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月のない夜。

城を抜け出した俺と菊理姫は、わけもなく笑いあっていた。

菊理は頭の冠をはずし草むらに投げ捨てた。

ちょっと考えすぎてたみたいだ。俺はもともと身一つでこの異世界にきた。だれよりも自由な俺が、なぜだか色んな荷物を背負い込み、足を重くするなんてばかばかしいことだ。俺にはなんの責任も縁もない。愛するものを見つけたのなら、ただ、その手をとり走りだせばよかったんだ。


菊理をお姫様抱っこしてくるくるまわれば、彼女は笑うし俺も幸せ。

2、3歩あるいてキスをして、また2、3歩あるいてキスをする。

俺たちはそんなバカップルを満喫していた。



きょうは祭りで城下の町には提灯の灯りがともされ、夜店の屋台や芝居小屋が立っている。

朝市で食べたようなイカ焼き、生魚の寿司の屋台、だんごや珍しい果物もならんでいる。

播磨の前を流れる大河は、北は淡路、南は伊予、日向国へと続き、東の海につながっている。日向国の手前ではもうひとつの大河と合流し、その河は西の海につながる。

つまり、西と東、両方の海の幸、そして南北の農作物が河を通して手にはいるというわけだ。


そんな祭りの夜店の中にひときわ目を引くキラキラした灯りを売る店があった。

ちいさなガラスの中にとじこめられたまばゆい光、これは電球だ。日本製じゃなく、こちらの世界で作られた物のようだ。制作者は日本人だろうか。


電球は大小あっていびつな形のにごりガラスで作られ、木製の四角い握り手や取っ手、台につながり、そこに電池が仕込まれているようだ。

簡易な電池の作り方は中学の教科書にもある。ボルタの電池や、炭で作る電池でも豆電球ていどは光らせることができる。えんぴつの芯ともなる黒鉛(カーボン)らしき石墨があるのなら、もっと高性能なものも制作可能かもしれない。


この電球、懐中電灯ともいえる灯りは「()ほたる」と呼ばれ伊予国で作られているものだそうだ。


俺は、赤い花の細工にちいさな「真ほたる」の光るネックレスをみつけ店主に代金を払っていた。

その横に、古着やハギレ布の小物を売る露天商がいて、菊理姫はそこで着物を見ている。

欲しいものがあるのかと聞くと「これが欲しい」とウグイス色に白い小花を散らした着物を指さした。


油断していた。ここでこんな攻撃を受けるとは!?

この柄は、白玉の着ていた着物の柄にそっくりだ。


「白玉の姿の良さよ、いとよう似合いたる、いとらうたしと、総はほめられたのじゃ」


ショックだ。そんな会話も聞かれていたのか。いとらうたしって何だ?プライバシーもなにもあったもんじゃない。でも、この子はそんな子だ。警戒してない俺が悪かった。

俺が巨乳の白玉の胸元にニヤニヤしながら着物をほめていたのを、菊理がひとり寂しく見てたかと思うと申し訳なさに胸が切なくなった。


「案ずるな。白玉と寝所にあるときは扇を差し隠すのじゃ」


そんなことは聞いてない。俺は君とも寝所で何かしたことないし。その配慮にモヤっとします。


俺は動揺しながらも、ウグイス色は菊理には地味だと却下し、露天の商品から菊理に似合いそうな白地に赤とピンクの朝顔柄のゆかたと赤い帯を選びプレゼントした。

そのあと、路上でいきなり脱ぎだす彼女にビビりはしたものの、露天商と一緒に布でかくし、菊理はゆかたに着替えた。



城から少し離れた川の上流に竜神様の神社がある。

きょうはそこから三角の灯篭が水に流されてきていたようだ。

月のない夜、神社へと続く道には行燈がぽつりぽつりと置かれ、境内までの道を示していた。


太鼓の音の聞こえるにぎやかな竜神様の社まで行ってみようと、俺と浴衣姿の菊理は手をつなぎのんびり神社をめざし歩いた。


たどり着いた境内の手前の広場には、金の龍と紫の房が印象的なお神輿と、大きな太鼓をのせたお神輿が並べられていた。そして、その手前では割られた樽酒がいくつも転がり、ひしゃくや枡をもった酔っ払いたちがくだをまいている。


提灯の灯りはちょうど降ろしはじめたところで、屋台も店仕舞いをし、ひとのすがたもまばらだった。


本日の竜父の祭りは終了。そして月に一度、月明かりのない暗闇の夜に男女の出会う、播磨名物、くらやみ祭りがはじまろうとしていた。

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