竜父の祭り3日目。
播磨では、祭りの最中に行方不明となったお館様の捜索が夜通し続いていた。
お館様は川下に流されたのだろうと捜索隊には悲壮感が漂っていたが、毒に侵され一時危篤だった役人の竜吉郎から、お館様は蛟にさらわれたとの情報を得て、捜索は洞穴内を中心に行っていた。
そして明け方になって、竜姫は城内の牢屋のある岩屋に姿を現した。
暗殺者からのがれ、蛟にかくまわれていたのを、川と岩屋をつなぐ水路を通って城に帰されたと竜姫は語ったそうだ。
凶暴な蛟でさえ従えるとはさすがお館様じゃ、八代一族の頭領にふさわしい尊いお方じゃと、家臣たちは驚嘆し尊敬の念を強くした。
「竜姫、よう戻った。心配しておったぞ」
「ただいま戻りました。お母上様にはご心労をおかけし、誠に申し訳なく存じます」
城に戻った竜姫は服を着替え、まっさきに花竜の暮らす天守にむかい、無事な姿を母親にみせた。
竜姫の居室は城内の屋敷にあるが、花竜と竜姫の兄、政竜は、眺めがいいという理由で、三方向が開口部の月見櫓で暮らしていた。
それは花竜が亡くなったあと、ミイラ化するまで匂いがひどく、風通しの良い場所でないと側近たちも厳しかったからでもある。
幻術により肉体の見かけを取り戻した花竜は、窮地から無事に生還した我が子に安堵の表情を浮かべていた。しかし不満そうな顔をしたのが政竜だ。政竜は花竜の後ろにいて、幻術でつくられた母の髪をくしですいて、竜姫の挨拶は片耳できいていた。
「なんだおまえ、死んだんじゃないのか、花が赤をお館様にするっていうから期待してたのに」
「これ、政竜。竜姫に万が一のことがあれば、と、余は申したのじゃぞ。臣民のために当主は必要じゃからのう。けれど竜姫はこうして無事戻ったのじゃ喜ぶべきことではないか」
どうやら竜姫が亡くなったと判断し、次のお館様を立てる話し合いが花竜親子と重鎮たちの間ですでに行われていたようだ。それは花竜のいうように混乱時に当主不在が長く続くのはよろしくないという判断で、しかたないことだったのかもしれない。
結局はお館様の首もすげ替えができる歯車のひとつだ。そうでなくては何代も続かない。
「母上様、私からお願いの儀がございます」
竜姫は心に決めたことを花竜に打ち明け、祭りに来ている播磨の主要な一族の頭領たちを呼んで話し合いの席を設けた。
伊予国にむかう空の上で、俺はちょっと気になっていたことを小狼首にたずねてみた。
「小狼首って本名じゃないよね。狼首も女狼もさ」
この世界でスティタスを表示させるためには本名が必要になる。小狼首たちのスティタスは開くことができなくて、それで本名は別にあると気がついた。
そんなふうに俺が誰かのスティタスをさわって、名前を確認するのはイザナミのことがあったからだ。
俺はイザナミが本当に俺の知り合いの女子中学生かどうかを調べるために、イザナミのスティタスを『寅丸紅子』で開いてみたんだ。結果、開けた。イザナミは寅丸紅子ということだ。けれど彼女のスティタスは『イザナミ』でも開けたし、『黄泉国の王』でも開いた。
いくつもの別名をもっていたとしても、スティタスはひとつの名前でしか開かないはずだった。
イザナミだけが特殊なのか、複数の名前でスティタスを開ける人間が他にもいるのか、サンプル数が足りなくていまはまだハッキリとした結論は出ていない。
このとき俺の頭は複数名を持つ人間への興味だけで、とくに小狼首の本名を知りたかったわけじゃない。けれど藪をつついて蛇が出た。
小狼首はなにやらたくらむように目を細めて、やわらかいけれど挑むような口調で答えた。
「僕の名前が知りたいの?僕の真名は誰にも教えたことがないんだよ。狼首とメロは知っている。家族だからね。__そうだね、新しい家族の総司になら教えてもかまわないよ」
竜父の祭りは竜姫が城に戻ったことで再開された。
初日は清めと感謝の儀式、2日目は葉落としの儀式、3日目となる今日は竜縁の儀式で、祭りの参加者に竜の一文字をいれた名づけが行われ、新成人と竜神との縁を結ぶ。
例年であればこの儀式は祭りのやぐらのうえで行われるが、お館様の暗殺未遂があり犠牲者も出ているということで、厳戒態勢の中、城の大広間で執り行うこととなった。
この竜縁の儀式で新成人たちにつける名前は既に決まっていて、卒業式のように証書を手渡して終わるもので、儀式の中止はまずないことだった。今回は大広間を使うが、形式をどうするかの問題で、城外で役人から渡されても済むものだったからだ。
大広間での命名式は祝いのムードはなく、事務的にたんたんとこなされていった。
それでも新たに名前に竜の文字を頂いた500名の新成人たちは、それなりに誇らしげな表情をしていた。
「三乃瀬将殿、新しき名は三乃瀬竜将」「五木深雪殿、新しき名は五木深竜」
そんなふうに全員の名前が呼ばれ、新しい名前の入った書状が手渡されたあと、お館様である竜姫が、書状をいただく金屏風の前に進んだ。
竜姫はすでに名前に竜の文字をつけていたし、金屏風の前に立つお館様からは、新たに竜神の血を引く血族と認められた新成人に祝いの言葉があるのだとみなが思っていた。
「八代竜姫殿、新しき名は九重羽鳥」
思いもよらなかったお館様の改名に会場がざわついた。
竜姫は名前から竜の文字を削り、そのうえ、あたらしい苗字となっていた。
「皆の者、鎮まるがよい、昨晩、神託が下ったのじゃ、竜姫はこの播磨の地を出て、新しき土地を求め、新しき国を造る労につくことになった」
花竜は声高に伝えた。会場の成り行きを見守っていたものたちも、これには一斉にどよめいた。




