三津の里の夜。
武器の歴史のムック本。これは俺の弟が日本史の苦手な俺のためにコンビニで買ってくれたものだ。
受験とはちょっと離れているけど、日本史に興味をもつきっかけにはなる本だ。
内容はなかなか面白く、日本古来の武具の変遷、忍具、幕末のガトリング砲までがオールカラーの写真と図解で説明され、とても読みやすい。
このムック本では馬上筒、坂本龍馬のリボルバー銃など、短銃の構造をくわしく解説していて、俺はこのあたりの内容がマズイと思ったんだ。しかし、一方の電子辞書には近代の拳銃と弾の構造、火薬の配合までもが掲載されていた。
さらに黒色火薬、ダイナマイトなどの爆薬の配合、歌楓が実用段階にはないといってい
た電気やガスはもちろん乗り物、通信システムといった近代のあらゆる情報が詰め込まれている。
百科事典はこの世界をいっきに近代化へと進めてしまう可能性が十分にある。
もちろん専門書ではないし、さわり程度の知識を得てもすぐに実用できるわけではない。それでも技術革新の足がかりとなるだろう。こいつは慎重に扱う必要がある。
それから、カバンには日本史と英語の教科書、予備校のテキスト、ノートが入っている。あたりまえだが、日本の歴史、戦術、政治経済が学べるね。
電子辞書に収められている、さわったことのなかった医学辞典を開きながらあれこれ考えてると、酔っ払いの竜河がのぞきこんできた。
「なんだそのチカチカ光る箱は?なかなかおもしれぇもんもってんな、貸せよ」
「これは算術の勉強に使うものだよ」
「ちっ、よけいなもん俺の視界に入れるんじゃねぇ!なめんなガキ」
筋肉至上主義の竜河は「勉強」という単語を忌み嫌っていそうだ。「勉強」「算術」と聞いて、電子辞書から興味を失い、あっさり引いてくれた。
俺はカバンに電子辞書と本をしまい、人手に渡ることのないよう結界でガチ固めし直した。
異世界を変えてしまいかねない、このグッズを活用法についてはおいおい考えることにしよう。
「俺のトンカツがない!」
辞書に気を取られてるスキに俺のぶんのトンカツも竜河に食べられてしまっていた。
油断も隙もないおっさんだ。エプロンたぬきの作った唐揚げも1人であらかたたいらげている。
トンカツソースはもうないのに許さんぞ!脳筋めと、俺が怒りに震えていると、
「味はぁー落ちぃーるかもぉしーれないけどぉ、タレつーくってみますぅ」
皿に残ったソースをペロリとなめてエプロンたぬきがそう言った。
このやさしさにすさんだ俺のハートが癒されるようだ。こいつは世話焼きで、ほんとにけなげな可愛いたぬきだ。
「ありがとう。それもいいけど、タルタルソースを作りたい。手伝ってもらえるかな」
俺とエプロンたぬきは台所で試行錯誤してマヨネーズを作り、それにゆで卵と甘酸っぱい瓜の漬物をきざんでいれてタルタルソースを完成させた。
「おおぅ!この肉の揚げたのうめぇなぁ。甘酸っぺぇタレと、この白いふわふわのが合うな!」
竜河はチキン南蛮も気に入ったらしく5枚をガツガツと腹に収めた。
そしていまは、焼きあがった鳥の丸焼きを片手にもって喰いちぎり、サトウキビの酒をあおっている。
日が暮れてきて、里のあちこちで丸まっていたたぬきが起きだし、火の回りで踊ったり歌ったり陽気にはしゃぎだした。二足歩行のたぬきでも野生と同じく基本的には夜行性なのかな。
スズメたちは逆に眠そうにうとうとと、それでも楽しそうに身体をゆらして、踊るたぬきの頭の上に乗っかっている。スズメたちは足を含めて大きさが50センチほどだが、丸くなると20センチちょいというサイズでたぬきの頭に座るのにはちょうどいい。
スズメの村長さんはすでに寝入って、紋付袴のたぬきの頭の上で寝息をたてていた。
「竜神さまぁ、ご挨拶がぁーおくれもうしたぁ、おらが三津の里のぉ夜の長だぁ」
なんと、三津の里では村長は夜の部と昼の部の2部構成となっているらしい。交代で村長を務めるなんて、たぬきとスズメが仲良しすぎてほのぼのした気分になるな。
エプロンたぬきは夜の部の村長に酒を注ぎ、俺と村長の食べやすいように小さく切った丸焼き鳥に白髪ねぎをのせて出してくれた。
ほんとにこのエプロンたぬきは、まめで料理上手。いい嫁さんになるタイプだ。
「おらの娘っ子がぁーお気に召しぃただかぁー?竜神さまぁぜーひぃ、もらってやーってくだせぇ」
どうやらエプロンたぬきは村長の娘さんらしかった。
「俺は、一応、嫁がいるんで遠慮しておきますよ」
「そーんなことおっしゃらずにぃ。嫁っ子は2人ぐらいはもらっとくもーんだぁ」
しばらく「あげます」「いらない」などと押し問答していたが、本人の前で断固お断りの態度はちょっと失礼だったかもしれない。
俺は思いなおして、いかにエプロンたぬきが素晴らしいか、外部の人間に嫁にやるなどとは里の男連中が泣く、子育て上手だろう娘さんを失うのは村の未来を失うのと同じ、取り返しのつかない損失だ。と熱弁をふるった。
「おいごらぁたぬ公!ほんまもんの竜神を前にクソカマ野郎に媚びんのかあ」
酔ってぐでんぐでんになった竜河が絡んで、たぬき村長の肩に手をまわし締めあげようとしてきた。
「はぁ~~畏れ多いこーとでございまーすぅ。ではぁ竜神様ぁに娘っ子ぉ嫁がせーますぅ」
「たぬきの嫁など、いらんわっ」
傍若無人な竜河には女性への配慮など一切念頭にないようだ。
「だいたいなぁ阿波の獣は嫌れぇなんだよ。播磨の畑を何度も荒らしやがって」
「そーれは竜神様ぁ、淡路の軍におーわれてぇ逃ぃげたぁ獣でーごぜいますぅ。あわれにぃーおもーってくださりぃませぇ」
「るせぇ!それで俺んとこの民が飢えてもいいってんのか!俺の眼が黒いうちは獣に川は渡らせねぇ」
播磨と阿波には過去の因縁があるようで、竜神、竜河は阿波の森の住人が川を渡るのを妨害して、意図的に播磨への行き来を分断してるような発言をした。
「お父っつあま、腰にぃ響きまーするで、お寿様ぁを寝所にぃおー連れしてくでぇせぇ」
お寿というのは夜の村長の頭の上にいる昼の部の村長のことだろう。エプロンたぬきが、酒乱の竜河の相手をする老体の村長を案じていったんこの場からさがらせた。
村長がさがってからも、竜河はどうでもいいことに難癖をつけて毒づき、同意するものが誰もいないことにむかついたのかケッと肩をすくめて、あぐらをかくと頭をかくんとたれた。
そして、左右に揺れると鼻をズズッとすいあげて、ガフゥとため息をついた。
「俺は、俺は、俺は、竜姫を嫁にしてぇんだよおお」
情けない竜神、酔っ払い竜河がまた泣き出した。




