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狼首

陽の光を浴びて雨粒がキラキラ輝き、亜熱帯の気候の三津の里に涼しさを与えてくれた。

そして火も鎮まり、短い雨の時が終わると、ほどなくして岩爺がやってきた。


岩爺は丸く開いた竹の広場の空からドゥっと降りると、ふはぁと長い鼻息を吐いた。

いつもよりごつくて岩っぽく見えるのは気のせいか?なにやら苛立っている様子だ。



「岩爺、リイとは和解できたのか」そう話しかけた俺に、岩爺はまた長い鼻息を吐いた。

「水ン(なガ)でば、なんも(ばな)ぜんだあ。おっ(ガあ)のゴだあわからんだあ」


リイは川底で岩爺にしがみつき、体重を極重にして、岩爺が抵抗しても離さなかったそうだ。


仕方(じガだ)ねっガら、交尾(ゴうビ)じで気絶(ギぜづ)ざせでやっだだあ」


えぇ!?気絶させたって!?岩爺ってそんなにテクニシャンだったの。やべぇな。まじで師匠と呼ばせて欲しい。目の錯覚か?岩爺に後光がさしてやがるぜ。

俺はいますぐにでも岩爺のテクニックを伝授願いたかったが、そうもいかなかった。


「龍の上人ざば…。土佐(どざ)もんガ()まずだあ」


土佐者の来襲と聞き、その場にいた里人たちに緊張が走った。


淡路軍、黒蟻に続いて土佐者との交戦だ。

人的被害こそでていないが2度の戦いで里人の神経は疲弊している。

人の集中力はそうそう長く続くものではない、村長と話し合い、ここはいったん退いて、付喪神たちの避難を最優先させることになった。

2回の勝利を収めても、結局里を守り切れず、森に潜む選択となるのは悔しいが致しかたない。


俺が村長たちと土佐者の足止めと、伝達網の強化、さらに先の手を打ち合わせていると、岩爺の横に四郎がフッと姿を現した。

ぬりかベィビーの四郎にはイザナミを見つけ次第、張り付いて動向を探るよう指示を出していたんだ。

そして四郎は、あのファンシー空間からイザナミの監視についていたはずだ。


「ガわいぞうに、|人形どもに(おぞ)われじまっで、呼び寄ぜまじだだあ」

「ぬいぐるみにか?あれ動くんだ」

「あのね、人形の中にねぇーなんかはいっでだー。生き人形だっただー」


ぬいぐるみが襲うなんて、まるでホラー映画じゃないか。四郎はさぞかし怖かったことだろう。

しかし、『呼び寄せ』そうだ。諜報活動には危険がつきものだからと、俺がぬりかべの種族スキルに入れておいたものだ。ぬりかべたちは必要に応じてお互いを呼び寄せることが出来る。

__となると?俺はモヤっとした気分になった。



(おさ)殿!竜神殿!土佐の使者がきておりますだ」


里を囲んでいた兵が走ってきて、先触れの使者の訪問を告げた。

使者をよこして交渉とは、乱暴者の海賊らしからぬ礼儀正しさじゃないか。

彼らは、里から5()、約20キロほど離れた草原に隊を置いて、そこで三津の里の代表者に会いたいと申し出てきた。

これは土佐の罠か?罠なら俺も用意してるからそれはお互い様だけどな。


俺は、スズメ村長、レベルがあがってイーグルっぽくなった村長とともに村の代表として土佐の海賊たちと顔合わせすることになった。本来夜行性のたぬき村長はじめ、たぬき達はその間に仮眠をとり、新たな展開に備える。


いまの俺は、女物の派手な羽織を着た女装小学生、さらに頭に鳥を乗せた妖怪の里代表。という訳のわからない人物になっていた。



土佐の海賊たちのまつ草原まで、岩爺に乗ればわずか10分程度の距離だ。

長く待たせて迎撃準備をする案もあったが、淡路軍への今後の対応策も練らねばならず、ここはさくっと済ませておきたかった。

待ち合わせの地点にむかったのは俺とスズメ村長、白玉とスズメ村長の腹心、そしてなぜか天狗兄弟だ。


岩爺の背に乗った俺は、スズメ村長に先ほど村を襲撃した黒蟻について訊ねてみた。


「黒蟻とは何者なんだ。何の目的で村を襲ったんだ」

「あやつらは、播磨の忍びですじゃ。お館様の忠実な飼犬と聞いておりますじゃ」


播磨のお館様の飼犬。つまり竜姫の手下ということか。なぜ竜姫が三津の里を襲ったりするんだ。

俺は竜姫の人柄を思い浮かべ疑問に思うが、播磨と阿波には確執があるようだし、部外者の俺には理解できない思惑があるのだろうか。



岩爺の背には結界が張ってある。この中にいる俺たちに外気の動きは感じないが、草原には風が吹いてるようで、草が波のようにうねって流れていた。

土佐の海賊たちは、報告通りに5000人前後、整然と並んでいて、上空から鳥瞰でみると、なんというか、予想を超えてきらびやかな集団だった。

でかい旗や吹き流し、鎧、馬具もふくめて色鮮やかに飾り立てた軍隊。それは美しいと形容して間違いない風景だ。


俺たちはこの軍隊の美麗さと迫力に圧倒されて、すでに飲まれていたかもしれない。

岩爺から降りて草を踏みしめる、その足が緊張でこわばってガクガクいってる。天狗兄弟などはすでに挙動不審になって中腰でキョロキョロと落ち着かない。

相手は海賊、いわば犯罪者集団、押しが強いのは当然のことだ。けれど無駄に憶することはない。こっちも背負ってるもんがあるんだ。気圧されてたまるか。


風の吹く草原で、きらびやかな軍勢を背に俺たちを出迎えたのは3頭の馬と、それにまたがった3人の海賊の首領たちだった。


そして彼らの脇から進み出てきた子供のように小柄な女。女は全身タイツのようなぴっちりした白の服を着て羽衣をまとい、飾り毛と尻尾を風に揺らしている。まるでユニコーンが萌え化したようなキャラだ。

その女は口上を述べたてた。


「ようこそ三津の里の代表者の皆さま、お会いできて光栄でございます」

「私共は東の海より参りました。こちらにおられるのが我らの主、東海の王にして阿波を治める古き血筋の正統なる継承者、太陽の御子『|狼首ろうしゅ』さまでございます」


狼首、何度か耳にしたその名前。

馬から降りたそいつはおそろしく姿形の整った美しい男だった。

褐色の肌に、銀髪に青の交じる不思議な色の髪、瞳はヘーゼルアイ、美しい筋肉をみせつけるように革のパンツだけを履いて上半身を宝石で飾っている。

これは人間か?こんなに美しい人間がこの世に存在するのかと、俺は我が目を疑った。



「・・狼首、らうたし」


俺は知らず知らずのうちにそう口走っていた。


「お目にかかれて光栄です。三津の里の長殿、沢渡殿。里に黒蟻の姿ありとの報告を受けて、ご挨拶代わりに雨を贈らせていただきました。お気に召していただけましたでしょうか」


握手を求めて手を差し伸べる狼首。

そして俺はすぐに、この狼首と呼ばれる男が異世界七不思議と言えるとんでも男だと知り驚愕することになる。

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