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半分の終わり。

この森は__いろんな動物の声がするねっ!

まったくけしからん。菊理の教育上よろしくないってレベルじゃねぇぜ。


俺は後悔していた。

目を閉ざしたも同然の真っ暗な森に菊理を連れてきてしまった。

さっき俺がつまずいたように、石や枝で彼女がケガでもしたらたまらない。大切な恋人を守ろうと、身体を触れ合わせ俺の腕の中に彼女が収まるようにした。


()がためには事にもあらずじゃ。(われ)の眼は夜を昼に成すのじゃ」


なんと菊理姫は夜もばっちりな暗視スコープアイの持ち主だったようだ。

立場が逆転した。菊理に守られ手を引かれて森を歩く俺。

彼女はおぼつかない足取りの俺を先導してさくさく歩き、森のかなり奥、近くに誰もいない静かな場所まで来た。


「草の円座に座すがよいのじゃ」


俺はその場に座らされた。感触からいってクローバーの群生の上だろうか。

闇に眼を開いていると感覚がなんだかおかしなことになってくる。遠近感がつかめなくて宙に浮くような不安で皮膚が過敏になるような。


「ひぁ」菊理の冷たい手が俺の着物のえりもとにスッと入ってきた。

思わず声が出てしまった。この暗闇の中では相手の動きも見えない。次に何をされるかドキドキしてしまう。


菊理は俺の袴の紐をほどき、着物の前をはだけさせた。

ちいさく冷たい手が襟首から背中へとすべるように侵入し、彼女の胸と俺の素肌が密着する。上着を草の上に落としながら菊理は俺の肌に舌をはわせた。


じっと見られてるかのような恥ずかしさがある。というかじっと見られていた。まるで丸裸にされたかのようだ。というか丸裸にされていた。されるがままで、緊張と興奮から心臓が早鐘のように打っている。


「八代の女と縁を結ぶと聞こえたのじゃ」


また油断していた。菊理はこうしてちょいちょい攻撃してくる。恐ろしいほどのヤキモチ焼き屋さんだ。


「そうじゃないよ。もし表向きそうなることがあっても心配することはなにもないから」

「かの女は総の同胞(はらから)(めと)りてはべらすは誤りなり」


え?どういう意味だろう。同胞って竜姫は日本人なのか?もしそうだとしても俺が元の世界の住人と仲良くするのは間違いで認めないと?


「我が殿…許したまえ」


菊理の乾いたくちびるが俺のくちびるにそっと触れた。

いつかはこうなると危惧していた。闇属性の彼女には人の常識など通用しない。

彼女は三目鬼にそうしたように、俺の身体をふたつに引き裂いた。




竜姫をさらった竜神は川に戻り、半身を水に浸していた。

川沿いを黒く縁取る鎮守の森、竜神はそこに竜姫をそっと降ろした。

深夜ともなれば祭りの灯篭も流れ去り、川面は墨のように暗い。けれどまだ星のかかる空があり、遠くに城の松明の灯りが見え、森の漆黒とくらべるとかすかに明るい。


森に降ろされた竜姫は、こちらをじっと見つめる黄色い龍の瞳に射すくめられていた。

竜姫がまばたきをした一瞬、竜神は消え、かわりに黒い影が竜姫の視線をおおっていた。


かすかな光を反射する濡れた身体、熱をおびた肌が水を蒸発させている。そして灯る龍の瞳。この影は竜神だ。竜姫はそう理解した。


竜神はなぜ自分を獲られたのだろう。己の子孫ではないか。

荒々しく抱かれながら、竜姫は混乱し、心は千々に乱れた。けれど神に逆らうことなどできない。この荒々しさを受け入れ鎮めることがいまの彼女の務めだ。


「竜姫」耳元で声がした。激しい痛みに耐えていた竜姫は耳慣れた叔父の声に驚愕した。


「叔父貴、なぜ!?どうして」「あぁ、いやっ離れてくだされ」


泣いて懇願する竜姫、荒々しい腕はそれでも止まず、彼女を離さない。


「すこし黙ってろ。俺に抱かれるなんて幸運なことだぜ」

「いやっ、やめて、どうしてこんなことを」


狂ったように泣き叫び、身を離そうと抵抗する竜姫の声を聞きつけ、森の男たち、そして「ハジキ」たちが集まってきた。女の嫌がる行為は、このくらやみの森ではご法度だ。

竜河は羽交い絞めにされ、数名がかりで押さえられた。そしてそのすきに竜姫は竜河を突き飛ばし闇へと逃げ去った。


竜姫に拒絶された竜河は燃えるような怒りを身の内に宿し激しく咆哮した。

押さえていた男どもをなぎはらい、再び龍に変化し、くらやみの森に怒りの拳をたたきつけた。


大地が揺れ、森の一画が崩れ去り、竜神の怒りに当てられた木々と土砂は川へと落ちていった。

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