真面目な話でも油断はできない。
「おやじぃ!餅っ餅っ!!オレがついたんだぜっ」
元気のいい声が飛び込んできた。土佐の海賊のボス格のひとり女狼だ。
「オレ餅ついたのはじめて!みて。すんごいのびるんだぜ」
メロは無邪気に餅をのばして喜んでる。15、6歳で褐色の肌に金色の髪を三つ編みで一つに束ねた、狼首によく似た顔立ちの絶世の美少女だ。海賊のボス格はこの少女ともうひとり、俺と同じ年ぐらいの小狼首と呼ばれる狼首を一回り小さくした妖精のような美少年がいる。
「みなさまがた、つきたての餅をどんぞお召し上がりくだせえ。あちらにお席を用意しましただで」
白玉が俺たちを呼びに来た。つきたてのお餅はうまいよね。でも、餅なら皿に盛ってきてくれたらいいのに。話の腰も折れたし、気の利く白玉らしくないな。
俺がそう思いながらついて行くと、海賊の紋章の入った陣幕で四方を囲んだ場所に、周辺の妖怪の里の代表者の皆さんが集まっていた。
竹の縁台に竹のテーブル、そのうえになんと、大福もちとおはぎが山盛り乗せられてるじゃないか。
さすが白玉ちゃん。この機会に妖怪の里と土佐との話し合いの席を設けたいという俺の思惑を見抜いてらっしゃる。狼首の陣幕を使っているということは会場の設置をしたのは親衛隊だろう。親衛隊に話を通し手を借りて、妖怪の里の皆さんを集め、そのうえあずきまで煮てくれたとはじつに素晴らしい嫁さんだ。
「おやじコレ食ってみな。甘くてすんげぇうめぇって」
狼首はメロに背中から抱きつかれて肩にアゴを乗せられ、大福をくちにねじ込まれそうになって「おいおい」と笑っている。小狼首はその様子を見守り横に静かに微笑んでいた。大福を食うとこですら絵になる美しい家族だ。
「意外なりや、狼首殿、淡路の犬が尻尾を振る相手を間違えておいでか」
人魂を連れたろくろっ首がいきなりつっこみいれてきた。少々ケンカ腰で険悪なムードだ。
「我々、土佐の者が淡路に飼われてるなどと勘違いしてもらっては困りますね。彼ら、淡路国の船が東の海を安全に航海できるよう、我々の傘の下に置いてるにすぎないのですよ」
「ほう、淡路に加担して摂津国の船を襲っとると聞いたがのう」
今度はイノシシの爺さんがつっこんできた。
「時々は彼らの要望を聞いて温情を傾けることもありましたよ。でも彼らは勘違いして増長してしまってね。我々も持て余しているのですよ」
「我々、土佐の者はいま、淡路とは敵対する立場にあるのです。我々が懇意にしていた第三王子が失脚して斬首されてしまったんでね」
そう、狼首は集まった妖怪の里の代表たちに静かに告げた。
「淡路国の国王が病の床にあるのはご存知でしょうか。我々は、次期国王として本命視されていた第三王子を支援していたのですよ」
まじめな感じのトークだった。これは正座して聞かねば。
「第三王子が淡路国の王となれば、淡路に首輪をつけることが出来たんだが、我々にとっても皆さんにとっても残念な結果になってしまった」
「他国の後継者選びに口出しできなさるほど土佐は力がありんすか」
疑問をぶつけてきたのは紅をさした白蛇だ。
「第三王子は実をいうと前国王がひそかに産んだわたしの子でね。前国王は100歳を超えるがまだ存命で国政に影響力を持っているのですよ」
え?前国王って女王様ですか!?まさか男の王様?老王がいま100歳って何歳の時の子!?なんだか恐ろしい答えが返ってきそうな気がして、俺はくちをつぐんで鍋子を深くかぶりなおした。
「沢渡殿はわたしを恐れるかね?わたしはこうみえても数百年の時を生きている。妖怪のようなものだ」
「妖怪を恐れていてはこの場にいられませんよ」
「良い答えだ。きみは優しい良い子だ。わたしはもともと阿波を治めるものとしてこの世に生を受けた。阿波をひとつにまとめ、淡路国に対抗したいと望むのだが協力してもらえるだろうか」
「阿波をひとつに?民を搾取しないのであれば反対する理由のない話です」
「搾取か。そうとられると困ってしまうよ。阿波の森を守る護衛を雇うと考えてもらえないだろうか」
狼首は俺に話しかけることでやんわりと自分の意志を皆に聞かせた。
ここは会議の場でなく、餅の試食会場だ。演説より懇談がふさわしい。
試食会場は一気にざわめいた。妖怪の代表者たちは、それぞれ隣り合わせた知人たちとこの件について意見を交わしあっている。酒も入って少し言葉の荒いものもいた。
阿波の森は広大だ。草原、砂漠地帯までをくわえると地続きの淡路国の20倍、川向こうの淡路国領土を入れても5倍以上の領土となる。民の数も少なくはない。統一して治めるものがあれば十分に強国となれるだろう。
民が他国の略奪を恐れず、安心して畑を耕すことが出来れば、俺の狙う砂糖の安定供給にもつながる。
「おう!キビの酒を呼ばれに来たぜ」
なつかしの鉄道ゲームの貧乏神のように、呼んでもないのに竜河が現れた!!!
空気を読まないキャラって最強だな。竜河のヤツは竹の縁台にどっかり腰をおろしやがった。そしておはぎをつかみもしゃもしゃ食い始める。
「んだこりゃ、あずき甘く煮てんのか、んめぇじゃないか!いくらでもいけるぜ」




