリラを狙うのは何倍も難しい事なのだろう。

 そうしてグランドゴリラは何をするか? それは今までと変わらない。ただ突貫あるのみだ。

『ブルーマスクっ! 貴様は何時もそうだ! そうやって相手を驚嘆させ、唖然とさせ……そうして踏みつぶして来る! だが、今回は違う!』

 相手の選手も感情が昂ったのか、遂には声を荒らげた。

 なるほど、これはショーだ。互いの感情のぶつかりが、そのまま声となり響き、観客達にもその感情を伝えていく。

 観客は感情を発したどちらかに自らの情動を重ね合わせ、さらに舞台は盛り上がっていく。

『今回は……何が違うと言うのかしらっ!』

 跳ね回り、敵の隙を生み出し、そうして突貫したグランドゴリラが、背部側の大きな右腕で、スタイルフォーマルの腕を掴んでいた。

 こうなってしまえば、以前のアルハの様に、ひたすら無茶をするしか逃れる術はあるまい。

 相手の戦い方に対応して武装を変える様な、小器用さを主体とするスタイルフォーマルに、それが出来るとは思えない……が。

『こうだ。私は……こう違う!』

 相手選手のその言葉は、ハッタリなどでは無かった。

 何故か、本当に何故か分からないが、グランドゴリラの手が止まっているのだ。

 背部右腕の次にと伸ばしていた、背部の左腕の方が、スタイルフォーマルを掴めず、その直前で止まっている。

 未だに背部右腕で相手の腕を掴んだままのグランドゴリラであったが、両の腕で掴み取らなければ、その攻撃は万全とは言えない。

『これは……小癪な事をしましたわねっ』

『何時も思っていたよ。その腕は、どうしてそう大きく、だと言うのに、的確に相手を掴み取れるのかとね!』

 今がもっとも、この試合において熱狂すべき場面なのだろう。だが、アルハの心境は、凍り付きそうな程に冷たい。

 グランドゴリラの片腕が動かなくなった種明かし。それは、スタイルフォーマルが腰部に装備していたナイフだった。

 投げナイフとして使うのだろうと思えたそれは、小さく、細く、そうして、グランドゴリラの巨大な背部の腕。その関節へと通す事が出来る。

「腕がデカい癖に、あれだけ動ける腕ってのは、それだけ、関節部分の装甲を薄くしなきゃならない」

「そんなの分かってますけど……出来るものなんですか? そんな事が」

 接近戦を得意とする相手の懐に入り、薄いと言っても僅かな隙間であるその関節に刃物を通す。小器用なんて言葉では収まらない。相当なテクニックがそこにある。

 良く見れば、背部右腕の方にも、何時の間にかナイフ刺し入れられていた。グランドゴリラの背部腕部は完全に封じられた事になる。

「メタを張られイラついてる場合じゃなかったな……あいつらもあいつらで、必死にこっちと戦おうとしてやがった」

 そのための鍛錬もしてきたのだろう。ブルーマスクを、そこまでの脅威と思っているからこその結果だ。

『参りましたわね……こうなると、前の腕だけで殴り合うしか無さそうですわ!』

 ブルーマスクもタダで終わるつもりは無いらしい。

 グランドゴリラの背部巨腕。もっとも強力な武器は封じられたのであろうが、普通の腕の方はまだ動くのだ。

 だが、スタイルフォーマルもここまで来れば、引き下がるつもりは無いらしい。残った武装、ナイフ二本を掴み、グランドゴリラの拳と向かい合って振るい始めた。

 だが、未だ決着が見えないはずのこのガントレットにおいて、今後を予想した様な言葉をレイルが発した。

「……くそっ。あとの二戦。負けられなくなったぞ、アルハ」




「まったく。途中からヒール役がこちら側になってしまいましたわね。流れから言って、負ける側にならなければ、収まりが悪くなりませんこと?」

「はぁ……そういうものなんですかね?」

 一回戦が終わり、控室へと戻ったアルハは、次いでやってきたブルーマスクの愚痴を聞き続けていた。

 もう少し落ち込んだりしているのではと思っていたが、案外、元気そうに見える。

「良いですの? 悪役が勝利する事もありますが、全体の流れとしては勧善懲悪。これぞレスリングの本髄ですの。つまり、流れの中で悪となるならば、それは即ち、負けを覚悟しなければならない状況と言う事」

「いやぁ……わかんないです」

「一々、聞く必要も無いぞ。ったく、結構無様だったんじゃないか? ブルーマスク?」

 ブルーマスクに顔も合わせず、無作法に椅子へと座り、机に肘を突いているレイル。控室に入ってから、ずっとこの調子だった。

「返す言葉もありませんわね。敗北は確かなわたくしの責任。さらに言うのであれば、相手に読まれやすい戦いを続けて来たわたくしの存在にも関わって来る」

「そこまでの事じゃあ……」

「いいえ。負けを認めなければ、一歩たりとも前には進めませんのよ、アルハさん。無様に無様を重ねる事にも繋がります。ですから……」

「ですから、何なんだ? ブルーマスク。お前はどうするつもりだ?」

 喧嘩みたいな雰囲気になってきた。いざとなれば自分が止めなければとアルハは身構えるが、何故か、ブルーマスクは胸を張った。

「勿……論っ! 敗北の原因を突き止め、その部分を改善し、さらにこれは何時もの事ですが自らを鍛え上げ! それでも私の在り方を変えぬ戦いを努めて差し上げますのよ! おーっほっほっほ!」

 高らかに笑う。通信装置なんて無くても、周囲に響かせる天性の笑い声。何時もは五月蠅いなと思えるそれだったが、今、この場においては、どこか光を感じられるものであった。

「まあ、お前はそうだな。何時だってそうだし、これからだってそうなんだろう。一応言って置くけどな……そういう部分は私だって評価してるぞ」

「それは光栄な事ですわねっ。とは言え、少々今回は堪えました。少し、お花を摘みに行ってまいりますの」

 さっきやってきたばかりだと言うのに、ブルーマスクはまた控室を出て行った。いろいろと落ち着きの無い人だと思う。

「……分かってると思うけど、暫くそっとしといてやれよ」

「いえ、分かんないんですけど……そうしなきゃ何ですか?」

「あー、そうだな。女心とか分かんないだろうな。お前さあ」

 何だろう。とても馬鹿にされた気がするが、分からない物は分からない。第一、自分は男なのである。

「知りませんけれど、ブルーマスクの事は放っておけば良いんですね? 世間話もせず?」

「いや、世間話程度ならしても良いんだが……本人も、それなりにショックを受けているって事だ」

「その割には、むしろレイルさんの方が辛辣だったじゃないですか」

「私はあれで良いんだよ。あっちだって、気使いなんてせずに済むんだからな。それに……本人は絶対言わないだろうが、一応、あの敗北の言い訳だってあったろうよ」

「あ、そう言えば、決着の前に、グランドゴリラの敗北を予想してましたけど、あれ、何なんです?」

 最後の接近戦。あの時点でレイルは戦いの行方が分かっていた様子だった。経験則や目利きと言ったもの以外に、そういう結論を出した理由があるのなら知っておきたい。

「あの状況に至るまでに、グランドゴリラ自体のダメージが蓄積していたのが一つ。ブルーマスクの言う通り、流れも相手側にあったってのも一つ……そうして決定的なのが」

「なのが?」

「途中で動きに戸惑いがあった。ブルーマスク本人にだ」

「あの人がガントレットの途中で戸惑うですって?」

 そんな事、これまでも、これからだって有り得ない事の様に思えた。

 ブルーマスクの事はレイルの方が良く知っているだろうが、アルハの知るブルーマスクは、躊躇や遠慮と言うものを排除した世界でガントレットをしている様に見えていたから。

「そりゃあ、チーム戦だからな、それが関わって来れば、躊躇もするさ。ほら、グランドゴリラがジャンプした時の事を見ただろ」

「ああ、凄い高さにジャンプして、闘技場の壁を足場にして、さらに跳ねたりしたあの戦い方」

 驚愕したその動きであるが、グランドゴリラの基本的な戦い方を思えば、かなり有用な奥の手に思えた。いや、足か。

「基本、直線的に近づいて相手を掴み取る戦い方ですけど、それに相手が対応してきたら、足を使った跳躍で三次元の動きへ変化させる。その動きの変化に戸惑う相手の隙を作って……。うん。戦法に幅があって良いですよね」

 そういう変則的な部分は見習いたいところである。アルハの方は戦い方そのものが、そもそも変則的だろうとは言ってくれるな。

「そうだ。闘技場の壁を蹴るんだよ、あの戦い方……今回のチーム戦だと、万が一の心配ってのが生まれちまう」

「ああ……そうか。僕らや、相手側のチームメイトが……」

 何時もと違い、戦わないチームメイトは、他の観客より近い場所でガントレットを観戦しており、闘技場の壁への衝撃は、そのチームメイト達へ伝わってしまうかも。

 ブルーマスクはそれを、戦いの最中に気付いてしまったのだろう。だからこそ、十全には動けなかった。

 アルハが見たブルーマスクの動きは、その実、何時もの彼女の全力では無かったのかもしれない。

 そうして、その不調を相手に突かれもした。

「実際は、コロッセウム自体、そんな柔なものじゃあ無かったが、何分、初めての事だからな」

 試験的なチーム戦。その弊害が出たのだろう。こういう事も有り得る。次回に活かそう。今回は運が悪かった。そういう言い訳だって、正当なものであるはずだ。

「けど、ブルーマスク本人は納得してなくて、だからこそ、実は気落ちしているだろうから、せめて僕らはそこに深く突っ込まない様にしとくって、そういう事で良いですか?」

「漸く理解してくれたみたいだな。複雑な乙女心って奴を」

「断じて違う種類のそれと思いますけどね」

 ただ、乙女心では無いのだから、そういう矜持は理解できなくも無かった。そして、そんなブルーマスクに対して、アルハが出来る事も自ずと見えて来る。

「ここで一番彼女を元気付けられる方法。思いつきましたよ」

「ほう? お前はこれから、何をするって言うんだ?」

 ニヤリと笑うレイル。彼女も意地が悪い。とっくに何をするべきかを気付いていて、ずっとアルハが追い付いて来るのを待っていたのであろうから。

「勝ちますよ。次の試合。勝たなきゃチームだって勝てない。そうして、勝ってやって、ブルーマスクにどうだ、すごいだろうって言えば良いんでしょう?」

「上等だ。そういう気分のまま挑めれば、少なくとも心の方は万全だろうさ」

「技術や能力の方も、万全でありたいんですけどねぇ」

 その部分に関しては、アルハ自身未知数だ。経験はと言えば、誰よりもゼロに近いだろう。だが、そんな不安な部分だって飲み込み、挑まなければならない状況と言うものがある。

(世の中、ままならない物ばっかりだ)

 それは愚痴では無く決意である。そんな世の中だって、前に進んでやろうとアルハは決意していた。




 ブラックケインの操縦席に乗り込み、その操縦桿を握れば、アルハの鼓動は自然と高鳴って来る。

(これが一定を越えると……どうにもぶっ飛んでしまうんだよな)

 今はまだ冷静だ。自分の悪癖を思いながら、頭を掻くくらいは出来ている。一応、冷静な状況だと言えた。

 ただ、その冷静さで、これからを制御できるかと言われれば、無理だろうなとも思う。

(闘技場へ近づいて行く度に、やっぱり興奮してくる。わくわくしてしまう……これは、相手を見て数秒もしたら、完全に飛ぶな)

 それはアルハの感情面での話でもあるし、ブラックケインが物理的に跳ぶ事でもあった。多分、今はそれが一番楽しいのではと思うのだ。

 ブラックケインで闘技場中を跳ね回る。ブルーマスクだってやっていた事だ。ブラックケインならもっと派手に、もっと激しくそうできる。

(ああ……駄目だ駄目だ。それは確かに楽しいけれど、勝つための行動ってわけじゃあない)

 ブラックケインを一歩ずつ前へと歩かせ、外の明かりが見える闘技場の入場口へと向かう。その中で、自分は何のためにここを進んでいるのかを、自分自身に言い聞かせていた。

(あくまでも勝つ。楽しむにしたって、そこも考慮に入れなきゃ……ガントレットの選手とは言えない。そうだろ? ブラックケイン)

 入場口を通り、闘技場へとやってくる。反対側の入場口では相手の姿がそこにあり、その姿を見た瞬間、予想した通りに鼓動が跳ね上がった。

(まだだ……まだ我慢しろ。相手を見ろよ……相手の鉄巨人をちゃんと見るんだ)

 歯を食いしばり、目を凝らす。相手の鉄巨人の名はシューティングボックス。その名前の通り、遠距離戦のみを主体としている鉄巨人だ。

 形は歪なそれであり、人型が常に頭と肩を下げ、足は曲げた状態がデフォルトになっている。そんな印象を受けた。

(常時屈んでいる様な状態だから、的としては小さく、さらには安定もしている)

 これもまた、遠距離戦を主体にする鉄巨人としては正しい在り方なのだろう。シューティングボックスの厄介なところは、そんな遠距離攻撃にも種類があると言う事らしい。

(バネに寄る弓の射出や、ばら撒かれるタイプの砲弾に、電磁鞭の様なものまで使うそうだけど、あれの中に全部入ってるのか?)

 シューティングボックスは、その両肩に大きな箱を一つずつ抱えていた。

 恐らく、相当な重量があるから、動きは阻害されるし、何より接近戦になった時は邪魔だろう。

(多くの選手が、そう考えて接近戦を挑んだんだろうけど、それでも相手に近づく前のダメージで敗北したんだ……と思う)

 あくまで聞いた話と相手の勝率を鑑みての想像だ。だが、大きく外れてもいないはず。

 安易な攻撃をするべきではない。ましてはグランドゴリラの様に直接突貫などもっての他。

 むしろ、ブラックケインにも遠距離攻撃用の武装がある事を考慮に入れた行動を―――

(あ、良いこと思い付いちゃった)

 アルハの鼓動が、跳ね上がる。




 シューティングボックスに乗るガントレット選手、パラミス・ネミストスは慎重な男だ。

 例えば今回、戦う事になるブラックケインとその選手について、正式な試合回数はこれで二回目の素人である事を知りながらも、油断はしない姿勢を貫いていた。

(軽快に動く一等品の鉄巨人であるのは、前回の試合で知っている。予測不能な性格をしているのも既知だ。俺はそれだけで、油断はしない)

 素人に近い相手であろうとも、万全を尽くす。パラミスはそう考えてこの闘技場へやってきていた。

 今回だけでは無い。何時だってだ。

 敵から逃げ回りながら、一方的に攻撃する。そう他人から蔑み混じりで囁かれている事も知っているが、むしろ、ある種の的を射ている発言だとも考えていた。

(だが、余人は知らない。その一方的な攻撃が、どれだけの慎重さの元に行われているかを)

 相手の鉄巨人は売り評判の通り、自分のシューティングボックスより性能が上。一方で、経験的な意味ではあらゆる部分で自分の方が上のはずだ。

 そういう状況でも、冷や汗は止まらない。万が一が有り得る相手。少なくともそう評価できるのならば、油断などもっての外だ。

(悪いが……お前にとっては酷く詰まらない戦い方をさせて貰うぞ)

 シューティングボックスと共に闘技場へと入り、相手の黒い鉄巨人を見る。自分のシューティングボックスの方がもっとだろうが、歪な輪郭をしている。

 その輪郭の歪さ。その大半を占めるのが、腕に固定されている杖であろう。あれが曲者なのだ。

(間違いなく遠距離攻撃用の武器! こちらと相対するのならば、まずは遠距離同士の撃ち合いから始めるのが常道……などと思ってはいないだろうな―――

 杖が飛来した。互いが闘技場へと入った以上、戦いは既に始まっているのだから、その杖に驚くのは恥である。

(いや、むしろ甘い! 甘すぎるぞ!)

 その杖を、シューティングボックスは半身動かす事で避けた。飛んでから避けるのであれば到底間に合わないだろうが、予想していたのだから容易い。

 相手の思考を予想する。まずは一発。それで相手の様子を見よう。当たれば御の字などと考えていたのか?

 であれば甘い。そちらの杖は六発あり、一発を無駄打ちしたに過ぎないのだ。

 (さあ、こちらを恐れ、一本ずつ無駄に武器を消費するが良い。それに対処するくらいは―――

 三本ほど、同時に飛んで来た。

「なぁ!?」

 即座に反応し、さらに一本を避けるものの、残りの二つにシューティングボックスはぶつかり、激しく揺れる。吐きそうになる震動の中、それでも致命的箇所にはぶつからなかったのは幸運か。いや……。

「おい、何を……お前ぇっ!」

 ブラックケインはまだこちらに腕を向けている。そこから放たれようとしているのはさらなる二本。つまり、相手は初手で飛び道具すべてを使い尽くすつもりなのだ。

(ああ、認めよう。俺が甘かった。最善かは知らないが、お前は良い手を打った……だがっ!)

 初めからすべての手札を使い切らせるチャンスとも言える。今にも発射されそうな二本の杖。それに耐える事が出来たのならば、一気にこちらの有利となる。

(まずは……一本目かっ)

 最初の4本でバランスが崩され、さらにはダメージを負っているシューティングボックス。一本の直撃でも、そのまま勝利を決する可能性すらあったこの状況。

 だからこそ、パラミスは冷静さを取り戻した。後が無くなる以上、吹っ切れるしか無くなったとも言える。

 まずは音が聞こえた。杖が射出される音。その音を聞いて反応してからでは遅いが、既にシューティングボックスは行動に出ていた。

 背負う箱の片方から、こちらも兵装を解き放ったのである。

 だが、それは遠距離用の武器では無い。むしろ、それから守るための盾。正確に言えば、鉄巨人大の網である。

(俺のシューティングボックスに対して、遠距離戦を仕掛けようとしてくる相手だって、いくらでもいる……!)

 だからこそ、それへの対処も考えてあった。

 伊達に重いボックスを背負ってはいない。そこには種々の兵装を詰め込める利点と、何が入っているのかを相手に気取られない利点とが詰まっているのだ。

 網はシューティングボックスの前方へと広がり、杖がシューティングボックスへと届く前にそれを包み込み、その勢いを減じさせる。

(網の射出は二発……! あと一本も外さず対処すれば―――

 相手の飛び道具、すべてを潰せる。油断さえしなければそれが出来る。そういう自信がパラミスにはあった。

 実際、最後に飛び掛って来るそれに対して、網の射出は間に合っていたのだ。

 だが、油断をしないというのであれば、パラミスは真っ先に頭の中へ叩き込んで置くべき事があったはずなのだ。

(この敵は……細緻な戦いを……突き崩す事が得手なのか!?)

 最後の杖は、確かに目の前にあった。それに向かって、網を射出する事も出来た。

 だが、飛んで来たのは杖ではなく、最後の杖を手に持った、ブラックケインそのものだった。




「ハァアアアアッハハハハハ!」

 とりあえず相手に接近しながら、アルハは笑う。興が乗っていたので、通信を相手の鉄巨人に繋げながらも笑う。相手はちゃんと聞けているだろうか。

 お互い、随分と愉快な状況になっているのだから、思いっきり笑うべきだと思うのだ。

 もっとも、笑おうと笑うまいと、ブラックケインとシューティングボックスが正面からぶつかる事に、変わりはないのであるが。

『うごぉあああああっ!?』

 繋げた通信から、相手の悲鳴がさっそく聞こえて来た。こちらの笑い声と綯交ぜになって、実に心地よい音楽が耳に届いてくる。

 こちらがぶつかる前に、相手が放って来た網。それはブラックケインを止めるまでは行かず、結果、お互いが絡んだ状況のまま闘技場を転がる。

 そんな時のBGMは、悲鳴と笑い声のデュエットに決まりだろう。

 しかし残念な事に、それも長くは続かない。転んだところで、壁に当たればそこで止まるのだから。

「ハァッハハっ……ハハ、舌切った」

 口の中に血の味が広がる。まあ、ちょっと血が出ている程度で済んで良かったと思うべきだろう。このままお喋りが出来るのだから。

「気分はどうだい!? こうやって近くまで来てやれる事って何だろうね? その背中の箱、この状態でも撃ったりできるのかな! 面白いからやってみようよ!」

『何だお前!? 何なんだ!?』

「つまんない返し方するなよぉ!」

 ブラックケインに持たせた最後の杖の先で、シューティングボックスの、片方の箱を突く。網に絡まったままなので、かなり無理矢理な動きであり、それもいくつかの繊維に引っ掛かり、引き千切りながらの突き入れ。

 多分、ブラックケインに無理をさせる動きのはずだが、無理なんて最初からさせているのだから誤差の範囲だ。

『舐めっ……舐めるなぁっ!』

 舐めてなんて最初からいない。そんな姿勢、相手に失礼だろう。

 アルハはただ、楽しく勝とうとしているだけだ。

「はい一つ潰れたぁ! どうする? もう一個行って置くか―――

 ブラックケイン全体に強い衝撃。危うくまた舌を噛みそうになるも、幸運な事にそれは避ける事が出来た。

 何があったのだろうと、やや鈍く動く様になったブラックケインを起き上がらせてみれば、そこには、アルハがさっき潰した箱が、さらに酷い状態になっているシューティングボックスの姿があった。

 もっと言えば、その箱を中心としてシューティングボックスの装甲そのものがひしゃげている。

 もう一歩で半壊。そんな状態のシューティングボックスが、それでもまだこちらを向いているのだ。

「良いね。そっちも良い感じにぶっ飛んでるじゃないか!」

 接近されたままでは、どう足掻いても勝てない。そう考えて、潰された方の箱から、そこに詰まっている兵装すべてを無理矢理射出したのだろう。

 当たり前の様に暴発したそれは、ブラックケインを吹き飛ばし、シューティングボックスにはもっと酷いダメージを与えていた。

 そのまま、戦闘不能になってもおかしくないそれであったが、それでも立っている。相手は一か八かの賭けに出て、それに勝ったのだ。

(と言っても、ガントレットの勝ち負けはまだ決まってない。勝負はこれから……だろう? そうだろう!?)

 その事に益々興奮してくる。相手は不利な接近状態から、無理矢理にブラックケインを剥がす事が出来た。

 だが、それでもダメージは相手の方が上である。こういう状況において、経験を持った相手はどの様な手段で不利と有利の差を埋めて来るのか。

 それがこれから見られるとなれば、舌なめずりくらいしたくなるだろう。勿論、簡単に自分の有利を捨てるつもりなんて無いから、アルハは再びブラックケインを走らせる。

 動きが多少鈍くなったとは言え、元々が機動戦主体の鉄巨人だ。すぐにまた、接近戦に持ち込めるだろうと思えたが。

「だっ!?」

 操縦席ごと視界が揺れる。身体が大きく揺さぶられる感覚もまったが、なんとか耐えた。しかし、危うくブラックケインが転び掛けた。

『もう俺は……一度たりとも失敗はしない。たった一度のミスもしない。そうする事でしかお前には勝てなくなってしまった』

「なるほどなるほど。綱渡りをしてくれるってわけだ。どうだい? そういうの、やっぱりハラハラドキドキするかな?」

 シューティングボックスがやった事は、無事の状態で残ったもう片方の箱から、飛び道具を射出したというだけだ。恐らくは、小さな鉄球の様なものだろう。

 それを、動き出したブラックケイン。その足元において、もっともバランスが崩れやすい場所を撃ったのだ。

 ダメージはそれほどではあるまいが、それでも、ブラックケインは大きく揺れ、転び掛けた。それだけ効果的な場所を狙ったのだと分かる。

(凄い集中力だ。凄い技術力だ。なんとも凄い経験値と戦法だ)

 一撃でブラックケインを仕留める事は出来ない。というより、大きな攻撃をすれば、その反動が隙になって攻め込まれる可能性があるし、そもそもその反動にシューティングボックスは耐えられない状況なのだろう。

 だから、自ら動く事なく、相手の動きに合わせて、その微かな隙を突き、小さなダメージを与えて行く事に決めたのだと思われる。

 それを選択するのは、小心故ではあるまい。むしろ大胆さすら感じられる。一つでも手を間違えるかミスを犯せば、シューティングボックスは敗北するのだから。

(ああいうのを僕が出来るか? いや出来ない。出来ないよね? 名人芸。職人のそれ。いったいどれだけガントレットを続けて来れたのか……うん。でも、そんな事はどうでもいいや)

 感心し、興奮し、尊敬してからそれらを止めた。けれど何もかもが止まるなんて退屈だ。だから、気にせずブラックケインを前に進めよう。

「ぐっ……!」

 またもやブラックケインの視界がブレる。先ほどと同じ鉄球によるバランス崩し。一歩たりとも前に進ませるものか。そんな意思がこの攻撃から伝わって来る。

『どうした? それで終わりか? 俺はここにいる。お前の目の前だ。お前が俺のシューティングボックスに近づきさえすれば、お前の勝ちだぞ?』

「なんだ、案外お喋りなんじゃないか」

 こちらへの挑発だろうけれど、黙られるよりは退屈せずに済む。それでもまだまだ退屈だ。もっと楽しく、もっと荒々しくやろうじゃないか。

「勝ちが目の前にあるんだから、手を伸ばさないなんて嘘だ。そう思うだろ?」

『ふんっ。かもしれないな? だが、それが目の前にぶら下げられた釣り餌かもしれないぞ? いやいやその実、本当の勝ち筋かもしれない。お前はどっちを―――

 勿論、目の前の餌に飛びつく。ただし、生半可な勢いではない。釣り餌だろうと本物だろうと構うものか。

 変わらず前に進み、そこにバランス崩しの鉄球を受け、やはり揺れる操縦席。それをアルハはもっと揺らした。

 転びかけるなんて退屈だ。それこそ、本当に転んでしまえ。

「はぁっ!」

 鉄巨人が地面に転ぶ衝撃というのも、中々に感動的だ。

 操縦席に乗る自分も鉄巨人の一部であり、鉄巨人へのダメージは自分自身へのダメージに繋がるのだと実感させてくれる。

『分かったぞ。お前は……心底からの愚か者だ』

「今さら分かり切った事に気付くなよぉ! ねえ!」

 笑う。アルハは笑う。あちらも自身の勝利を確信して笑っているだろうか。けど、そんなものは関係ない。アルハはブラックケインの腕を、転んだまま前に突き出した。

『一度転んだ以上、起き上がらせなどさせるものか!』

 伸ばした手を支えにしようとしたところで、またも鉄球に弾かれ、転ぶ。もう片方の腕も前へ。またも鉄球を撃たれ、転ぶ。

 相手の残弾は幾つだろうか。ブラックケインの耐久力より上だろうか。

 今、この瞬間に細かい攻撃を中止して、大きな攻撃を一か八か繰り出してくるのはどのタイミングだろうか。

「はっ……ははっ……ハハハハハ!」

『何を笑うっ』

「楽しくってさぁ! 何とも……これは遣り甲斐のある行為だろっ」

 両の腕を前に突き出し、またも起き上がろうとする。右腕がまず弾かれ、その次に左腕、だが両の腕が弾かれる間に、膝を地面に叩き付けてまた前へ。

 相手は気付いているか? ブラックケインはその四肢を弾かれる毎に、体を少しでも引きずらせ、前へ前へと進んでいる事に。

『くそっ。何だ……何を……狂ってるんじゃないか、お前は!』

「怖がってるんじゃないよ! 狂ってるなんて当たり前じゃないか! まだ勝負の途中だろうに!」

 残念な事に、敵の攻撃は少しだけ止んでしまった。まだそのタイミングでもあるまいに、何故か相手の心のどこかを折ってしまったらしい。

 だから、今度は全身を使って前へ進んだ。立ち上がって前に進むなんて立派なものではない。兎に角体のどこかを地面に突き出し、前へ前へ。

『ち、畜生がっ』

 相手がまた、同じ様に姿勢を崩そうとしてきたが、もう遅い。姿勢は整った。半ば膝を突き、さらにはみっともなく相手へ腕を突き出している様な姿勢だが、これで十分だ。

 ブラックケインの背部にある推進力変換器が、周囲の霧を吸引して、それを文字通り推進力へと変えていく。

 あとはまあ、突っ込むだけだ。これなんて、ブルーマスクと似た様な戦法では無かろうか。

「戦法って言うより、鉄砲玉かな! 文字通りさぁ!」

 ブラックケインが跳ねる。向かうはシューティングボックスそのものだ。さっきまでは姿勢の関係から、まっすぐ飛べるか不安だったが、相手の油断のおかげで愉快な状況が出来上がった。

 飛び掛る寸前に、転がっていたブラックケインの杖が見えたので、ついでに握り込み、それを先端に前へ。

『ぐっ……おおおおおっ!』

 相手選手の叫び声が聞こえた。どうやら、あちらも腹を括ったらしく、残った箱からすべての兵装を解き放とうとしていた。

 飛び掛るブラックケインに対して、あちらの矢や鉄球が、狙いも定めずに襲い掛かって来た。

 ガツンガツンと音と衝撃。痛く、とても痛く、またしても舌を噛みそうな衝撃に気を失いそうになるが、ギリギリのところでアルハは耐えていた。

「鍛えた甲斐が……あったってもんさ! 限界近くまで、きっちり楽しめる体が、少しは出来上がってるからねぇ!」

『ぐっ……うう……』

 ブラックケインはボロボロだった。相手の遠距離攻撃に対して、むしろ率先してぶつかりに行った様なものなのだから、当たり前だ。

 普通の試合であれば、ブラックケインのダメージはそれで勝負が付いているものだろう。立っているのもやっと。いや、支えが無ければ倒れて動かなくなる様な状態。

 だが、支えとしているものが、結果を違うものへと変えていた。ブラックケインは突き出した杖をシューティングボックスへと叩き込み、操縦席を避けたとは言え、その胴体を貫いていた。

 ブラックケインが支えとしているのは、シューティングボックスそのものだ。最後の攻撃により、残った部分さえ壊れたシューティングボックスが、トドメとばかりにブラックケインの杖に貫かれている。

 どちらもボロボロの鉄巨人。だが、どちらが勝利したかについては、観客達にも一目瞭然だろう。

 ブラックケインは力強く杖を突き入れ、立っている。一方で杖の先にあるシューティングボックスは、四肢を力無くだらけさせて、その戦意を喪失させていた。




 今度は戦いが終わる前の気絶を避ける事が出来た。その事についてアルハが思う事は、一歩前進したなという実感である。

「……進歩せず、この医務室に毎回来るつもりかね、少年」

「いやだなぁ、せっかく成長を噛みしめていたところなのに」

 医務室のベッドの上……と言う事では無いが、それでも相変わらず全身が痛むため、ガントレット専属医に、試合後、診て貰っているのだ。

 ちなみに、対戦相手であるシューティングボックスの選手は、別室のベッドに運ばれている。

「成長と言うよりも寿命を擦り減らしているのではと思うがね」

 変わらずの無愛想。と言うよりも邪険に近い態度の医者。専属医で無ければ、客なんて絶対に取れないタイプだろう。

「まだ先があるからこその無茶だって思いません?」

「先の無い奴だって、ここじゃあ無茶をする。まったく……どいつもこいつも仕事を増やしやがって」

「仕事があるのは良い事じゃないですか。喜びましょうよ」

「まったくもって御免被る。ほら、迎えが来たぞ、とりあえず2、3日休めばマシにはなるだろうから、さっさと帰れ」

 迎えと言われ、医務室の出入口を見れば、そこにはレイルの姿があった。

「あ、もう試合開始ですか? すぐに観戦席に行かないと」

「いや、まだもうちょっと時間があったから、世間話でもしに来た」

 椅子から立とうとしていたところ、途中で止められて中腰になる。そんな姿勢は腰が痛いため、すぐに椅子へ座り直す事にした。

「おい、世間話にしたところで、ここでするなよ」

 本気でうざったいと言った様子の医者であるが、レイルは慣れたもので、特段気にした風ではない。

「別にちょっとくらい良いだろ? あれだ、次の試合で病室に運び込まれない様に努力してやる」

「そんな努力は当たり前の行為だろうが。くそっ……寝てる患者を診て来る。戻って来るまでに出とけよ」

 なんと医者の方が部屋を出て行った。とんでもない医者も居たものである。ついでみたいに診察される患者も可哀想だ。

「あの人、前からずっとあんな感じなんですか?」

「私の知る限りはそうだな。率先して怪我人になってやってくる人間ばかり見てると、ああいう風に根性がねじ切れるんじゃないか?」

「ちょーっと理解し難いですね」

「そんなもんはお互い様だろうけどな」

 言われてみれば、世間一般から見て、ガントレットで鉄巨人に乗って殴り合う人間というのは、中々に理解され難い性格をしているのだろう。

 アルハとて、その一人なのだ。

「それで……世間話って言うのは? あ、もしかして、僕の公式戦初勝利を祝いに来てくれたんですか?」

 現在、体の痛みこそあれ、アルハは上機嫌であった。

 その理由はと言えば、ガントレット2戦目にして、初めて勝利した事に寄る。

 今回もまた、楽しかったなと言う印象が強い戦いであったが、さらには勝利を掴めたと言う事で、その余韻がずっと続いているのだ。

「おいおい。まだ勝利じゃあないだろ?」

「水を差す様な事を言わないでくださいよ。そりゃあ……まだ終わってませんけどね」

 今回のガントレットはチーム戦。アルハが勝った事で、一勝一敗まで持ち込んだ状態だった。最後である次の一戦によって、本当の勝利は決まるのである。

「だからな、次で本当に喜べる勝利にしてやるから、楽しみにしとけよって、そう伝えに来たんだよ」

「何ですそれ、めっちゃキザな発言ですね。うわぁ、格好良いですね? レイルさん?」

「ああくそっ。言うな。自分で恥ずかしくなってきた」

 顔に手を当てて表情を隠そうとするレイルであったが、手のひら一つで隠せるほど、頭と言うのは小さく無い。

「ま、勝って欲しいとは素直に思いますよ。じゃないと、無茶した甲斐がありません」

「どうであれ無茶しないって事も無いだろ、お前」

「どういう意味です?」

 さっぱり理解できない発言である。

 無茶をしているのではなく、戦いを楽しんでいるだけだ。と返そうとして、少しばかり、ぶっ飛んだ発言になってしまうなと思ったため止めておく。

「今回は良くやったって事だよ。前みたいな滅茶苦茶さは相変わらずだが、勝ちにも拘っていた。最後のシューティングボックスへの突貫。あれは勝とうとしてなけりゃあ出来ない結果だ。違うか?」

「……今、気分が良い理由の一つではありますね」

 前の試合では、ガントレットの後に、何か、夢を見ていた様な気分でしかなかった。

 まるで、ガントレット中の自分と、そうで無い時の自分が別々の様な、そんな状態だったのだ。

 だが、今は違う。ガントレット中と今、さらにはその前の時から、ずっと貫いた感情があった。

 夢ではなくしっかりとした現実の中、自分は自分の意思で勝利したのだと言う実感が確かにあるのだ。

「何としても……勝ってやるって思い続けていたんです。どうしたって、勢い任せの戦い方しか出来ないだろう僕ですから、その感情だけは……忘れたく無かった」

「うん……お前はそれで良いんじゃないかな? 戦いへの心構えなんて人それぞれなんだろうが……お前にとっては、一番らしいやり方だよ」

 経験豊富なガントレット選手にそう言って貰えて、嬉しい限りである。そんな嬉しい気分については、もっと続いて欲しいと思う。

 だからこそ、憎まれ口を叩いてやろうと考えた。

「今の気分。レイルさんが負けたら全部台無しですからね。それはもう、必死に戦ってくれなきゃ困ります」

「ははっ。まあ見てろよ。伊達にチームルーズのトリを飾っちゃあ居ないんだ」

 アルハが見る限り、レイルは一切の気負いが無い様に見えた。

「さて、そろそろ時間だ。試合に向かうには良い時間だろうから、お前もここを出て観戦席に向かえ」

「はいはい。しっかりとこの目で、レイルさんの戦いを拝見させていただきますよっと」

 今度こそ、椅子から立ち上がる。その動作の際、やはり体が痛むものの、その痛みだって、今はそれなりに心地良い。

 それに、一々立つのにも時間を掛けていれば、医者が帰って来て、また文句を言われそうでは無いか。




 医務室から観戦席へと向かったアルハ。そこで待っていたのは、今にも始まろうとしている第三回戦目と、それを見つめるブルーマスクの姿であった。

「そう言えば、レイルさんのアイアンブレイドが戦う姿……見るのは初めてですね」

 あの姿の女に対して、どう話しかけて隣の席に座るか考えたものの、何かしら畏まる必要も無いかと考え直し、挨拶代わりの世間話をしてみる事にした。

「あら、アルハさん。体の方はもう大丈夫ですの?」

「大丈夫じゃないくらいにあちこちズキズキしてます。いや、動けはするんですけどね」

「それは良い調子ですわ。きっと筋肉がさらに鍛えられたいと望んでいるのでしょう」

 そんな望みを求める体でも無いはずだが、反論はしないでおく。深入りすれば、もっと驚きの発言が飛び出して来そうだからだ。

「次にガントレットで戦うまでには、戻しておきたいところですね……それで、さっき言ったレイルさんについてなんですが」

「聞きたいのは戦い方ですの? それとも経験値? もしくは……勝てるかどうか?」

「出来れば全部かな。あ、でも、勝ち負けについては最後で良いや」

 相手はこちらを試す様な問い掛けだったが、やはり深くは考えない事にする。少なくとも、ブルーマスクはチームメイトだ。いちいち深読みせず付き合える関係性を目指したい。

「では戦い方から。レイルさんったら、もう鉄巨人の名前そのまま、剣を鉄巨人に握らせて戦いますのよ?」

「アイアンブレイド……まさに名は身体を現すって感じだけど、本当にそれだけなんですか? 剣を持って、殴りつけるだけ?」

「持つ剣の種類は幾つかあるみたいですわね。相手に合わせて、材質や用途も多少違っているとか」

「けど、名前通り剣は剣って事か」

 戦う側として見るに、やり辛い部分はあるかもしれない。自分に合わせた、自分の苦手な武器を使ってくる癖に、その外観は同じなのだ。

 どう対処すれば良いのか、実戦では迷う事に繋がる。ただ、そういう懸念は、通常のガントレットでの話でしかないと思う。

「今回、チーム戦では、直前の武装変更は無理ですよね。相手に合わせた武器をって言うのは難しいんじゃないですか?」

「いいえ? ここはレイルさんの性格の悪さと言ったところで、対遠距離戦用の武器は用意していると思われますわよ」

「ああ……ブルーマスクさんに狙いを付けて来る可能性は高かったですもんねぇ」

 相手が完全にブルーマスク狙いの構成で来た事にレイルは怒っていた様子であったが、自分は自分で相手の思考を読む戦い方をするつもりだったらしい。

「わたくしが接近戦のみで戦うと決めた時点で、レイルさんの中でそうなる事はほぼ決定していたと見るべきですわね。ああ、レイルさんの経験値に関しましては、器用にあれこれ対応できるくらいには豊富と言っておきますわよ」

 その点に関してみれば、レイルは今回の相手チームにこそ性質が近いのかもしれない。あらゆる相手に、効果的に戦える。そんな経験を持つレイル。

「性格が良かったら、敵に回っていたところでしたね、レイルさん」

「ええ、まったく。あれで性格の方がよろしければ、それはもう引く手あまたの人気選手になれますのにねぇ」

 胸を撫でおろすアルハと、頬に手を当てて悩ましそうなブルーマスク。本人がいれば怒鳴り散らしそうな意見を互いに吐き出すものの、鬼の居ぬ間にと言う奴である。

「それと、最後の勝てるかどうかのお話でしたかしら?」

「いえ、それはもう……そうですね、もっと後の話で良いです。この戦いが終わった後で」

 アルハはブルーマスクとの会話を一旦中止する事にした。闘技場内に、レイルのアイアンブレイドが見えたからだ。




 気合が入っているかと尋ねられれば、そんなのは何時だってそうだと答えるし、緊張しているのかと聞かれれば、戦いの時に緊張しない奴がいるのかと尋ね返す。

 レイル・ハリュームが戦う時の意気込みというのはそんなものだった。深く気負い、どんなガントレットでもここが土壇場であると心に決める。

(自分を追い詰めてこそ、勝ち取れるものがあるもんだ。そういうものだろう?)

 心の中で語り掛ける相手は、意思なんてあるはずも無いアイアンブレイド。

 もし意思があるとしたら、すぐさま主人に反逆するであろうくらいには使い潰し続けている相棒だった。

『レイル……アイアンブレイドのレイル・ハリューム。聞こえているか』

 闘技場へと入り、戦闘開始の合図に剣を振りかぶろうかと言ったところで、相手から通信が入る。

 相手の名前はガラフン・ボートン。絵に描いた様なおっさんと言った顔をしながら、ガントレット選手としては経験豊富で強敵である。

 乗り込む鉄巨人はアーマードバージン。昔気質と言えば良いのか、基本は素手と機体の基本性能で戦うタイプの鉄巨人である。

 単純な鉄巨人だけあって、総合性能自体は上等であり、ガラフンの技量と合わせれば、ブルーマスクとだって引けは取らない戦闘力を持っている。

(もっとも、こっちも素手で挑んだ場合はって話だ!)

 レイルは聞こえて来たガラフンの声を無視して、アイアンブレイドをその剣の間合いまで前進させる。

『戦いの前に話す情緒も無いか! お前はっ』

 迎え撃つ様に、アーマードバージンが構えた。接近戦が得手の相手に対して、こちらからその領域に踏み込むのは愚手……だと思われるだろうか。

(だが、そうじゃあない!)

 剣の間合いまで来たその瞬間、相手の腕もこちらへ伸びてくる。

 基本に充実かつ、素早いその一撃に対して、武器による不利はその重さの関係から、やや劣る……と思いきや、それでも剣でアーマードバージンの腕を弾く事ができた。

『ちっ……読んでいたか』

「何が読んでいたか、だ。腕に妙なもん仕込んでせっかくの長所が台無しだろうが」

 何時ものアーマードバージンより、その動きはギクシャクしている様に見えた。

 恐らく、ブルーマスクのグランドゴリラ対策のため、装甲の内側にでも隠れた遠距離武器を仕込んでいるに違いない。

 だから、レイルへ最初に話し掛けて、ある程度距離を離した状態で戦いを始めようとしたのだ。

 もっとも、そんな手にレイルは乗らなかったが。

「悪いが、流れを掴むのは私の方だ!」

 剣を振るい、さらにアーマードバージンを押し込む。

 やはりと言うか、相手の動きは鈍かった。何時もとは違う、余計な装備はむしろ、いざと言う時に足枷となる……と、レイルは考えていたが。

『悪くは無いさ。早々に好きにはさせんからな』

 押し込んだと思ったアーマードバージンが、想像以上に後退した。明らかにわざとだった。

 得手であるはずの近距離戦を、自ら放棄したのである。

(……くるっ!)

 それが何であるかは分からないが、戦いへの勘がそれを告げる。

 レイルが予想を確かなものにするより前に、アーマードバージンは次の一手を打っていた。

 アーマードバージンの両腕の装甲。それが弾け飛び、腕が伸びてきた。

「んなっ!?」

 どうにも腕部の機構が特殊なものであったらしく、腕の装甲を外す事で、その射程を伸ばす事が出来る様子。

 アーマードバージンはアイアンブレイドの剣が届かないギリギリの距離にいるが、その距離からでも腕を振るって来た。こちらの剣よりも長い射程を持つ拳と言う事であった。

『間抜けに見えるだろう? 私もそう思う』

 装甲が外れ、中身の機構が無理矢理に腕を伸ばしている。それはガラフンの言う通り間抜けな姿だが、拳は確かにアイアンブレイドに届いているし、その威力はそれなりに激しい。

「どこまで間抜けか……判定してやるよ」

 特殊機構による拳の威力。それを噛みしめながらも、一歩前へとアイアンブレイドを進ませる。

 一歩。それだけで良いのだ。それだけで剣が届く距離なのだから。

『そうか? 丁度良い。この戦い方……性に合ってる気がするんだが、実戦経験不足なのでな!』

 一歩踏み込み、その踏み込みの勢いで剣を一振り。だが、その軌道に相手の鉄巨人はいなかった。

 逃げたわけでも無い。こちらが一歩踏み込む間に、こちらの動きを読み、その剣の軌道から体をズラしたのだ。

 だから相手は、まだアイアンブレイドの近くにいる。

「だぁっ!?」

 操縦席にまたしても衝撃。そろそろ頭がくらくらとしてくるところだが、覚悟はして受けたため、まだ戦闘不能には遠い状況だ。

(いや、こう何度も喰らってたら……そうも言ってられないか!)

 二振目のために振りかぶった段階で、また相手がこちらと距離を置く。アーマードバージンは後の先を取る戦い方の手本の様な動きで、こちらの攻撃に対応して来る。

 いやらしい相手だ。技能と経験に裏打ちされた、とてもやり辛い相手。

『どうした? 最初の威勢とは裏腹に、消極的じゃないか。感想を聞かせてくれないのか』

「確かに、グランドゴリラ相手にも有効だろうな。この戦い方はっ」

 またもこちらの射程外から拳を放って来るアーマードバージン。

 それを剣で弾く事で防ぐものの、軽快さではあちらが上。右腕を弾けば左腕が飛んできて、アイアンブレイドとレイルを痛めつけて来る。

(元は対グランドゴリラ用の機構か何かだったんだろうが……くそっ、自分の技能を活かす新しい戦い方に辿り着きやがってる)

 ガントレットでは往々にしてある事だ。どんなところで成長が転がっているか分かったものではない。もっとも、それが今であって欲しくは無いのだが。

『ほらほらどうした? このままでは一方的だな?』

(黙ってろ……今、考えてる最中だっ)

 相手が話し掛けて来ているのは、明らかにこちらの動揺を誘うためだった。

 それはつまり、深く冷静に考えれば、相手の隙が見つかると言う事でもある。

(だったら良いんだけどなっ)

 相手の拳を弾き、避け、時にはぶつかりながら、それでも頭を働かせる。レイルの戦いは考える戦い方だ。

 ブルーマスクやアルハみたいな感情が先にくるタイプのそれではない。そういうものは、才能ある人間のやり口である。

(私には……そういうものが無い。あるのは考える頭と、耐える糞みたいな意地だけだ……そうだろ?)

 怒りを抑え付け、冷静になれと自分に言い聞かせながら、相手の戦い方を探る。

 基本は、伸びる腕がメインというか、それだけでしか攻撃して来ない。その姿には衝撃を受けたものの、その実、戦い方自体は単純なのだ。

(近距離と中距離。その二つの攻撃を、的確に、相手の反撃を受けない状態でぶつける。それが出来る判断力と技能。それがあって実行できる戦い方なんだろう)

 経験豊富な相手らしいやり口。そうであれば、出せる答えは一つある。相手のそんな形を簡単に打ち崩す事は出来ないと言う事。

『私だって、この機構の扱いはそれほど経験が無い。さあ、全力で挑んでみたらどうだ? 存外、突き崩せるかもしれないぞ?』

「そうか。魅力的な提案ありがとうってところだ……なぁっ」

 相手は挑発と攻撃を繰り返して来る。本当に憤慨したい状況であったが、防御の姿勢を崩さない。

 相手の猛攻の最中にも、何とか頭を使っていられるのも、こうやって防御に専念しているからだ。挑発に乗って軽率に挑めば、そこで何もかもを潰される。

(だから考えろ。相手の術中にいるこの状況で、相手の戦い方は堅実なそれだ。技量に合致してる確かなものだ。そんな中……私が一気に勝てる方法があるか?)

 ある。

 挑発に乗ったわけでも、怒りに任せたわけでもない思考の中で、それでも勝てる方法があるとレイルは結論を出せていた。

(勝ち筋は確かにある。問題は、相手がこちらの狙いを察し無い様にしなきゃならない事と、準備が整うまで、私が耐えなきゃいけないという事の二つ……上等だ)

 レイルは渇いて来た唇を舌で舐めた。防御に専念する事を止めるための、自分なりの合図だった

『ふんっ。漸くやる気になったみたいだな?』

「ガントレットに参加しながら、やる気でも無い人間もいないだろう……よっ!」

 アイアンブレイドに剣を強く握らせ、単純に前進、と見せかけて、途中で軌道を横へ反らす。

(ぐっ……あっ―――

 急な移動方向の変更。鉄巨人にそれが出来るかと問われれば、アイアンブレイドならそれが出来ると答えられる。

 と言うより、推進力変換器さえあれば、大半の鉄巨人にはそういう移動が可能だ。ただし、中にいる人間については別の話だった。

(アルハの奴は良く……こんな移動を何度もできるよなっ……!)

 そういう部分も才覚だと思う。激しいアイアンブレイドの動きに吐き気と痛みを覚えながらも、意識を何とか保つ。

 元々が高機動用であろうブラックケインとは言え、この様な衝撃を何回もアルハは受けていたのだと思えば、彼の特殊性と言うのが嫌でも分かって来る。

「こんなもんのっ、何が楽しいってんだっ」

『上手くフェイントを仕掛けられば、それは楽しかっただろうにな?』

 急速に移動して、相手の虚を突きつつ、その横腹を剣で狙う。そういう作戦だったわけだが、相手の経験値がそんな奇襲を上回る。

「ぐぅっ」

 横腹を殴りにかかった剣が、既にそこにあった拳に防がれる。予想していなければ出来ない動きだ。

 予想された奇襲なんて、それこそ間抜けな攻撃となってしまうだろう。実際、剣の軌道をズラされた上、まともに相手の拳を受けてしまった。

 アイアンブレイドは大きく仰け反り、それでも反動は大きく、アーマードバージンから逃げる様に後退する事になった。

『あまり、楽しそうで無くて残念だよ。こっちも接待じゃあ無いのだから、謝りはしないがね?』

 言われる通り、相手は容赦してくれない。後退したアイアンブレイドへの追撃に、さらに二発三発と拳をぶち込んで来た。

 もっとも、レイルの方はその衝撃に歯を食いしばりながらも、楽しい気分になってきていた。

(アルハみたいにってわけじゃあないけどな!)

 打たれ、ダメージが積み重なり、今にも気を失いそうな激しさの中で、その痛みに笑える程の気狂いでは無い。

 だが、相手がまんまとこちらの狙いに嵌ってくれた事に対する愉快さは、レイルだって笑みを浮かべる。

「よう、ガラフン」

『ん?』

「待たせたな?」

 その言葉は、既に行動を開始した後に発した。せっかく今まで隠していたのに、その言葉でバレてしまっては台無しだからだ。

 相手へ奇襲が失敗し、その反撃の結果、不利な状況に追い込まれた。

 激しい攻撃を避けるために後退し、アーマードバージンから距離を取ったのは苦肉の策……と思わすまで、どれだけの攻撃に耐えた事か。

 十分に距離が取れた状態で、レイルは剣に仕込んで置いた装置を起動させた。相手への対策のため、妙な機構を用意していたのは、こちらとて同様だったのだ。

(もっとも、相手みたいに上手く嵌ってくれれば良いんだけどな!)

 やった事は単純。あちらが攻撃手段である腕を伸ばした様に、こちらも剣を伸ばしたのである。

 そう複雑な機構ではない。分厚い剣の刃部分(ほぼ切れ味なんて無い鉄の塊である)が、分割し、その切っ先が飛び出したのだ。

 飛び出した切っ先はそのまま、アーマードバージンへ向かう。

『猪口才な!』

 今度こそ、正真正銘の奇襲。完全に予想外であるはずのその一撃。しかし、それすらもアーマードバージンは対応してしまった。

(腕を犠牲に……!)

 さすがに受け流す事は出来なかった様だが、左腕を切っ先にぶつけさせ、胴体への直撃は避ける事ができていた。相手を倒せる一撃とは成らなかったらしい。

「だがまあ……!」

 それで倒せると思える程、己惚れてはいない。

『これは……!』

 通信装置を通して、相手が驚愕する声が聞こえてきた。こういう動揺を見せるくらいならば、通信を切っておけと言いたい。

 いや、それでも、まんまと嵌ってくれた事が分かるのだから、こちらとしては上等だ。弾き飛ばしたはずの切っ先が、また動き出したのだから驚いて欲しいところでもあった。

「種も仕掛けも、丸見えだろ? 分かり易くってさぁ!」

 切っ先と剣の根本は、金属のチェーンによって繋がれていたのだ。なので、こちら側で柄を動かせば、ある程度動かせる。

 しかし、それも複雑さ極まる動きは無理だ。例えば、弾き飛ばされたチェーンを相手の足場に広げ、それを引き込む形で、アーマードバージンの片足を縛る動き程度が限界だ。

 けれど、それで良い……はずだ。

『この程度で……勝ったと思っているのか? 貴様―――

 策が出来上がった以上、相手と悠長に話しをする必要も無い。向こうはまだまだ会話をしたいのであろうが、そんな事情知るものか。

『ぐぉっ……このっ』

 剣を相手の足を縛るために使ったため、剣の柄を握っている反対側の拳で殴るしかできないのが今のアイアンブレイドだ。

 そんな単調で単純な攻撃。先ほどまでのアーマードバージンであれば避けるも受けるも思いのままだったろうが、なるほどどうしてしっかりとダメージを与えられていた。

「やっぱりな……手の内を晒しすぎだよ、お前さ」

 最初はアーマードバージンの動きとギミックの派手さに驚いたが、その攻撃を受けている内に、対策を思い付けた。

 そういう意味で、相手の敗因は仕込んでいた伸びる腕のせいだったとも言える。

『くそぉっ! レイル! レイル・ハリューム!』

「いちいちフルネームで呼ぶな」

 殴りつけながら、どうしてこうも簡単に戦えるのかを考える。

 答えは、やはり縛り付けた足である。足が縛られれば、それだけでも動きが阻害されるが、今のアーマードバージンにとってはもっと厄介な事態になっているはずだ。

 技能と経験が必要な戦い方……それはつまり、細緻な鉄巨人の動きでこそ発揮されるものだ。

「腕でだけ、攻撃し過ぎなんだよ、お前は」

 殴りつけつつ、相手の敗因くらいは教えてやろうかと気遣ってみる。伸びる腕を適切に扱うためには、恐らく足捌きが重要なのだ。

 相手との距離を常に自らの有利とするために移動し、時には相手の攻撃を受け流し、何より、拳に威力を乗せるためには、足の踏ん張りが必要なのだろう。

「なるほど? 派手な腕に比べて足は目立たないだろうが、実はそこが肝心だったわけだ」

 腕のギミックは、何よりその威力を減衰させていたのだと思われる。

 足や腰を入れての殴りですら、レイルが何度も耐えられる程度の威力しか無かったのだから、今、チェーンで縛っている状態であれば、まともに攻撃も出来ないだろう。

「これじゃあ、ブルーマスク相手でも、どれだけの勝負が出来たか怪しいな。むしろ、何時も通りの状態で出た方がまだ………ああ、しまった」

 通信は繋がったままであるが、相手からの応答は既に無い。どうにも殴り過ぎたらしい。少しばかり相手の鉄巨人を揺さぶってみるも、やはり声は聞こえなかった。

「……よーし、勝った」

 放り捨てる様にアーマードバージンから手を放すアイアンブレイド。

 どうにも泥臭い最後になってしまったものの、何はともあれ、初めてのチーム戦はこれで勝利だ。

 とりあえずと観客席を見渡してみれば、すぐ近くから手を振る影が二つ程見えた気がした。




「最後のあれ、あれは無いです。何ですかあれ。鎖で身動き取れなくしてから、相手が気絶するまで殴りつけるですって? リナーリアさん程のショーを、なんて言いませんけど、あれは酷い」

 初のチーム戦が終わった後。アルハ達は祝勝会がてら、リナーリアの部屋へとやってきて、食事と飲み会の間みたいな催しを始めていた。

 ちなみに話し合うのは、お互いの戦いについての難癖みたいな内容だ。

「仕方ありませんわ、アルハさん。いっつも思うのですけれど、レイルさんには華が欠けている部分が多々ありますの。ガントレットにしても、それ以外にしても」

「あ? ガントレットの方はともかく、それ以外ってのは何の事だ?」

 喧嘩みたいな雰囲気になってきたが、今はそれを受け入れたって構わないとアルハは思う。

 何よりの勝利なのだ。何かが始まったわけでも、ここから先のガントレットが大きく変わったわけでも無いが、勝利し、明日へと繋がったこの日を祝う。

 それが何よりだとアルハは思っていた。

「ぶっちゃけ、観客がドン引きしてたのは事実じゃないですか。何時もああなんですか?」

「うるさいなあ。戦いってのは何時も非情だし、勝ちを狙う事に真剣なのは、悪いことじゃあないだろ」

「チーム戦に勝てたのはそのおかげと思うと、反論できないの、何か悔しい発言ですねぇ」

 今度チーム戦を行う時は、レイルを一戦目に回して、勝つにしろ負けるにしろ、その戦い方について色々と言ってやろうと心に決める。

 そんな恨みを持ちながらも、そうしてお互いの戦い方に文句を言いながらも、この場は明るい雰囲気が続いていた。

「うふふ。何だかんだ……良いチームだったと言えますわね。今回」

 ふと、笑いながら、リナーリアが呟いた。大声でも無く、それでいて喜ばしいと言う感情がとても籠った言葉だったので、一旦、先ほどまでの言い合いが止まった気がした。

「……そうだな。良いチームだと私も思うよ。で、そうだったならどうするかだ」

 レイルがその手に持ったグラスを見つめている。中身はドキツい酒だったはずだが、今、この瞬間だけは酔っている様には見えなかった。

 笑っているリナーリアもまた、目付きは少し鋭くなった。

「今後、他にも幾つかのチーム戦が行われる予定ですけれど、それに対する反響如何によって、今後もチーム戦のガントレットが行われるかが決まりますわ」

 今回のチーム戦は、正式なものではない。あくまで実験的な部分が多々あるガントレットであった。

「どれだけ良いチームだったとしても、チーム戦そのものが続かなければ、一回こっきりのチームって事は分かります。だから……その部分を考えても仕方ないと思いますが」

 チーム戦そのものが無くなれば、その事に頭を悩ます事も無いだろう。その時は、それぞれ単独の選手としてガントレットに挑めば良いだけ。

「そうだな。そっちに関しては私達がうだうだ悩む必要なんて無いから……話はチーム戦が今後、続いた場合についてだ」

「そちらに関しても、話す必要はそれほど無いと思いますわよ? さきほど、良いチームだと言ったばかりではありませんの」

 リナーリアの言う通り、評価できるチームなのだから、わざわざそこを思い悩む必要なんて無い。アルハだってそう思うのだが、レイルは何か悩んでいる様子だった。

「前にも言ったが、チームを組むなら組むで、勝ちを目指すのが私のやり方だ。だから……何もかもを聞いてしまいたいって気分になってるんだよ、アルハ」

「あら? 一体何の事ですの?」

 リナーリアは分かっていない様子だが、アルハはレイルの問い掛けの意味を理解してしまった。

「僕について……ですね?」

「ああ。それが何であるかは分からないんだが……まだ、ガントレットに関して隠してるところが無いか? お前」

 レイルの問いに対して、実を言えば……まだ思うところがあるのだ。どうにも話し難く、出来れば人に知られたくない思いを、アルハはまだ、その心中に抱えていた。

「えっと……それについてなんですが……その」

「あー……だから、前にも言った通り、無理に話せって訳でも無いんだが。こう、どっか引っ掛かりが残るなーっと」

 なんだが楽しい雰囲気が、微妙なものになってしまったと思う。

 そんな空気を変えるには、アルハが洗いざらい自分の経歴を話してしまう事が一番なのであるが、どうにもそれが出来ない状態だった。

(なんというか……なんだろう。ここでそれを言ってしまえば、すべてが台無しになる様な、そんな気がして―――

「ああ、もう! じれったいですわね!」

 空気を破ったのはリナーリアだった。というか、彼女は何時だって場の空気を読まずに突き崩している気がする。

「だいたい、何なんですのお二人とも。うだうだぐじぐじ。思う事があるのなら、はっきり言えば良いじゃあありませんの。世の中、複雑な様でいて、挑んでしまえば関節を極められるくらいに単純だったりしますのよ?」

「その例えはどうかと思いますけど……」

 だが、確かに言ってしまえば楽になれる内容ではあるのだ。その勇気が持てないと言うだけで。

「もうちょっと、時間をいただけませんかね? こういう祝いの場でいきなりって言うのは……僕の甲斐性をオーバーしてたり……みたいな」

「……そうだな。話をするって言うのなら、わざわざこんな場所でする必要も無い……か。いや、悪かった。わざわざ話題に出した私が悪いんだ」

 アルハとレイル、お互い頭を下げた事で、何とかこの場は落ち着きそうだった。

 しかし、リナーリアはそんな馴れ合いみたいな落ち着きで満足する人間では無かったらしい。

「ええい! このぉ! わたくし、そういうしみったれた状態も大嫌いなんですのっ。こうなれば仕方ありませんわね。わたくしが、綺麗さっぱりすっきりする場と言うものを用意してさしあげますわ!」

「あ、いや。リナーリアさん? 別にそんな事して貰わなくても構わないって言うか、正直、ちょっと迷惑な部分が」

「シャラップ、アルハさん! あなた方が納得しても、これではわたくしがすっきりしませんの。チームルーズとして由々しき問題だと思いますわよ、これは!」

 何故か、蚊帳の外であるはずのリナーリアの方が、完全に出来上がっている様子だった。

 この状態は非常にまずいのではとアルハは思っているが、恐らく、レイルの方はもっとだろう。

 慌てた顔をして、リナーリアを止めようとする。

「お、おい。リナーリア。お前、何をしようとしてる? お前の行動の予想なんて誰も出来やしないんだろうが、碌なものじゃあ……」

「数日、待っていただきますわよ! そこで、お二人の決着の場を用意して差し上げますわ!」

「くっそ。こうなるのかよ」

 頭を抱え始めるレイルを見て、先ほどまでの悩みが飛んでしまったアルハは、レイルに尋ねる。

「ええっと……何か、リナーリアさんを止められたりとかは……」

「無理だ。諦めろ。どうしようもない。この後どうなるにしても、覚悟はしておけよ」

 その返答こそ、出来れば聞きたくなかったと思う。

 チーム戦初勝利を祝う場所であったはずなのだが、新しい不安をもたらすイベントになったと、アルハは頭痛を覚えていた。




 その数日はアルハにとって、まるで処刑を待つ囚人の気分であった。

 リナーリアが何をやらかそうとしているのか。

 ハラハラとした日々を送っていたわけであるが、そのおかげで、レイルに対しての隠し事に関して、それほど悩まずに済んだと言うのは、どこか皮肉めいた日々だったと思う。

 そんなアルハの日々に変化が訪れたのは、リナーリア、いや、ブルーマスクからの知らせが届いてからだった。

「次のガントレットの日程が決まったって……どういうこと?」

 下層部で、自分が寝泊りしている部屋に、ブルーマスクからそんな手紙が届いたのが、今日、この日であった。

 その内容に驚き、誰もいないのに声を上げてしまったのは、それが妙なものであったからだ。

(僕と……レイルさんの試合だって?)

 その手紙の内容は、ガントレットの日程と、対戦相手はアイアンブレイドに決まったと言うものだったのだ。

 それがいったいどういう過程により実現されたのかについてはさっぱりであったが、これこそ、リナーリアが宣言していた、アルハとレイルがざっくばらんに話し合える場を作りである事は分かった。

「なんて無茶な……なんて事を……」

 手紙を持ちながらも、その手で頭を抱えたくなった。恐らく、このガントレット自体が、リナーリアが興行主となって行われたものだと分かる。

 金持ちだセレブだなどと思っていたものの、そういう事が出来る程であった事にも驚く。

 そんな驚愕の中で、部屋の玄関口が激しくノックされた。

 いったい誰だろう。この場所を知っている人間はそれなりにいるだろうが、今の、朝起きて暫く経った程度の時間に来客なんて滅多に無いはずだが。

「おい、アルハ! いるか! 多分、この部屋で良かったよな!」

 玄関の向こうから聞こえて来たのはレイルの声だった。部屋の場所くらいは教えていたと思うが、実際にやってくるにはそれなりに探さなければならないはずだ。

 どうにも、そうまでしてアルハに会いに来たかったらしい。その理由については、今、手元にある手紙に心当たりがあった。

「鍵、開けますね……今丁度、レイルさんが慌ててる理由であるところの手紙を見てます」

 話しながら、そのまま玄関の扉を開く。手紙自体が玄関の下側に差し込まれていたものだったので、アルハは玄関のすぐ傍に立っていたのだ。

 手紙にしたところで、いったい、誰がどうやってと問い掛けたくなるものの、その答えを知っているであろうリナーリアは、今頃きっと高笑いしているだろうし、問い掛けて見ればやはり高笑いしてくるだろう。

「おお……邪魔するぞ。っと、表情を見る限り、そっちも分かってるみたいだが、ガントレットの件で話がある」

 遠慮などまったくせずに、レイルが開いた扉からずかずかと部屋へ入って来た。

 普段ならそんな無作法に文句の一つでも言ってやるのであるが、今のアルハにはその余裕が無かった。

「話とか言われても……聞くべき相手は別だって思いますよ。僕もほんと、さっぱりで……」

「そりゃあそうなんだが、さっきリナーリアのとこに突っ込んだが不在でな。多分、街の上層のどこかに居るんだろうが、そこだと突然に尋ねるって事も出来ない」

「高貴な方々が住まう場所ですもんねぇ。高笑いの一つでも出来なきゃ不審がられますよ」

「高笑い出来れば不審に思われないのか? いや、そうなのかもなぁ」

 上層の人間達がどういう人種か分からないので、代表的な例としてリナーリアみたいな人間としか思い浮かべられないのだ。

「それはそれとして……同じ疑問をそのまま返す形になるかもですけど、どうしたもんですかね、これ」

「そりゃあまあ、決まったとなればやるしか無いんじゃないか? ファイトマネーは貰えるだろうし」

 お互い、ガントレットの選手なのだ。試合が決まって、その事に文句を言う立場でもあるまい。日程的に、前回の試合から体を休める時間は貰えてもいる。

「リナーリアさんが決めた事ですから、鉄巨人とかの修理についても、面倒を見てくれるんでしょうね……やだなぁ。何だか逃げ道がどんどん塞がれてる気がする」

「多分、これが話し合いの場って事なんだろうが……どうするんだ。本当に、ガントレットをしながら話せってか? お前の、何か秘密にしてることを?」

「そう……なりますね」

 これはつまり、未だに隠している事柄について、ガントレットの勢いに乗って話してしまえとの、リナーリアからのメッセージだった。

 そんな発想に驚くし呆れてしまうものの、用意されてしまえば、挑むしかないわけで、狙い自体は悪くない事が悔しい。

「けど、話せたりするのか? 内容云々以前に、ガントレット中のお前が」

「ああ、そっちも心配って言えば心配ですね……いや、けど、あの状態ですら話せないとなると、結局、どんな状況でも伝える事なんて出来ないかもしれない」

「なんか……深刻な話題って事かよ」

 別に深くなんて無い。ただ、ちょっと複雑なだけだ。とても複雑で、それこそ、ガントレットであのテンションの中でしか話せない様な。

 そこまで考えたところで、アルハは一つの答えに辿り着く。何かが腑に落ちた様な、そんな答えに。

「レイルさん。こう、戸惑っていてすみませんけど、僕……ガントレットに挑んでみます。そこで洗いざらいを話す様に努力もしますよ」

「いや、お前が言うならそれで良いんだけどな。私はガントレットがあるってんなら、ただ勝ちを目指すだけだし」

 ああ、そういえばこの人はこういう人だった。

 多分、チームメイトであるアルハの心情だけを心配していて、自分の事については、戦うならただ勝てば良いとか思っていたに違いないのだ。

(それはそれで悔しいな?)

 これでもアルハは男だ。負ける前提で話をされるのも情けなく思う。

 どうせなら、こっちだって勝つつもりで、そのついでに話でもしてやろうかなと思ってしまう。

「えっと……そうですね。僕もとりあえず、勝ちを目指すためだけに頑張ろうと思いますよ。こっちの事について話しをするのは、その場の流れがそうなったらってだけでね」

「へえ。言うじゃねえか」

 目を開き、そして笑うレイル。こういう宣戦布告は、レイル相手には正解だったのだなとアルハは理解する。

「当日まで、うだうだ考えずに済む理由。見つかりましたね?」

「そうだな。首を洗って待って置けって言えるもんな」

 さて、それはどちらが言うべき台詞だろうか。そこまでは言わないで置くにしても、ガントレットの日まで、くよくよ悩まずに済むのは有難い話だった。




 いちいち悩まない事を心に決めれば、その日はすぐにやってくる。少なくとも、アルハの体感的にはそうだった。

 ガントレットの予定は広告用のチラシであちこちにばら撒かれ、先日チームを組んだアルハとレイルが、今度は互いにぶつかると言うのはそれなりにセンセーショナルさがあったのか、当日はそれなりに賑わっていた。

「運営側からは、今はチーム戦に注力したいとか文句言われましたけれど、そこはごり押しさせていただきましたのよっ。通常の一対一でガントレットも、チーム戦ルール施行後も、まったくしないというわけではございませんし!」

「はぁ……そうなんですか?」

 選手用の控室。本日はレイルとの一対一でのガントレットであるため、アルハ一人で待機する予定だった。そのはずなのだ。

 しかし、主催者権限と言う奴で、何故かリナーリア……ではなく、ブルーマスクが出迎えて来たわけである。

「そうなんですのっ。無理を通した以上、お二人には是非に頑張っていただきたいですわね!」

「何で参加していないはずのあなたがブルーマスクの格好してるんだとか、完全に私情の試合でそんな無理を通してどうするんだとか、色々聞きたい事がありますけど、とりあえず基本的な事から聞いてみる事にしますね?」

「主催者に選手が質問。健全なガントレット運営のためには、そういう事も必要でしょう。何でもおっしゃってくださいまし!」

「何で控室まで来て大きな声で話し掛けて来てるんだ、あんた」

「まあ、それではまるで、わたくしと話をする事が疲れるみたいな物言いになってしまっていますわ。訂正してくださいまし」

「訂正しないよ! だってその通りだものっ」

 ガントレットそのものは、もう仕方ないと諦めていたところであったが、準備のために控室に入ったら、このブルーマスクが居たのである。

 どうしたものかと頭を抱えたって、誰からも許される事態だろう。

「ふうむ。アルハさんはわたくしと話をする事がお嫌いなのかしら?」

「時と場合を選んでくれたら、きっと好きになる努力くらいは出来ると思うんですけどねー」

 ガントレットを前にして、心がやや荒んでいるため、嫌味な言い方になってしまっているが、特に気にはしない。嫌味くらい言っても良い相手のはずだ。

「基本的に、レイルさん有利の試合ですから、ハンデのつもりでわたくしがこちらへやってきて差し上げましたのに」

「むしろブルーマスクさんがあちらに行った方が、僕の有利になりません? こう、試合前のストレス的に」

「また、そんな訳の分からぬ事を。わたくしが控室に居た方が、勝利に近づく事間違い無しですのよ!」

 その自信はいったいどこから来るのか。

 本気で分からないのであるが、尋ねたところで、やはり分からない内容の話を聞かされるに違いない。

「よし、前向きな話を出来る限り努力してみる事にします。ブルーマスクさんが控室で応援してくれるわけですけど、何かこう、不思議な加護があったりするんです? 常に背後にオーラが出る様になるとか」

「戦いの最中は特等席で観戦しますから、応援はそこでして差し上げますわ! きっとオーラも出る事でしょう!」

「応援はしてくれるんですね。うわぁ、嬉しいなあ。とってもはしゃぎたくなるなぁ」

 鉄巨人に乗っている間は、ブルーマスクが何を叫ぼうとも、アルハに聞こえないと思われるので、どんな状況も受け入れられる。

 そう思えるくらいの度量はアルハとてあった。

「喜んでくれて何よりですの! ついでに相手選手であるところのレイルさんについて、戦うための心得なども話すつもりでしたけれど、そこまで感謝していただけるのであれば必要ありませんでしわね!」

「あ、待って。そっちはとっても聞きたいなぁ。僕、ハンデ欲しい」

 人は何時だって現金になれる。プライドなんてどんな場所でも捨てられるし、我慢をする心はどこであろうとも生み出す事が出来る。

「まあまあ、そういうしたたかさは好印象ですのよっ」

 どうにも上手く誘導された様な気もするのだが、今は彼女が立場も力も上である。むしろ味方である事に感謝をしておこう。

「さて、既に一度、ガントレットを見て分かっていると思われますが、準備はきちんと、戦いそのものは堅実に……が、レイルさんの戦い方ですの。戦いそのものの面白味に欠ける分、観客人気はそれなりですけれど」

「なんか負けを知らない女って印象ありますよね」

「あら、負ける時は負けますのよ? それも当たり前みたいにあっけなく。その分、勝つ時は勝ちますし、黒星より白星が多い。と言ったタイプですわね」

 分からなくは無かった。戦いの大半が、戦いの前に終わっている人間なのだろう。

 経験と技術の殆どを、戦いの前の準備に費やし、あとは結果が当たり前の様にやってくる。

 それでも勝ちが多いと言うところに、本人の才能があるのだと思われる。

「一方僕は……」

「勢い百パーセントですの! わたくしと似たタイプと言えるかもしれませんわ」

 どこか屈辱であるが、否定はできない。深く考えて戦う人間で無い事を、アルハ自身承知している。

「ちなみに、わたくしより、さらに勢いだけで戦ってるのがアルハさん。むしろガントレットの選手の中で随一の勢い主義者ですの」

「……かなりショックな新事実ですね、それ」

 どうにも自分は突出しているらしかった。それが実力でと言う意味で無いのが残念なのであるが。

「つまり……その勢いを抑えて戦わなければ、僕は負けてしまう?」

「いいえ、わたくしの意見を言わせていただくならば、そんな付け焼刃な事はすべきではありません」

 驚いた事に、ブルーマスクは真剣な表情を浮かべて来る。本当に、アルハへ助言を与えるつもりなのだろう。

 そうして、そんなものは必要ないと言える程、アルハには余裕が無い。

「勢いをさらに上げなさい。相手は準備万端にあなたを待っている女。そんな相手に自分を抑え付けたところで何も始まりませんわ。むしろ相手の準備すら上回る勢い任せの中にこそ、アルハさんの勝機がありますし……」

 そこまで話して、ブルーマスクは表情を崩して笑みを浮かべた。

「勢い任せの方が、話したい事も話せる。そうではありませんこと?」

「……そうですね。その通りです」

 ここでもまさかと思ったが、本当に助かる言葉を、ブルーマスクはくれている。これもまた彼女の一面であり、セレブとやらの姿なのかもしれない。

「けど、勢い任せって滑りやすいって事でもありますよね? そうなった時は、どうしましょうか?」

「そんな時は、笑って何事も諦めなさいまし!」




 助言の後には、役に立つか投げやりか分からない言葉を貰ったアルハであったが、総じて、試合前にブルーマスクと会えて良かったなどと思えていた。

(そこのところ、やっぱり悔しいよね、うん)

 ブラックケインの操縦席にて、悩ましい感情を思って苦笑いを浮かべている。

 何時も通り、心臓はバクバクと音を立て始めていたが、それをどこか、斜に構えて見れるくらいの余裕は出来ていたのだ。

 これもまた、ブルーマスクとの会話の影響なのだと思う。

(彼女も……派手で……兎に角ド派手な自分に対して、何か変わった見方をしてるんだろうか)

 本人の内心でしか分からないであろう事柄について、アルハは気になっていた。

 自分にしてもそうなのだ。勢い任せの感情が動き出す事を感じ取りながら、それとは別の……何かが生まれようとしていた。

 それが何であるかはアルハにも分からない。さらにこのガントレットにどう影響するのかも、勿論分からなかった。

 分かるのは今、自分は闘技場に入り、敵としてアイアンブレイドに乗ったレイルが既にそこに居たと言う事くらい。

『……話し合いなんかもするんだろう? 通信は繋いでおくぞ』

 レイルの声が操縦席に聞こえて来る。どう返事をするべきだろう。自分の表情は、既に満面の笑みであるのだが、通信装置を通してでは、それも伝わらない。

 やはり、何かの言葉で無ければ。

「第一声については、実は決まってるんですよね。聞きたいですか?」

『ほう? それはどういう―――

「楽しみましょう!」

 第一声の後に一気に飛び出す。レイルの返答を待つつもりなんて無かった。

 今日もまた楽しいのだ。この楽しさを我慢したくないし、一分一秒長く楽しみたいじゃないか。

『はっ、それは予想していたな?』

 ブラックケインの腕から一本の杖のロックを外し、握り込む。今回は、いきなりの飛び道具は止めておく。前と同じでは面白味に欠けてしまう。

 杖を持って突撃するというのは、だとしても読まれていたらしく、アイアンブレイドの剣に杖を受け止められたが。

「その剣! その剣ですよ! 今度はどんな仕掛けがあるんです? 前と同じですか? 別の仕掛けがあるんですか!」

 杖と剣。鍔迫り合いの様な状況になったわけだが、なるほどどうして格好良い状況だった。

 アルハからはこの状態を崩すつもりも無い。こういう状況は長く続かないと思うからだ。長く続かない事であるからこそ、少しでも長く楽しんでいたい。

「押されてる! 押されてるよぉ! ああ、単純なパワーはブラックケインが下らしい!」

『お前……なんつーか、戦いの最中は、ずっとそんな風に興奮して喋り続けてるのか?』

「え!? なんですって!? 聞こえない!」

『ちっ、話を続けられる状況じゃあ無さそうだな』

 自身の方が有利だと言うのに、レイルはこの鍔迫り合いを中止する事にしたらしい。

 結果、アイアンブレイドの方が剣を引き、勢い余ったブラックケインは前につんのめる形になった。

「がっ!?」

 つんのめった勢いが、そのまま跳ね返される。アイアンブレイドは剣を引いたそのすぐ後に半身をズラし、次に剣の柄をブラックケインの腹に叩き付けたのだ。

 瞬時の動きかつ、小さな動きだったので、それ程の威力は無かっただろうが、ブラックケインの方に勢いがあったため、操縦席が激しく揺れ、後退する破目になった。

「はっ……ははは。凄い! とても器用な動きしてる! 名人芸だ!」

『今ので立ったままか』

 アイアンブレイドの動きを褒めているのだが、向こうは向こうで感心した様な、少し驚いた様な、かなりドン引きした様な声が聞こえて来た。

 自分はただ、激しく揺れ、体を痛めつけて来る操縦席の中、ブラックケインがすっ転んでしまわない様に、操縦桿を握り込みつつ、大雑把に操縦していただけなのだが。

「僕だって、鉄巨人を立たせる事くらいできますよ!」

『何でダメージを受けて、そんな余裕があるんだって話だ!』

 良く分からない事を言わないで欲しい。気分が良い状況で、なんで操縦桿から手を放すのだ。もっと気分を良くするために、むしろそのレバーを動かす事こそ大事じゃないか。

「こんな風に!」

 ブラックケインの推進力変換器が唸りを上げる。

 力比べはこちらの負け。それなら次は機動力比べだ。真っ直ぐでは無く、そこからズレて闘技場を周回するコース。

 速度を稼ぎながら、トップスピードになったところで、アイアンブレイドにぶつかってみよう。

 スピードを出すのは何時だって気分が良いものだ。それにより掛かる負荷なんて気にも掛けないくらいに大好きだ。

 だが、その気分の中にレイルの言葉が割り込んで来る。

『最初、それの速さを見た時、とんでもなく厄介だなと思ったんだ。多分、ブラックケインの機能の中で、一番厄介だろうさ』

「ハハハッ!  こんなにも速くって! こんなにも素敵で! こんなにもド派手なのに!?」

『お前、ブルーマスクの奴にも結構影響を受けてるな……まあいい。厄介だと思うから、対策をするならそこなんだよ』

「っ!?」

 昂る精神の片隅で、少しだけ色の違う何かが混ざり込んだ。輝かしい色に塗れた心の中で、ほんの少しだけ、それでもどす黒い何か。

 それは明らかな危険信号の色であった。

「―――!」

 先ほどの衝撃よりもっと酷い揺れ。何もかも粉々になりそうな程であり、操縦席がバラバラになった様な錯覚さえあった。

「……っはぁっ!」

 息が肺から絞り出される様な感覚。気が付けばブラックケインごと倒れ、闘技場の空を見上げていた。

 口元から頬に掛けて、何かの感触を覚えたので触れてみれば、手が少し赤く濡れていた。どうやら吐き出したのは息では無く血であった様子。

 体の痛みからするに、ブラックケイン自体も限界に近いダメージを受けているのではないかと思う。

『やる事を分かってるなら、こういう事もできるさ。なぁ?』

 剣の鍔辺りから煙を立たせながら、アイアンブレイドが近くにいた。

 アイアンブレイドは闘技場の壁に剣を突き立てており、ブラックケインはその剣にぶち当たったのだ。

「いやあ……剣にも……推進力変換器を仕込んでいたんです……か?」

 アイアンブレイドがやった事は、息も絶え絶えで、くらくらするどころか、今にも意識を飛ばしてしまいそうなアルハの頭の中ですら想像できる程度には簡単だ。

 闘技場の壁際を周回するブラックケインの軌道に、胴体の推進器と剣に仕込んだ推進器を同時に使い、無理矢理に割り込んだのである。

 二つの推進器は複雑な移動こそ出来ないが、二つ分の突進力がある。動き回るブラックケインであるが、その軌道は単純なので、簡単にそれを妨害する事が出来るわけだ。

『単純だろ? しかも効果的だ』

「ええ……そうでしょうとも。けど解せないですね。予告してくれたおかげで、なんとかほら、僕、まだまだ戦えますよっ」

 倒れた状態のまま、アルハはブラックケインの推進器を再び唸らせる。

 その負荷はアルハの体をさらに苛むものの、良い眠気覚ましだった。痛みと言うのは、意識を覚醒へ導いてくれる。

 また、口から血が出そうではあるが、些細な事だ。後で掃除すれば良い。

『警戒させる様な事を事前に言ったのは、話す機会が無くなりそうだったからだ……なぁ!』

 倒れたブラックケインに向けて、アイアンブレイドが剣を振り下ろして来る。向こうの剣からも推進器が稼働する音が聞こえるため、剣に仕込まれた推進器の本来の使い方は、この様に、剣の振りへさらに速度を与えるためのものなのだろう。

 それが振り下ろされる前に、ブラックケインは倒れたまま、自らの推進力で地面を滑った。

「あああっ。どうしようか。これからどうしよう。どうやって戦う? どうやって話をする?」

 レイルの気使いに感謝しながらも、まだまだ戦うためにはどうしたら良いかとアルハは叫ぶ。

『それくらい……自分で考えろ!』

「考えてます……思いつきました!」

 地面を滑りながら、ブラックケインの四肢を地面に叩き付け、無理矢理に起き上がり、腕をアイアンブレイドへ向けた。

『飛び道具で攻撃するってのが、考えた結果か?』

 アイアンブレイドへ射出するのはブラックケインの杖。一本は接近戦用の武器に使っているから、残り5本。

 それらをアイアンブレイドは受け流そうと剣を構えているも、そもそもアイアンブレイド自体を狙っていないのだから問題ない。

 狙うのはアイアンブレイド周囲の地面だ。

「壁際に相手が来たら、こうするっきゃないですよねぇ!」

 片腕の杖を二本射出し終えたので、手に持った杖を持ち換えて、もう片方の腕の杖三本も射出。

 何時だって撃つとなれば勿体ぶらずに全部をぶつけるのがアルハのやり方。後で困った時はその時考える。

 今は射出した五本の杖で、アイアンブレイドを杖で囲む事に夢中であった。

『移動の妨害かっ……』

「長物を持ってそういう状況って、どんな気分ですかぁ!」

 またもやアイアンブレイドへ、最後の一本の杖を向けて突進。迎え撃とうとするアイアンブレイドであったが、周囲の杖が邪魔で、万全の姿勢は出来そうに無い。

 彼女は杖を受けたり迎えようとしたりせず、その場を逃げるべきだったのだ。

 もっとも、動き回るのはアイアンブレイドの戦い方ではあるまい。

 アルハだって、彼女の戦い方は知っているし、それへの対応くらい、勢い任せにでも行える。

『舐めるなよ? 多少不利な場所でも―――

 接近したブラックケインが、アイアンブレイドへ突き入れた杖。それが、またしても剣で受け止められた。

『経験不足相手ならこれくらいできるさ』

 地面に突き立てられた杖。その隙間の中でもっと踏ん張りが効く場所へ足を運び、剣の軌道も隙間に合わせて振るう。

 ブラックケインが突進する瞬時の間にそれが出来る経験が、レイルにはあるらしかった。

「じゃあこうだ!」

『ぐっ―――

受けられた杖を持った手とは反対側の手で、地面に突き立った杖を抜き放ち、それでアイアンブレイドを叩いた。

 さすがに妨害のために打ち込んだ杖を、そのまま武器として活用する事までは想像していなかったのだろう。ダメージは通ってくれた様子。

 それはそうだ。予想なんて出来るはずもない。さっきまで、アルハだってそうするなんて考えていなかったのだから。

 だが、有効ならばもっともっと勢い任せに攻撃させて貰う。

『馬鹿か!?』

「そうかも!」

 杖をぶつけたその瞬間に、今度は剣で受け止められた側の杖から手を放す。

 レイルの剣は自由を取り戻し、そこは技術に寄るものか、最初のアルハみたいに勢い余る事は無く、再びブラックケインを狙ってくる。

 が、別の突き立った杖を掴み、杖を支えにブラックケインの胴体を引く事で、それを回避。掴んだ杖をやはり引き抜き、それでまたレイルを叩いた。

『うっ……くっそ……!』

 呻くレイルであったが、倒し切るまでは届いていない。装甲がそもそも厚めのアイアンブレイドだ。それを越えて相手を倒すには、まだまだ手数の時間が必要だった。

(なら……すっごく良い機会じゃないか!)

 アルハは三本目に突き立てられた杖にブラックケインの足を引っ掛けて、また移動。今度もまたアイアンブレイドの隙と動きの鈍さを突いて、杖で叩く。

「レイルさん! レーイールーさん!」

 次に四本目。杖で叩き最後の五本目へ。

『何だこの……畜生!』

 五本目を使って隙を見つけ出し、攻撃するも、それではまだまだ倒れない。一方でさすがのレイルも苛立ってきている様子。

 その怒りに巻き込まれる前にと、両手に杖を持って、アイアンブレイドから一気に距離を離した。

 遅いアイアンブレイドと速いブラックケインだから、当たり前みたいにそれが出来る。そうして、話をする時間も出来た。

「僕の曽祖父がブラックケインを開発したって話……しましたよね?」

『……ああ。それは聞いたよ。続きでもあるのか?』

 距離を置き、互いに鉄巨人を向い合せながら、間合いを探り合う。そんな時間を、アルハは自身の過去を話す時間とする事にしたのだ。

「作ったのはね、こいつだけじゃあ無いと思うんですよ」

『一等品の鉄巨人つったって、一品ものじゃあ無いって事だろ? そういう事もあるさ。言い難い事でも無いだろ』

「この街も多分、作ったんですよ。きっと」

『……何?』

「ですからこの街! 霧に包まれ、上と下と中くらいなんて分かれてるこの街の構造をですね! 作ったのは僕の曽祖父だって、そう考えてます! うわぁ、すっごい事言ってるなぁって、自分で思っちゃってる!」

 言い難い事。他人に話したって荒唐無稽と思われる内容。だから普段は絶対に話さないと言うのに、ブラックケインに乗っていると、むしろ喋り、喋りまくり、相手の反応を知りたいと考える様になっていた。

 馬鹿にされるだろうか? 大笑いされるか、怒声を浴びせかけられるか。どっちでも構わない。そのどちらも、今のアルハに油を注ぐだけだ。

『……最後まで話してみろよ。幾らだって聞いてやる。お前が倒れない限りはな』

 嬉しい事を言ってくる。涙が出て来そうだが、出て来るのは笑みだ。鉄巨人に乗っている時のアルハは、ずっと笑顔なのだ。

「不思議に思いませんか? この街の霧も、霧で動く鉄巨人も、そうしてこのガントレットも……こんな催しが存在している事自体、不可思議だ。この街の霧は……いったい何なんでしょうね?」

『まるで……ガントレットを維持するために街が存在しているみたい。そんな事を言いたいのか?』

「はっ……ドンピシャです!」

 言いながら、離していた距離を一気に詰め、アイアンブレイドの直前で方向を転換。横に移動後、またもや接近。

 前にアイアンブレイドがしていた、急激な軌道変更によるフェイントをアルハも挑んでみる。

 残念ながら、アイアンブレイドの時と同様に、剣で受け止められてしまったが。

『確かに荒唐無稽だ。笑い話でもあるよな? 単なる予想って奴なんだろうが、それにしたって根拠があるだろ。そりゃあ何だ?』

 受け止められながらも、またもや鍔迫り合いになる。今度の杖は二本であるものの、腕だって二本のままであるため、押し負けそうになる。

「僕が……こんなにもガントレットが好きだからですよ! 鉄巨人のせいで親が落下人になり、僕は街の上層部へ上がれず、稼ぐために鉄巨人で廃品処理をしていたら、この性格のせいで追い出された! そうして今はガントレットなんて命がけの戦いをしている!」

 鍔迫り合いの中で、ブラックケインが片腕だけ引く様に操縦する。

 勿論、さらに押し込まれる事にもなるのだが、今度はもう一方の腕で受け止めているのだから、完全に押し切られるまでは行かない。

 それに、フェイントを仕掛けた結果、向こうの姿勢も万全とは言えない状況なので、さらに時間的猶予は出来る。

『碌な人生送ってないな、お前もよぉ! ぐぉっ!?』

 ブラックケインは引いた方の腕を、横からアイアンブレイドへと振るう。杖を握ったままであるから、それだけでアイアンブレイドを叩き、ダメージを与える事が出来た。

 そうして、押し切られる前に、またも後退した。倒し切るなんて贅沢は言わない。その贅沢を楽しもうとしている間に、叩き潰されるのは目に見えているからだ。

「ええ! ええ! 碌なもんじゃあない。碌な生き方をしていない。こんなのどうしてだって嘆く権利くらいあるはずだ! だって言うのに僕は……僕はですねぇ! こんな人生が大好きなんですよぉ!」

 だから、今も笑っている。

 曽祖父が鉄巨人の開発者で、その影響とも言える何がしかで落下人の家族となり、都合良く、そこでは鉄巨人同士が殴り合う、ガントレットなる催しが開かれ、街を賑わせていた。

 それらすべてが、アルハを楽しませる様にそこに存在している。恐らく、これはきっと血筋なのだ。曽祖父か、もしくはさらに前の先祖かもしれないが、アルハと同じ業を背負っていたのでは無いだろうか。

「誰かが、楽しむために、この街の、この構造を作ったんだ! 僕はね、レイルさん! その誰かに、僕のルーツだってあるんじゃあないかって。僕みたいな奴が前にも居たんじゃないかって、そう思う!」

 アイアンブレイドから距離を置き、再び向かい合う。こんなヒット&アウェイであれば、ブラックケインはアイアンブレイドと有利に戦う事が出来ていた。

 まともにぶつかれば負けは確定なのだから仕方ない。それに、目まぐるしく変わる光景と言うのは、アルハの好みだった。

『自分の性格のぶっ飛んだ部分が、誰かの業だって、そう思っているのか? その業を誰かのせいに出来るとでも?』

「まさかです。まさか何ですよ。そういう発想じゃあないんです。僕はですね、ガントレットを戦い続ける事で、そういうルーツにだって辿り着けるんじゃないか? そう思って……そういう道だって楽しめそうだなって、そう思ってる」

 結局、あれやこれやと言っているが、そのすべてが、自分の楽しみに帰結していた。ガントレットを通して見た世界が、途轍もなく輝いて見えるのだ。

 何でそれを恨みに思う? 誰かに押し付けたいなどと考える? そうではない。そうではないのだ。

「僕は……結局僕は、どう足掻いたって、このガントレットを楽しめる人間だって事です。延々と、笑いながら鉄の巨人をぶつけ合う。その事がひたすらに楽しい……そう、レイルさんとは正反対の人間なんだ!」

 それが、恐らく、自分がずっと言えずに居た事なのだ。チームを組む上で、とても気まずく、そうして、チームそのものが解散するかもしれない言葉。

 方向性が違う。恐ろしく単純で、だからこそ、注意しなければいけない言葉を、それでも今のアルハは叫んでいた。

 こんな愉快な状況になってから漸く分かる。隠していたって、何時かは分かるのだ。なら、言うのは早い方が良い。そう思った。




 アルハの言葉を、アイアンブレイドの操縦席で聞いたレイル。彼女がその言葉を聞いた感想は、なんだそれは。と言うものであった。

「おい、アルハ」

 アイアンブレイドに剣を持ち上げさせ、ブラックケインへ向ける。しっかりと、こちらの言葉を聞かせるために。

『なんです? 軽蔑とかしましたか?』

「お前の話を聞いて、私が軽蔑や怒りの感情を持つと思うか? ちょっとばかり引いたが、それだけだ」

『ちょっとばかり、意外な答えです』

「どんな答えを期待していたか知らないが、まあ、どう足掻いたって私はこの街が嫌いだし? 何時かは街を出るつもりだって言うんだから、お前とは正反対だろうよ」

 突き付けた剣を、今度は引く。次に腰へと溜めて、振り上げられる姿勢へ。

『だったら―――

「だから何だって事だよ。目的も、向かう先だって違うかもしれないが、途中までは一緒だろ。同じく、ガントレットで勝ち進もうとしてる。うん。今はそれで良いんじゃないか?」

 難しく考える必要なんてどこにある。

 アルハの方は複雑な人生かもしれないが、その人生を楽しめるのだからそれで良いし、レイルはやるべき事を自分なりに見つめている。

 ブルーマスクなんかは、戦い、盛り上げられればそれで良いと言ったところだろう。

「何一つ、問題なんて無いんだよ。ガントレットで勝ち上がる。その目的さえ持っていれば、それでチームを組む理由は十分だ。違うか?」

『いいえ、それじゃあまだ足りませんよ』

 ブラックケインの方も、構えを取った。

 また、こちらへ接近するための構えだ。飛び道具をすぐに使う癖のせいで、ああいう風に、結局は接近戦を挑まなければならないのだろう。

(今後の課題だな。複雑に動いたって、やる事が同じなら、動きを予想されちまう)

 だが、今はただ、決着を付けよう。このガントレットも、その次も、その次の次も、レイル達は戦い続けるのだ。

 いちいち長引かせる必要は、既に無くなった。

「ところで、何が足りないと思うんだ?」

『もちろん、強くなければチームを組むに値しない。そうでしょう!』

 正解だ。そう答えてやりたかったが、こちらへ向かってくるブラックケインを見れば、そうも言っていられない。

 レイルもまた、ブラックケインを迎え撃つため、アイアンブレイドを動かす。そうして―――




 二つの影がぶつかり合う。大きな金属音がコロッセウム内に響き渡り、その音が観客の歓声と混じり合って、熱狂を形作っていく。

 そんな音を聞きながら、ブルーマスクはコロッセウムの特等席に座りつつ、溜め息を吐いた。

「まったく、世話の焼けるお二人でしたわねぇ」

 興行主だけが座れる席で、周囲に自分以外の人もいない。そんな場所で、ブルーマスクは溜め息を吐いた後、笑みを浮かべた。

「あの二人、いったいどんな事を話していらっしゃったのかしら。気にはなりますけれど……あの結果になれば、どちらもすっきりとしていらっしゃいますわよね」

 そのために用意した今回のガントレットだ。

 焦れったさを感じたレイルとアルハの関係であったが、最後に正面からぶつかり合うなんて結果になった以上、すっきりとした気分になれているのだと思われる。きっとそうだ。

「さて、それでは、興行主としてガントレットの勝敗を宣言させていただきましょうかしら」

 ブルーマスクにしたところで、今は愉快な気分であった。

 これでチームメイト3人が3人とも、互いにガントレットでぶつかり合った事になる。

 それがどういう結果をもたらすのかは予想していないものの、楽しい事になりそうなのは目に見えていた。

「ええ、そう。目に見えて、結果も出ていますものね」

 ブルーマスクは再度、二つの鉄巨人がぶつかった闘技場を見下ろした。

 そこには、当たり前の様な決着が存在していた。

 これからも何度だって見たり経験したりするであろうガントレットの決着だ。

 ブラックケインとアイアンブレイド。二つの鉄巨人とアルハとレイル。そのどちらが勝ったにせよ、やはりガントレットは、こんな決着を続いて行くのだ。

 多くの観客の熱狂と共に。それはブルーマスクにとって、愉快で堪らなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] スチームパンクはいいですね!! [一言] 2話なのでさっと読めるかと思いきや意外なボリューム
2019/12/29 22:58 退会済み
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