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トラブルの予感しかない。

エプロンたぬきはエプロンをはずして毛をふわふわさせている。

酔っ払いの竜河が抱きついて泣くので、汚れたエプロンをはずしてモフ毛に顔をうずめさせてくれているんだ。

しかし竜河は本当に女々しいな。

なにしろ絶大な力を持つ竜神様だ。我慢や挫折を知らないで生きてきたはずだ。力で押し通せない事態に、どう対応していいかわからず戸惑っているのだろう。


「うぅ…竜姫はチビのころから、まじで可愛くてよぉ、俺の女房の飛鳥(あすか)を思い出させんだ」

「そっか、血がつながった子孫だもんな。そりゃ似てるだろう」

「うっせぇ全然違ぇよ!飛鳥みてぇな女はどこにもいねぇ」


竜河のおっさんはまったく優しくしがいのない絡み酒だ。飛鳥というのは400年前に亡くなった初代姫川城の女城主で竜姫の先祖にあたる女性だ。

「女房さまはぁーきれいなぁおひとでしたんでしょーうなぁ」

ふわふわたぬきは、酔っ払いのおっさんに嫌な顔も見せず、おっさんの肩を優しくなだめるように手のひらでぽんぽんとした。


「飛鳥はいい女だった。背も俺と大差なくて、いい筋肉してたんだ」


おいおい、そんなデカイ女だったんかい。竜河と大差ないって巨人じゃねぇか。しかもマッチョかよ。

そりゃ竜姫に似てないわ。竜姫は身長170センチ手前ってトコだろう。女にしては大柄だけど、ほとんど筋肉のないスリムなモデル体型だ。

八代一族が異様に身体がでかいのは竜河のDNAのせいだけじゃないと理解した。


「俺が地龍に誘われてこの世界に移り住んでから長ぇ時がたった。飛鳥は俺の唯一の癒しだったんだ」

竜河の泣きは落ち着いて、たぬきの膝で自分語りをはじめた。


「はじめてガキが産まれたときはそりゃあもう嬉しかった。孫が産まれてな、すげぇ可愛くて、そうやって自分の一族が繁栄するのを誇らしく思ったもんだ。俺は未来永劫、播磨の地を守ると誓ったんだよ」

自分語りが進むうちに、竜河はどんどん興奮して、やっぱり泣き出した。

「前の城主の花竜は欲の深い女で息子はできそこないだ。竜姫しか可愛くねぇ、播磨を守れるのは竜姫しかいねぇんだああああ、うおおおおん」


確かに花竜親子には良い印象は受けなかった。しかし女系一族で女子が竜姫しかいないのなら彼女が跡を継ぐのは必然だ。


「なのに竜姫は俺の血をひいてない」


は!?酔っ払いのおっさんが怪しいことを告りだした。


これは外部に漏れるとまずい情報だろう。俺はそう判断して、里の連中に竜河の声が聞こえぬよう、室内に結界を張り音声を遮断した。

急に外の音が消えて、ふわふわたぬきは一瞬だけぴくっとなって警戒していたが、俺の目を見て「竜神様ぁ心得ておーるでぇ、ご安心くーだせぇ」とほほ笑んだ。

出会ってまだ数時間しかたたないが、このたぬきは心の許せる信頼できる人物、いや動物?な気がする。この場で何を耳に入れても胸の内にしまってくれるだろう。


「竜姫は花竜の産んだ2番目の子だ。けど、どっかで取り替えられたんだ」

「それはほかの連中も知ってることなのか?」


「知らねぇだろうな。俺は花竜が苦手で城から離れてたしな。いつ取り替えられたのかわからねぇ」


竜河が取り替えに気がついたのは竜姫が3歳の時、川に落ちて溺れたことからだそうだ。

溺れた竜姫を助けたのは、たまたま城近くにいた竜河で、水中に空気だまりを作り、水を吐かせたという。


「俺の血を引く子孫は全員、水中で息ができんだ。それにちいせぇ雨ぐらいなら呼べんだよ。水と馴染まねぇのは俺のガキじゃねぇ」


明日から播磨で開催されるという竜父の祭りは、竜神の子孫が水中で息の続くその性質をつかって、新成人が竜神の血を引くかどうかを判定する祭りだ。

なにしろあの国では女が家にいて男が種をまいてまわるシステムだ。一族の女が産んだ子供はもちろんその家の血を継いでるが、外に飛んだ種が根付いたかどうかはなかなかわかるものではない。

竜父の祭りで八代の血族と認められたものは竜の字のついた名前を名乗ることを許され、どの家系にあっても尊重されるのだという。


「竜姫が水ン中落ちてきたときな、俺はぁ目を疑ったわ。すげぇ輝いてて、宝もんが落ちてきたって…俺の飛鳥がちいさくなって戻ってきてくれた。…そう、エグッ、おもって、うううう」


竜河は目からどばどば涙を流して号泣しだした。

なぜかふわふわたぬきも泣きながら「長ぁいこと、せつねぇ恋しーとらしたんですなぁ」とウンウンうなづいている。


「そういう話なら、むしろ問題ないんじゃないか?血のつながりがないなら嫁にできるし」

「嫁にもしてぇ!でも八代一族じゃねぇなら城主にはなれねぇんだ。播磨に竜姫は必要なんだよぉ!花竜の思い通りにバカ息子を城主にたてられたら土台から腐っちまうわ」

「うーん、飛鳥との子孫を捨てて、竜姫と新しく子孫を作るってのはどうだ」

「あほかてめぇ殺すぞ!俺の可愛いガキどもを捨てられるわきゃねぇだろうが」


酒乱のおっちゃんはどうしようもないな。

俺はだいぶ脳筋にもなじんで、この程度の悪態にはむかっ腹もたたなくなってきた。

そして、俺は酒を口にしてないが、この場の酒気に酔ったのか、たぬきと同様に竜河に同情したのか、ついついお節介な提案をしてしまった。


「じゃ、たとえば俺が竜姫と結婚して」

「死にてぇのかごら!顔面つぶすぞ」

「竜姫の寝所に通うのはおまえってことでどうだ」

「んだとぉ!?竜姫の寝所に俺が通う…ふはぁ」


酔っ払いの竜河のおっちゃんはとたんにニヤけて、エロ妄想をはじめたようだ。


まあ、そんなこんなで、ふわふわたぬきも交えて、トラブルの予感しかしない竜河と竜姫の縁結び計画がはじまったのだ。

俺の提案はこうだ。性的におおらかな播磨であっても叔父と姪が関係を結ぶのはまずい。ってことで、表向きは俺と竜姫が結婚して、仮面夫婦となり、ときどき城に通うことにする。

その裏で竜河が竜姫と真の夫婦としていちゃいちゃする。という単純明快な作戦だ。


播磨の国では基本的に一夫一婦の結婚はないから、一度婿取りの儀式をすればあとは好きな男の子供を産んでも問題はなく、子供の父親についての詮索もあまりされないらしい。

雑な計画だけど、俺がいない時期は適当な男を竜姫のそばに置いとけば、相手のわからない子供が生まれても周囲が勝手に誤解してくれるだろうし、イケメン護衛を雇おうということになった。


「そうか、いいのか、竜姫の鞘に俺が刀を収めても。俺の刀は反りがきっついんだ。あのほっそい腰が壊れねぇか心配だな」

竜河のおっさんは、さらりとエロ発言をしました。暴走してるなこりゃ。


「そんな心配は相手の気持ちを確かめてからにしろよ」

「気持ちだと!?竜姫も俺に惚れてっだろ?そうだろ?俺にさわられて嫌な顔したのは一度もねぇぜ」

「そりゃ叔父さんだからで、恋愛感情とは別だろ」

「そうなのか。気持ちってどうやれば確かめられるんだ」


こんなおっさんがよく恋愛して結婚できたもんだ。どうやって飛鳥をくどいて求婚したんだろう?よっぽど飛鳥が積極的だったとしか思えないな。

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