ファンシー空間は落ち着かない。
ワープポータルは、大人数の利用が可能な便利な移動用スキルの定番といってもいい。
空間をゆがめて任意の場所へとつなぐスキルで、一度行ってマーキングした場所ならだいたいつながる。
そして、移動距離に関わらず、経過時間はゼロという優れモノ。
三津の里で確認したときは確かにそうだった。
俺が今いるみたいなファンシーなぬいぐるみ空間を経由するコトはまずないはずだ。
「どやっ」
ぬいぐるみの山の前で黒髪セーラー服少女が腕をくんで仁王立ちしている。
「どやってなんだよ。イザナミさん」
「ほらさ、私の力ってもんを思い知ったりしないかな?こうしていつでも呼びつけられるし、まな板の上の鯉っていうか、生殺与奪の権を握られちゃってる感あるよね」
どうやらイザナミの干渉だったようだ。
三津の里へとつながるワープホールのはずが、パステルカラーのぬいぐるみでぎっしり埋められたおかしな空間に出て驚いた。
先に穴に蹴り込んだ夏角たちの姿はみえない。ここには俺だけが呼ばれたみたいだ。
死者の国から逃げ出してこんなところで何をしているんだろう。この人は。
「まあ座りなよ」
ホッキョクグマの椅子をすすめられる。イザナミはキリンに座った。この椅子は動物を縮小したぬいぐるみそのものってかんじの椅子にみえない椅子だ。ぬいぐるみに腰かけるセーラー服の女子中学生と女装小学生男子の俺、この絵面には甘々なシュールさがあるな。
「えらく可愛くなったわね~。半分くらい黄泉比良坂に連れてかれたか。逆に全部もってかれなくてラッキーだったよ。菊理は悔しがってるんじゃないかな?あの子の腕も鈍ったもんだ」
「娘さんが探してましたよ」
「ん~娘がさ、母親の監視役とかおかしくね?あの子はね、素直だから父親のいいつけ守っちゃうのよね。そろそろ自由になってもいいんじゃないかな?精神的に自立して親離れしてほしいわ」
そういう問題なのか?妙なノリと言い訳でけむに巻こうとしているが、菊理は地獄の門を守り、魔王を封印してるような立場じゃないか。つまりイザナミ、こいつは逃亡した魔王ポジションだろう。親離れや自立なんてご家庭の内輪ネタとはまったく違う話だ。
ここでイザナミを捕えたら俺の株も上がるんじゃないかと、一瞬チャレンジャーな考えもよぎるが、相手は神だしな。さらに、ここはイザナミの支配する謎空間で分が悪い。
菊理不在の千年の間に異世界で好き勝手してたんだろう。いまさらあわてて捕まえるほどの緊急事態にも思えん。ってことでイザナミはスルー決定。
「急ぐんで、話はまた今度」
「いやいやいや、急ぐってつまんない用事じゃん。たぬきとスズメは放置安定でしょ。私の指示に従いなよ。悪いようにはしないし。動物好きアピは不良キャラだけにしとけって」
「いい加減にしてくれよ。おまえには関係ないだろ。紅子の姿で惑わすのもやめろよ」
「私、マジで紅子だよ。まぁ姿だけミラーして、紅子はまだ日本にいるんだけどさ。紅子は私の分身のひとつ、私は紅子本人。そこは認めてよ」
イザナミの分身が元の世界の俺の知人でした。なんて偶然あるわけない。そんな縁があるとすれば作為的なものだ。コイツは何を企んでいるのだろう?俺を召喚した連中とも関わってるのか?言葉の中に嘘と真実が織り交ぜられている。そう俺の直感が訴えている。
そんな疑惑を置いといても、人を呼びつけて手駒につかおうとするイザナミのこの態度はまったく受け入れがたいね。
「何の用だよ。俺は忙しいんだって」
「やばいよ総司。女神の神託よりたぬきが大事なんて価値観イカれてる」
「女神か。言いたいことがあるなら聞いてやるよ。早く言え」
「じゃ三行で。『この世界を統一しろ』あぁ一行じゃん。『総司よ男なら天下を獲れ。それがキミの使命だ。byイザナミ』三行。あと『竜姫を嫁にしろ』以上。私に逆らわず指示に従えばチビっ子にならずにすんだはずだよ。『菊理とは縁を切れ』以上」
「グダグダな神託だな」
「嫁の竜姫が国を守って兵を育てる。総司は遠征して他国の領土と戦利品をぶんどってくる。これって理想の夫婦の役割分担じゃない?イケると思うんだよね」
「なんだそれ、修羅すぎんだろその夫婦」
「だからさ、たぬきの里なんかに関わってる場合じゃないって。流れを読んで世界をモノにしなよ。総司にはその力を授けた。どやっ」
「意味不明だな。世界はいらない。三津の里は助ける。これが俺の意志だ」
好き放題いっているイザナミと俺の間に沈黙が流れた。
このファンシーぬいぐるみ空間に俺が退魔結界を張り、対アンテッドの準備をしたのをイザナミが察知したからだ。
「おまえが俺に力を授けたのなら、奪ってみせたらどうだ」
「不遜な男よのう。我に逆らうか」
イザナミの雰囲気が変わった。そして俺は死を覚悟し、神との対決の道を選択した。異世界に来て俺の命もずいぶんと軽くなったものだ。しかし賭けるものが命しかないからしかたない。
「まぁ今はまだ良い行け。抗っても所詮は人の子、すでに命運はわが手の内。いずれ自らが我に庇護を乞う時が来ようぞ」
イザナミはフッと鼻で笑い、流し目をやって、ぬいぐるみの山の前にワープポータルを開いた。
助かった。ここはイザナミの気の変わらぬうちに退散するとしよう。
「狼首に喰われぬよう、気をつけるがよい」
ダッシュでワープホールに身を滑りこませる俺に、イザナミが気になる言葉を投げてよこした。
一方、姫川城に戻った竜姫は自室にこもっていた。
身に起こったおぞましい出来事、叔父の非道な行為に、怒りと悲しみを通り越して絶望を感じていた。
何度打ち消しても、あれは夢や幻ではないと、竜姫の身体の奥に残るにぶい痛みが伝えていた。
叔父貴が竜神だった?いや、もしや竜神が叔父貴の姿を模したのかもしれない。見知った者の姿を写されたのではないか。そうであって欲しい。けれどそれを確かめるのが怖い。父とも想い慕っていた身内がまさか、闇に乗じて竜神と入れ替わり、男女の関係を強要するなど最悪の裏切りだ。
それにしても何故、祭りの最中に竜神は私を召されたのだろう。歴代の女城主に対し竜神がこのような行為に及んだとは聞いたことがない。
きょうは竜父の祭り2日目、自分には祭りを取り仕切る大切な役目がある。
家臣たちが入れ替わり立ち代わり、閉じた障子の前に来て、竜姫を案じ、気づかいの口上を述べ、祭りの進行を逐一伝えてくれる。いつまでも自室で伏せっていては彼らに負担を与えてしまう。
竜姫は惑いを切り捨てて、衣を着替え、普段の自分を装い、部屋の障子を開いた。
祭りのやぐらに繋がる廊下の先が、ざわざわとなにやら騒がしい。
「どうした。なにかあったのか」
「ああ、お館様、御母堂様が、花竜様が」
なにごとかと問いかけた竜姫と、狼狽する小姓。
竜姫に道を開ける人々の先に、竜姫の母、前姫川城城主、八代花竜が華麗な着物をきらびやかに身にまとい生前と変わらぬ姿で立っていた。




