親に会わせる顔がない。
死んだ。以前の賭場での降臨と違って、菊理姫には明確な殺意があったな。
俺のリフレクトが無効だったということは、憎悪じゃなく愛情からきた行動だろう。
それをせめてもの心の慰めとしよう。
スキルに蘇生を入れてなければ完全に終わっていた。
いまは、デトックスっていうのかな?再生された俺は身も心もすがすがしく一段軽くなったようだ。
今回の菊理姫の怒りのポイントは竜姫か。竜姫は日本から来た召喚者なのか。彼女を毛嫌いするのは元の世界に戻って欲しくないという菊理の意思表示ととらえればいいのだろうか。
「総殿お。龍の上人ざばあ」
いつからいたのだろうか。俺の目の前に岩爺がいた。
俺の周囲を飛び回っている透明化したぬりかベィビーの一郎たちが呼んだか、岩爺はスキルに千里眼を入れていたから俺の殺害現場を見て心配してきてくれたのかもしれない。
まだ夜は明けてはいないが、くらやみの森も木々の輪郭がわかるほどには明るくなってきていた。
「総殿、えだグお小ざグなられで」
ふあ!?岩爺に言われて俺は自分の身体を確認してみた。
ちっちぇえ、全裸の俺は色んなトコが悲しいほどに小さかった。手のひらもまるで子供のようだ。
身体の損傷が激しいと、再生されてもこうなってしまうのか。ずっとこのままか?元に戻れるのかどうなんだ?日本に帰ってもこのサイズだと、両親に俺だと認識してもらえるか心配だ。説明をしてもわかってもらえるだろうか。
俺がうなっていると、岩爺が手をついて三津の里の状況報告を急いてはじめた。
「総殿、土佐もんに動ギがゴぜいまずだあ」
「土佐?土佐とはどの方角にある国だっけ」
「土佐もんば阿波ガら先、砂漠を超えだ東の海の海賊でずだあ」
俺が放った諜報部隊、ぬりかベィビーたちは順調に各地に到着しはじめていて、軍事行動などの大きな動きは即座に岩爺に報告されるようになっていた。
土佐とよばれる阿波の砂漠の先の土地は、海岸沿いに広がる荒れ地で、川もなく井戸も枯れて人の住める環境ではなく、海賊たちの拠点となっている。
播磨国に流れる大河は淡路国が北方面出口の両岸にあって、阿波と接した淡路国の領土にも海賊のねぐらがあるという。噂によると、淡路国は海賊を飼い、商船を襲わせて利益をあげているという。
「土佐の海賊が陸に上がってきたのか。淡路の援軍か」
気になる動きではあるが、三津の里との交戦前に援軍の手配をするとは手際が良すぎる。
なにしろ今回、淡路軍はちいさな農村を襲うにすぎず、現在、隊を進めている二千の兵でも過剰なほどなのだ。
「ゴばぁああ」突然、岩爺が号泣した。
「まゴどに、まゴどに申じ訳ゴぜえまぜんだああああ」
「五十六郎が、土佐もんに捕まりまじだだあ」
なんと、ベィビーが敵の手に落ちたか。情報がそこからもれたということか。
「ちびっゴグでもおでの子だあ、決じで口を割るゴどばごぜいまぜんですだあ」
岩爺たちは念話でつながってるし、その言葉に偽りはないだろう。
淡路の援軍であってもなくても、人質救出のために土佐の海賊軍とは争う可能性がある。ひきつづき情勢を見守るべく、追加で五郎、六郎、七郎を土佐にむけ飛ばすことにした。
さて、とりあえず白玉を姫川城まで迎えに行って三津の里まで戻ろう。
淡路軍が野営地をたつ前に、こちらの迎え撃つ準備をすべて終えてしまいたい。
さらに土佐ものが来るのならその対策も練っておかねば。
立ちあがった俺の足元には菊理の薄衣が残されていた。
俺自身の血に染まった衣を手にとり、抱きしめて残り香をかぐと、胸がうずくようなせつない気持ちになった。なんとはなく、正信偈をくちずさみ心を整えながら、鳥の鳴き始めたくらやみの森をあとにする。




