露天風呂でのぼせる。
ムカデというのは百足と書く、その名の通り細い胴体の両脇に無数の足が並んでるもんだが、こいつはその無数の小足の中に、20本に1本ぐらいの間隔で長い足が生えていやがるんだ。
しかもその足の先端は鋭くとがった毒針になっている。みるからに恐ろしい毒虫だ。
巨大ムカデはその巨躯を、ムチのようにしならせ菊理姫にたたきつける。
菊理姫はふわりと舞ってそれを回避。
巨大ムカデの強烈な鞭打を受けて温泉宿全体が小刻みに震える。
再びかまくびをもち上げたムカデの頭を軽く蹴り、菊理姫はさらに高く吹き抜けを飛翔する。
上階に逃れるべく階段に殺到する湯治客の悲鳴。
襲い掛かる毛むくじゃらの醜鬼を四つに組み、力で対抗する馬頭、手あたりしだい柱や調度品をぶん回し妖怪をなぎ散らす牛頭。
妖怪VSアンデッド軍団はどちらが敵か味方かわからない。
骨と腐敗した肉、総毛立ち目を見開き牙を立てる化物、その数およそ200、異形の者どもの乱闘だ。
「亡者の骸より生じた小虫が我に牙をむけるとは、面白き世になったものじゃ」
菊理姫様は余裕たっぷりのご様子であそばすが、中庭の地面を砕き、新たな巨大ムカデが現れ、突き上げるように菊理姫の身体を宙に飛ばす。
ムカデの吐く毒霧で菊理姫の衣が溶けて肌もあらわで、巨大ムカデ2匹相手はどう見ても分が悪い。
「エアスラッシュ」
俺の出したエアスラッシュはしょせん近接攻撃スキル。巨大ムカデまでは届かなかった。
「スリープ」
俺に襲い掛かる妖怪を眠らせるが、このスキルも近接用、しかも1体にしか効果がない。
平和主義な俺は破壊力の高い大規模魔法をスキル選択から外していた。
戦いに使えそうなスキルは「魅了」「スリープ」「エアスラッシュ」の3つだ。
ぞくっと寒気を感じてあたりを見渡すと、どこから湧き出したのか、天井、壁をびっしりと、30センチサイズのムカデの群れが埋め尽くしていた。
虫が苦手な俺には凶悪な巨大ムカデより、リアルな虫の群れのほうが恐怖だ!!
天井からボタボタと落ちてくるムカデにたまらず「転移ッ」その場から逃げ出す。
2階の廊下に転移するが、欄干からムカデが這い上がってくる。
壁のすきまからもムカデがゾロゾロと。
「転移ッ」
今度はボイラー室のような場所に出た。
ここにいたのは肉付きの良いカッパの巨人が数名。いきなりこん棒で殴りかかってくる。
「転移ッ」
巨大ムカデの足元に出た。すかさず無数の毒針がおれを突き刺そうと狙う。
「転移ッ」
炎と煙に包まれた坊主姿の妖怪が火炎の塊を投げつけてくる。
「転移ッ」
折れた刀を口にくわえた巨大な顔面だけの妖怪が刀の雨を降らせる。
「転移ッ」
こうして何度も転移を繰り返し逃げまわっていたんだが、気がつくと敵の攻撃もなくなり、巨大ムカデは中庭に力なくのびて横たわっていた。
戦闘はゾンビ軍団の圧勝に終わったようだ。
「恐れ入りましたっ」
えっと、女将姿に戻ったムカデと妖怪どもが俺に平伏しているんだが。
「さすが我が殿、見事なものじゃ」
菊理姫にそういわれても、俺はただ逃げ回っていただけでなにもしちゃいない。
あ!あれか。麻呂屋敷の塀の外で殺戮待ちしてたとき、なにげにステータスをいじってパッシブにリフレクト入れたんだ。
妖怪連中は自らの攻撃を「リフレクト」で反射されて、勝手に倒されたというオチだ。
「許してくりゃれ」
「清明めにだまされて姫様を裏切りんしたときから、いずれこうなると思うておりやんした」
さめざめと泣き、菊理姫に頭をたれる女将。
俺は床に落ちた女将の打掛をひろって、まっぱな女将の肩にかけてやった。
「まぁよい。小者が愚かなるは世の常。それを許せなき狭量の我ならずじゃ」
菊理姫の言葉で一気に手打ちの打ち解けムードになって、平和主義の俺は心底ホッとした。
そのあと、菊理姫の癒しの力で女将と配下の妖怪は全回復。
平身低頭した女将にぜひにといわれ、俺たち一行は温泉宿でもてなしを受けることになったんだ。
大宴会場にずらりと並べられたお膳、豪勢な料理に舌鼓を打つゾンビ軍団。
そのうち酒が入ってえらい大騒ぎになってきた。
でっかい酒杯で酒豪を競う牛頭馬頭。飲んでもこぼれる骨ゾンビ。
菊理姫に「ひとさし舞え」といわれて踊る麻呂ゾンビ。カオスすぎます。
俺はひとり宴会場を抜けでて温泉の湯につかることにした。
きょうの1日、異世界召喚からはじまって嫁ができたり、色々なことがありすぎた。
すっかり疲れ切った俺は、重たい体で露天風呂へとむかう。
石造りの階段を降りると石畳の露天風呂。
そのわきに簡素な脱衣所があり、そこで服を脱ぐ。タオルやなんかもそこに備え付けでおいてあった。
「ふぅ」
湯につかり湯気に埋まる。が、お湯のあたたかさが伝わってこないんだよね。
これは絶対防御の影響なのかとぴんときて、ステータスを表示させ絶対防御を解除し、再び湯につかると「じんわり」あったまるなあ。
空には満天の星空に三日月が出ていた。
手足をのばしてお湯にひたり開放感を味わっていると、
「お客様、お背中お流しいたしますにゃ」
たすき掛けしたミニスカ着物の猫娘ズがわらわらと現れまとわりついて俺を湯から引きあげようとする。
猫娘ズは三毛、黒ブチ、茶のハチワレ、白猫、グレー、ちびっこい子猫から140センチ程度の中学生サイズまで。
「ちょちょ、かんべんしてください。わっ!やめっ」
混浴、女湯のぞきはたしかに俺の夢だが、のぞかれるどころか猫娘ズにガン見されるのは違うと思うの。
めちゃくちゃあわてまくっていると、
「我が殿、ここにおわしましたか。菊理のそばを離れてはならぬのじゃ」
菊理姫までやってきた。
浴槽のふちに立ちハラリと衣をほどく菊理姫。
その肌はまっしろで月の光にも負けず自ら輝くようで、とても正面から見れずに目をそらしてしまった。
横を向いているうちに湯に入った姫は、湯を揺らしてゆっくりと俺に近づく。
「総_」
菊理姫が動くと、俺の身体にまとわるお湯が揺らぐのを感じる。
姫の息が俺の肩にかかって、ふたりの距離はほぼゼロの状態だ。
ここでよりかかられでもしたらもう…と思っていたら、よりかかられてしまった。
お湯が熱いのか俺自身の身体が熱を帯びてるのかもうわからない。
木々を渡る風が俺の熱い眼にわずかに涼しさをくれる。
凛とした月が、惑う俺を静かに見ていた。




