リイの妨害。
昇る太陽が、朝焼けに浮かんだ月の輪郭をかき消す頃、俺たちは姫川城を見おろす播磨の上空にあった。
朝日を受けまぶしい白漆喰の姫川城からは、同じくまばゆく初々しい白装束の一団が竜神様の神社を目指し一列で進んでいた。
きょうは竜父の祭り2日目、新成人が八代一族の認定を受ける葉落としと呼ばれる儀式がある。
竜神の血を引く新成人は今年は約500名、そのなかに竜姫も含まれる。
儀式の参加者はみな、こうして早朝に白装束で竜神様の神社に参り、加護を頂いて城に戻る。城では祭りのやぐらから竜神様のおわす川に飛び込み、水中の祠に置いてある御印の球をとってくる。儀式はその手順で進行する。
水中の祠、これが曲者で、水中の洞穴の奥深くにあって、たとえ泳ぎが達者でも普通の人間では息が続かず、まずたどり着かない。そのうえあの凶暴な蛟の巣だ。蛟は竜神の血縁のものを見分け、そうでない侵入者を即座にかみ殺してしまうという。
そうして選定された新成人たちは、祭りの3日目に行われる竜縁の儀式で竜の一文字をつけた名前をいただく。この一文字が竜神の子孫であることを示し播磨国では最高のステータスとなるのだ。
竜姫はといえば、すでに名前に竜の字があるように儀式は幼いころにすませている。竜神の子孫と認められていなければ城主になどなれない。きょうの竜姫は祭りの儀式を仕切る側の立場だ。
「おまえさま、赤い手絡がようお似合いですだ」
「ぐふふ、こっちの銀の花かんざしもためすのじゃ」
「おまえら、やめろよう」
俺は岩爺の上でも白玉とかずら婆さんにしつっこくイジられていた。
そして、阿波の森を目指す岩爺が、大河の中腹にさしかかったあたりで突然バランスを崩し、警戒心ゼロだった俺たちはあっという間に水に引き込まれてしまった。
ぶくぶくと沈む中で、ドス黒いオーラを放つ黒い塊と、そこに光る黄色い瞳と目が合った。
これは竜河の嫌がらせか。なんのつもりだこのおっちゃんは。
けれどヤツは俺たちには興味なさげで、不機嫌そうに鎌首をもたげて横を向き、川底に頭をつっこむと水を濁らせて泥にもぐり姿を消した。
結界の中の俺たちには水の影響はない、けれどこうして水底にあっては戦場の支度に遅れてしまう。
川底にのめる岩爺と会話すべく、俺は封印していた念話のチャンネルを開いた。
「どや!おでがちっせぇ」「いまね龍の腹の中」「左ってどっち」「狼首まじ尊い」「2355、2356、23…」「狼首らうたし、らうたし」「おっ父おおおお隠岐の報告うう」「骨がおきた」「ケロケロ」「ふぁあ極楽じゃ」「人間って紙でできてんだ」「なんか溶けたあ」
ぬりかべ家族は相変わらずうるさい。早々に岩爺との個別チャンネルを検討せねば。
俺は雑音に耐え、岩爺に何があったか、水上に浮きあがれそうかと問いかける。
「おっ母が、じがみづいでギだだあ」
おっ母、但馬国のぬりかべ、リイが岩爺を水に引き込んだ犯人だったようだ。
リイは透明化して待ち伏せてたようで、愛情表現にしては岩爺の反応がおかしい。もしや夫婦喧嘩か?
理由を聞こうにもリイも岩爺も水の中で俺たちとは会話できない。
ここは昨日スティタスにくわえたスキル「ワープポータル」を試してみよう。
俺は岩爺の背中にワープポータルを開いた。
ぽっかりと開いたこの不可思議な穴に「ワシは遠慮するでござる」とビビる夏角を蹴りとばし穴に入れ、雨角を突っ込み、白玉、小判を担いだかずら婆さんと続かせた。
「合流できるようなら来てくれ」岩爺に念話を飛ばして、最後に俺がワープポータルに飛び込んだ。




