バレバレでした。
菊理姫の言葉はときどき解釈に苦しむ。ニュアンスで理解はしているものの幾通りにも読み解ける表現はちょっと苦しい。
「母上は、雲霞となり消え失せたのじゃ」
「イザナミが消えた?つまり行方不明だと?」
菊理姫の話では、きのう俺が竜河に川に落とされたあと、菊理を恐れたイザナミが姿をくらまし、逃亡してしまったのだという。
横暴な母と気丈な娘の母娘ゲンカ、と理解しかけたら、内情はかなり違っていた。
「我が冥府の姫と、あだなされておるは、あやまりなり。我は冥府の姫ならず。黄泉比良坂の姫なのじゃ」
「つまり冥府と黄泉国、黄泉比良坂は別の場所だってことか」
「母上は死者の国の主、父上は生者の国の主、我は狭間の国、黄泉比良坂、冥府の門の主なのじゃ」
なるほど、黄泉比良坂はあの世とこの世の間にあって、どちらにも属さない境界の国なのか。
確か日本神話の世界では、死者の国にいる女神がこの世に来られないように、男神が岩で道をふさいだとか。
「母君様の監視も姫様の重要なお役目なのでございます」
と、三目鬼が割って入ってきた。
「本来ならば、霊界、肉界、この久遠の地、いずれの往来も姫様の許可なくしては叶わぬものなのでございます」
三目鬼は言葉を続ける。
「しかしながら、姫様不在の千年の間にほころびができ、召喚の儀なるものでの呼び寄せもたやすくなっておりました」
ふむ。例えてみれば長期間バージョンアップされてなかったOSのセキュリティホールを突かれて情報が流出したみたいなことか。
こちら側の門を千年閉ざしたことでおこった、あの死者の渋滞以外にも問題が山積みってわけだな。
「母君の行方も知らずあてどなし、紅子なる娘に移り替わりたまいしやも」
俺には、紅子、あのJCがイザナミだとはとても思えないが、入れ替わった可能性があるといわれたら否定もできない。カバンからスマホを取り出し、ごくふつうに、アドレス登録にある紅子の連絡先、住所と電話番号を教えておいた。
「総は珍し品を持たるのじゃ」
菊理姫は手にした俺のスマホを感心した顔でながめていた。
「それは現世の日本ではありふれたつまらぬ品でございます。ご所望とあればわたくし三目鬼めがご用意いたしましょう」
三目鬼はサッと口をはさんで軽く俺を見下す態度をとった。それに対し俺は仲良しアピールで返した。
「そうだ、三津の里でもらった鏡があるんだ。クーにプレゼントするよ」
三津の里の村長ズがご祝儀にもってきた大きなつづらと小さなつづら。その小さいつづらに鏡が2つ入っていたんだ。
俺は大小のつづら両方いらないと固辞していたけれど、実はつづらの正体は妖怪で、どちらかを選ばないと困ったことになると泣きつかれて、しかたなく小さいほうを選んだ。
つづら妖怪のように妖力で作った贈り物をする妖怪は、それを受け取ってもらえないと妖力の流れがそこでせき止められ詰まってしまう。
それで贈り物を受け取るまでストーカーのように受取人を追いかけまわし、里からも出てハグレ妖怪になってしまうのだそうだ。
つづらから出てきたこの鏡は現代の鏡ではなく手のひらサイズの銅鏡で、裏の貝細工がキラキラしていかにも女子が好きそうな小物なんだ。実用品ではなさそうだけど菊理へのプレゼントにはちょうどいい。
ちなみに大きなつづらにはスズメ村長の娘っ子3羽が白無垢を着てひそんでいた。どんだけ嫁がせたいんだとあきれましたよ。
「あら嬉し、双応鏡じゃ」
「双応鏡?」
「互いの姿の見ゆる聞こゆ、珍し魔鏡じゃ」
なんと、この鏡はなかなかレアなアイテムだったようだ。これを使えばいつでも菊理姫の姿をみて会話もできるな。通信業者のいないこの異世界で、かなり貴重な便利グッズだ。
「これは白玉、汝のお手前に置くがよい」
菊理姫はそういって双応鏡のひとつを廊下にいた白玉に手渡した。
白玉っていいましたね。紹介もしてないのに。いや、なんかもう全部バレてる。
夢で会えないし、イザナミの行方を見失ったと聞いたし、俺の居場所も見失ってるのだろうと思い込んで、すっかり油断していた。こいつはマジヤバイ。
菊理姫は千里眼かなにをつかって、こちらの行動はすべてお見通しのようだった。
「側女か、もてなしはべる女、要りぬべきものか」
これは、怒ってる?受け入れてる?傷ついてる?菊理姫と俺の価値観はねじれ交差し離れわけがわからない。その横顔の表情を読み取ることもできず、戸惑っている俺に菊理姫はごく自然にほほえんだ。
「あまたなるもの、それより、今宵は竜父の祭り、歌い舞も楽しみじゃ」




