眠い。ただそれだけ。
「おまえさま~こんなとこにおっただか」
俺のドラえもん『白玉』がきてくれた。
助かったぜ。妖精さんにからまれて、いい加減にしろと殴りたくなってきたところだった。
「探したぜアニキ。なに食ってんの?それなに」
小狼首の妹のメロが、白玉の横からヒョコっと顔を出した。
メロは白玉の脇をかすめて、まるで子ザルみたいにピョンと跳ねて俺たちの横にスタッと着地した。そして皿に残った唐揚げを遠慮なしに、ぽいっと口に入れて「うっわ!おいしい」と目を輝かせる。
可愛い子においしいといってもらえて、そんな可愛い反応をされると料理した俺もうれしくなってくる。金色の髪のメロは元気で明るく、まるで太陽のような女の子だ。
「あれ?アンタ竜神にケンカ売ってた子だね」
「彼は総司。僕のお気に入りだよ。僕はしばらく彼と一緒にいようと思うんだ」
小狼首がしれっと驚きの発言をぶっこんできた。お気に入りってなに?一緒にってどういうことだ?そんな話を聞いた記憶も、許可した記憶もないんですが。
「ふぅん。そうなんだ」
メロは俺をじろじろながめまわし、さっと俺の手をとると自分の胸に押し当てた。
俺は「ふあっ」っと叫んで目を丸くする。そんな俺の反応にメロはケタケタ笑い、さらに俺の手のひらをぐるっとまわして胸をもませた。
「あっはっは、総司、アンタさ、竜神に自分の女の乳もまれて怒ってたよね。独占欲強いっていうか、アンタさ、ちっちゃい男だよね」
なんだこのメロって女は。いきなりおっぱいもませて、そのうえ罵りのご褒美までくださるとは。
まさか女神ですか!?
「土佐の船にはそんなことで怒るタマの小さい男はいないよ。アニキも物好きだよな」
「陸の上では俺の価値観がまともなんだぜ。陸に上がって阿波を仕切るなら覚えておいてくれよ」
俺はくちではそんなセリフを返してはいるが、価値観の壊れた女。それもまたよし。美ロリを前にした俺に死角などない。すべての属性設定を受け入れて見せよう。
「そうそう、オヤジがアニキ呼んで来いってさ。親衛隊長が飲みすぎてつぶれちゃってさ」
「そうか、仕方がないね。じゃ総司またあとでね」
「あとでってなんだ。夜も遅いし、俺はもう寝るよ」
「小狼首さま、総司さまはお疲れですだ。今夜はおひとりでお休みいただきますだ」
「白玉さん。いじわるしないでほしいな。それとも、それは嫉妬かな」
「いいえ小狼首さま、総司さまには休息が必要ですだ。総司さまはおひとりで休まれますだ」
白玉が小狼首を追い払ってくれた。「チッ」と舌打ちする鍋子より頼りになる。
そう、今日もハードでカオスな一日だった。明日は早朝から伊予国に出かける予定もある。俺はさっさと布団にもぐりこんで横になりたかった。これ以上、小狼首のおかしなノリにつきあっていられない。
白玉が用意してくれた寝床は竹林の中にある、たぬき用の吊りカゴのひとつだった。たぬきたちは夜行性なので今はどのカゴも空だ。
誰もいない竹林、そよぐ風と遠くに聞こえる楽し気な人々の声がここちよい。
カゴの中で足を伸ばすと、俺はまたたくまに泥のような眠りに落ちていった。
夜中。誰かが俺の寝床に忍んできた。
俺の身体は疲れ切っていて、身体の重さが意識の足を引っ張り、誰かが来たと気づいてもただそれだけで、わずかなリアクションをすることもできなかった。
最初は白玉かと思った。小狼首ならやばいね。と。けれど混濁する意識には判断力はなく、また判断する気もない。薄手の掛け布団をめくり、横を向いて寝ている俺の腕のなかに誰かが身体をすべり込ませるのをただ許した。
俺の好きな髪の香りがする。あぁそうか、これは菊理だ。
まぶたが重くて、間近にある菊理の美しい頭皮が見られなくて残念だ。
「半分では足りなかったんだね」俺はそうつぶやくが、唇が動いていたのか、そうしようと考えただけかどうかはわからない。
彼女に対してはいろいろ思うことがあった。
俺に何も相談せず情報も与えず、黄泉比良坂に連れて行こうと強引な方法をとったこと。
俺と菊理の間に愛情はある。けれど信頼がないことがそれではっきりわかった。俺は彼女の凶行よりそのことに傷ついた。
出会ったばかりでまだ信頼がはぐくまれてないのなら、言葉をおしまず、お互いに手の内のカードをさらしてすこしずつ関係を構築していきたかった。
白玉のことは俺が悪い。でも、俺は『一生、菊理だけを愛する』という誠意のカードを手にもっていた。
菊理が『側室』という言葉で白玉を受け入れたことで、俺がもっていたカードはいちべつもされずにバラバラに破かれてしまった。
そのことについても、俺は自分が思うよりも深く傷ついていた。その誠意のカードは一生に1枚の真心をこめた大事なカードだったからだ。
前向きに気持ちを切り替えても、いまだに傷ついた俺の本心には封をしたままだ。
眠りにある身体とは別に、俺の脳は忙しく働き、昨日の夜から続く、この一日の情報を整理し保存していることだろう。こうして彼女の香りがそばにあることで、俺の気持ちが冷めないよう、彼女を憎まないよう、うまく調整してもらえるとありがたい。俺はそんなことを、自分の海馬、側頭葉に頼み、ふたたび抗うことのできない睡魔の手に落ちていった。




