巨乳は偉大なり。
阿波の森は播磨国の対岸に延々と広がる濃密な森だ。
竜神の川から離れるにつれて森林の密度がうすくなり、遠方は草原、その先は砂漠から海へと続く地形となっている。
ここ三津の里は阿波の森の中央付近、川からは少し離れ木々の影も少なく、かわりにサトウキビ畑の広がる見通しの良い平野だ。
淡路軍がこの里に到着するのは約2日後、早くて明日の午後と見込んでいる。
「淡路のものどもは砂糖めあてでやってくるのでちゅ。砂糖は災いの種、ほかの里ではサトウキビの栽培をとうにやめたのでちゅ」
異世界では砂糖はまだ貴重で高額で取引されるらしい。
三津の里では収穫したサトウキビをそのまま隣国の伊予国まで運び穀物や生活用品と物々交換している。大規模に砂糖精製まですれば利益は大きくなるが略奪のリスクも高まるからだという。
聞くところによると過去には阿波の森と淡路国とが手を組み砂糖生産をしていた時期もあるようだ。
しかし、のんびりほっこりな三津の里の住民をはじめとして、妖怪の皆さんは人が良く、淡路国にいいように利用され、しまいには奴隷のような扱いとなっていたらしい。
普通にこの広い阿波の大地にサトウキビを植えていれば砂糖は一般にも安価で流通するだろう。
この世界で甘味文化、特にあずきあん文化が発達しなかった要因のひとつに淡路国の強欲があるというなら、淡路はあんこの敵、俺の憎むべき仇敵といえる。
淡路から三津の里へ至る途中、里からは半日ほどの場所にちょっとした山がある。迂回もできるがぬりかべの報告では淡路軍はこの山を目指して進軍しているようだ。
スズメ村長の話では、この山は凹凸が激しく、細い山道が続く箇所があるという。山での戦いは獣、妖怪に有利だ。ここに罠を張り迎え討とうではないか。
二千といえばそう大軍でもない。淡路軍はほとんどが歩兵で装備も簡易とのことで、戦闘部隊というより物資輸送班なのかもしれない。抵抗なく簡単に略奪できると踏んでるのだろう。
三津の里の住人は猛り狂っている。幾度も作物が奪われ、四散させられてきたのだ。事前に情報を得られた今回が好機だ、やつらの肌に歯形を残してやる。そう息巻いていた。
こちらの戦力は大スズメ300羽、たぬき600匹、それに加え微力だがスズメ八千羽。淡路の森の各里にもスズメのお使いを出して援軍を要請することになった。
戦支度で慌ただしくなったところで、竜河がもっそりおきだしてきた。
「うっせぇんだよスズメども。何時だと思ってやがる」
まぁ確かにまだ早朝といえる時間帯だね。
竜河の寝ていた家の前の広場には、割った竹をつないで湧き水を流した水場がある。竜河はそこで顔を洗い身をぬぐう。俺はその横で現在の状況を説明した。
「淡路国?めんどくせぇな雨でも降らしとけ」
「雨ぐらいじゃ撃退はできないよ」
「10年も降らしときゃ国ごとつぶれるだろ。播磨にちょっかいかけやがったときにゃ2か月でワビいれてきたぜ」
さすがの水竜さん。天候を操る力技だ。そりゃ10年も雨が続いたら国がつぶれるな。半年で農作物全滅、10年あれば住民も逃げ出し、生態系も地形もかわるわな。
「きょうから3日間、竜父の祭りだ。俺は播磨に戻る。おめぇも戦はほどほどに切り上げて城に顔だしな」
竜河は淡路と阿波の戦いに興味はなく、すぐに播磨に帰るようだ。
タイミングをみてエプロンたぬきが身をぬぐう布や、顔をふく布を差し出している。このかいがいしさの裏にしたたかさがあると思うとなんだか複雑なモヤっとした気分になるね。
さて、戦うとなれば戦力を強化しておきたい。
俺は大スズメとたぬきのレベルを3倍にアップし、スキルもいくつか付与することにした。
ステータスに必要なのはまず名前だが、三津の里の住人には名前がなく、村長は、「スズメの長さま」「たぬきの長さま」、エプロンたぬきは「たぬきの長の娘っ子」と呼ばれているようだ。
手始めにエプロンたぬきに「白玉」と名前をつけてみた。
驚いたことに白玉は天狗の里の大角を超える高レベルのたぬきだった。元のレベルが52、現在はレベル156だ。
「おまえさまぁー、んだかぁ妙な心地すーるだぁ」
白玉は「あっ」「んっ」とプルプル身を震わせて、ポンと人間態に変化した。
人間になった白玉たぬきは、柔らかく淡い飴色の髪がふわふわと頭皮をかくす、昭和アイドル顔の美少女となった。
みるからに餅肌で巨乳。桜色の乳輪。いきなり登場した全裸エプロン娘だ。
俺の視線が巨乳に釘付けになっていると、白玉はおっぱい丸だしな自分に気づき「きゃっ」とエプロンで胸をかくした。
いや、それでは下半身丸見えですよ、お嬢さん。実にあざとい。だがそこがいい。
俺はおっぱい星人ではないが、さっきまで白玉に感じていた嫌悪感がきれいさっぱり消え、すべて許せる心境になっていていた。おっぱいは偉大なりだ。
白玉の変化を目にして、里のものたちは騒然となっていた。
「おらたちもぉ人さ化けらーれるーだかぁ」「竜神さまは偉大じゃぁー」
我も我もと願い出るたぬきたちを抑えて、里の住民全員を村の集会場の大広場に集めてもらった。
ステータス表示をひらくのに名前が必要だが、名前そのものは重要ではない。
俺は里の大スズメ全員を「す」たぬき全員を「た」という名前にさせてもらった。ステータス表示さえできればあとの改名は自由だ。
里のもの全員のステータス欄をひらいたままにし、レベル上限200であげていく。
レベルをあげたあとはスキルを付与する。数こそいるが全員同じ一行を加えるだけの単調な作業だ。ザクザクすすめていく。
レベルがあがると、レベル80を超えたたぬきは人化できるようになった。
あちらこちらでポン、ポンと全裸の人々が出現する。
いままでは一部の高齢たぬきしか人に化けることができなかったようで、憧れの人間化ができてみな嬉しそうだった。
そしてスズメはというと、3名ほどが人に変化したが、なんだろう鷹?みたいな強そうな鳥となるものが多かった。
そして、相変わらず元たぬき、いまは人間の頭の上に座っている。




