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くらやみの森で。

夜も深まり闇の濃さの増す神社の境内。

祭りの法被を着た若者たちは一様に酔い、眼は座り荒んでいた。


そのなかの樽酒をくむひしゃくを持った男が俺たちをにらみ、ひしゃくを石畳にたたきつけ折った。


「ひっとりでぇええ、来いよおおおおおおお」


まさに血を吐くような魂の叫びだ。

俺は知らなかったが、見知らぬ男女の出会いのための「くらやみ祭り」とうたってはいるが、月に一度の開催ということもあって、決まった相手と定期的な逢瀬をかさねる男女も多かったようだ。


神社に至る道を照らす灯篭はその鳥居の手前まで。

それから先は明かりは何もなく、川沿いに続く鎮守の森に入れば足元も見えない、真っ暗な闇がまっている。


そして、その森に入るルートはいくつかあり、男女が待ち合わせて入るルート、だれにも顔をさらさず森に入れるルートとそれぞれ別々だった。

さらに女溜まり、男溜まりとあって、俺たちがいるのはその男溜まりと呼ばれる場所だ。

ここには女がひとりでやってきて、男溜まりの中から気に入った男を選んで森に入る。そういうシステムだそうだ。


くらやみ祭りなのだから、森の中で相手を探せばいい。と思うが、そう簡単にもいかない。

ここにいる男たちはほとんどが「ハジキ」と呼ばれる連中だ。

「ハジキ」というのは森の中で女性に嫌われる行為をした男のことで、そうなった理由は、乱暴だったり不潔だったりいろいろだ。


この「ハジキ」に認定されると一定期間、手首に革ひもを巻かれてしまう。

これは呪術によるものでほどくことができないようになっていて、くらやみのなかでも手首を確認すれば「ハジキ」と女性にバレ、拒否されてしまうのだ。


逆にそんな「ハジキ」が好物の好色の女や、あわれみ深い女神のような女もいて、男溜まりにいれば据え膳にありつくこともできたようだ。



女溜まり、ここは少々趣が違う場所だ。

播磨では家柄の良い男、美形の男子、優秀な男と一夜を共にするには高額の種つけ料がかかる。

なかなか手を出せない、高値の男たち、その男たちもしょせんはオスだし遊びたいわけで、親の目を盗みくらやみ祭りで遊ぶのだ。

その彼らの気を引くために、女溜まりには着飾った美しい女たちが集う。

__なんという格差社会だろう。



「ちょっとアンタいいかげんにしなよ。たいそう立派だとおもったらさあ」


森の入り口で、かん高い女の声が響いた。

男溜まりの「ハジキ」たちは色めき、我先にと声のするほうへ駆けつけた。


「ご、誤解でござる。拙者は何もしておらぬ。いきなり鼻をにぎられて驚いたでござる」


天狗兄弟の兄、夏角だ。くらやみの森にちゃっかり入り込んでいたようだ。


「女に乱暴狼藉を働くヤツは許せねぇ!森から出ていきやがれ」


「ハジキ」たちは雨角をつるしあげ、殴るけるでボコボコにし、手首に「ハジキ」の印の革ひもを巻いた。そのかたわらで「ハジキ」の数名が、先ほどかん高い声をあげた30過ぎのやせた女をいたわり、自分を売り込んでいる。

「そこのたくましいお兄さん。お相手してくれるかしら」法被の「ハジキ」がひとり選ばれ、女と腕を組んで森へと消えていった。


夏角は「誤解でござるう」と石畳に手をつき、めそめそと泣いている。

これはヤバイ。関わるとめんどくさいことになる。

俺は夏角にくるりと背を向けて、気づかれぬように身体で菊理をかくし、夏角を見捨ててその場を退散した。


俺が足を向けた先は神社の脇道、左手には森があるが、目を凝らせばまだ周囲がうすぼんやり見える。


「きゃっ」


地面に横たわっていた女につまずいて転びかけた。


「す、すみません。暗くて、気づかなくて」

「あら、いいのよ。こんなところではじめちゃう堪え性のない小僧っ子が悪いのさ」


なんだか地面にうすぼんやりと天狗のような男が…。天狗兄弟の弟の雨角か。


俺は着物の袖でさっと顔を隠し、菊理を森に押しやって逃げた。


森はかなり広く先に行くほどに真っ暗で、奥に入ればふりかえっても外の灯りは見えず、木がたれこめ空も見えない。このくらやみの森に菊理の胸の真ホタルだけが星のようにキラキラと輝いていた。

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