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竜父の祭り。

なんだか頭が重い。

菊理姫と白玉が仲良く会話している、そのうしろで俺は硬化していた。どうしてこうなった?


播磨国の正式な招待を受けていた菊理姫は、奉納の舞を特等席で観覧していた。


川沿いの岸壁に建つ姫川城、その岸壁の中央付近に川に突き出す形でやぐらと桟敷(さじき)を造り、藍色に八代の家紋を白く抜いた陣幕と南天の枝で飾った舞台が、竜父の祭りのメインステージだ。

3日間続く祭りの初日の今日は、午前中から清めと一年の感謝を表す儀式、午後遅くにはいって奉納の歌や舞の催しとなっていた。

夕刻ちかくになり、提灯や松明に火がともり、眼下の川には龍のウロコを模したという三角の灯篭(とうろう)が川を埋めるほど流され、幻想的な情景をつくりだしている。


俺たち菊理姫一行のいる席は一般の座席より一段高いところにあって、板の間の上に3枚敷いた畳の三方を御簾で囲み、後方に(とばり)をおろし、前方の御簾を舞台にむけて開いていた。

やぐらの上では太鼓をうちならす勇壮な男舞がおわり、白い衣装に白い鳥の頭飾りの優美な女舞がはじまった。


俺は女ふたりの会話が気になって、楽の音にも舞にもまったく集中できなかった。


「白玉、ただびとなるそちは何ぞ殿に嫁せんと想い定めたのじゃ」

「恐れながら申し上げますだ。総司殿はお心お優しく、愚鈍なおらを大層おほめくださいなすった。その上、台所に立つこともいとわぬ働き者でごぜいます。三国一の婿殿、逃すことはできませなんだ」


「偽りのなき言の葉こころよし。殿に仕うは我に仕うもおなじこと、そちは我に忠をつくし務めよ」

「ありがてぇことですだ。誠心誠意、姫様にお仕えいたしますだ」


「いと良かなり。然りけれど、はじめての御子は我がはらむ。必ずこれを守られよ」

「はい、わきまえておりますだ」


そして、菊理姫は2番目の子供も自分がはらむといい、白玉は3番目の子供をはらむ権利を得ていた。さらに白玉は菊理姫以外の女をさしおき子供を2人をはらむ優先権を願い出て了承された。

そのあとも、菊理姫が多忙な時期の子種の管理をまかせた、まかせられたと続き、わきまえず子種を盗む女は殺せ、処分はこちらでなど恐ろしい会話をしていた。

俺はもちろん、ひとことも口を挟むどころが声を発することもできなかった。



御簾の外に控えているおつきの者たちは聞き耳を立ててるようで、とくに三目鬼は怒りにわなわなとふるえ、負のオーラーが御簾の内の俺まで届いていた。しかし、女ふたりの発する毒気の前にはかすむ。

俺はこのちいさな空間に充満する毒素に耐えきれず、厠に行くふりをよそおって席を離れた。


「はぁ」着物のえりもとをゆるめ、簡易な木の階段をのぼって城内の庭にでる。

祭りの楽の音はここにも聞こえてくる。それでも耳に受ける圧は弱まって身体の緊張もほぐれていく。

石燈籠の灯りが庭園の池の水面に揺れ、ゆるやかでうつくしい。俺は夜風をおもいっきりすいこんでやっとひとごこちついた。



明日は三津の里で戦がある。

夜行性のたぬきたちは夜通し戦支度をしていることだろう。岩爺も運搬作業の手伝いに里に戻っている。

予想の斜め上だが白玉の件は解決したようだし、俺も明日に備えスキルを改めておこう。

そう考えてスティタスを表示させたところで、何者かに横っ面をおもいっきり殴られた。


「目障りな羽虫めが、やはり息の根を止めておくべきでしたね」


無様に地面にはいつくばる俺を見下ろしているのは、3つの目に殺意をこめた三目鬼だった。


「弱くもろい人間風情の種など、冥府にはいらぬ」


三目鬼はその整った優男顔からは想像もつかない、おぞましい形状の長い舌をぬるぬるとのばし、俺の首にまきつけ締めあげた。


「グハッ」リフレクトが発動し三目鬼の首に青黒いあざが浮かび上がった。

俺は三目鬼に殴られたあと、すきをみてスキルにリフレクトを加えていた。そしてさらに聖属性魔法ホーリークロス、ターンアンテッドを加え次の攻撃に備える。


「こざかしい。聞いてた通りですね。たしかに面白い術を使うようです。しかし通用しませんよ」


異様に伸びた両腕を前にダラリとたらし、三目鬼はその悪鬼の本性をあらわそうとしていた。



月のない暗い夜空にふわりと白い蝶が浮かんだ。

優雅な蝶の羽をひろげたような菊理姫の薄衣が三目鬼の頭上を舞い、ちいさな足先が三目鬼の頭頂にかるくふれた。

そのせつな、三目鬼の頭がはじけ、肉がちぎれとんだ。そして、地に降りる菊理姫の足先はそのまま三目鬼の胴体を一刀両断に切り裂いた。


「痴れ者め」


そう吐き捨てる菊理姫ははじめて出会った時より確実にパワーアップしている。身は軽いが、あの時の頼りなさげな線の細さは今はない。千年の監禁でかなり弱っていたのだろうか。

はじけ飛んだ三目鬼の肉はひとつづつが別の生き物のようにぐにぐにと動き、集まって元の形を造りはじめた。

「・・・姫ぇさ・・ま」くちびるだけの塊がみにくくゆがんで言葉を発した。


「我の(いましめ)を破りて、殿に仇なすとは。主なき(まよ)い者となるがよい」


菊理姫は肩越しに三目鬼にちらりと目をやり、そう冷たくいい放つと、俺の手をとり瞳を輝かせて「逃げ()でるのじゃ」と、駆けだした。



庭を横切り、渡り廊下を走る俺たちの背後にワァっという歓声が聞こえた。

祭りの華やかな舞に誘われて、川を流れる灯篭の下に竜神様が姿を見せたのだ。

松明の火に照らされ、白い鳥を模した衣装で舞い踊っているのは、姫川城女城主、竜姫だった。

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