サプライズ
女性上位のこの国では高齢の婆さんほど高待遇をうけるようだ。
俺たち男性陣が牢に入れられてる間、かずら婆さんは茶室でお茶のもてなしを受けていたという。
お館様の恩人=かずら婆さん(一行のリーダーだから俺の手柄は婆さんの手柄で当然)
俺たち3人=かずら婆さんの従者で、お館様に取り入ろうとする悪い虫(排除対象)
こういう図式らしかった。こいつは解せぬ。
「茶室の庭で、懐かしい顔に出会うたのじゃが、総司殿の話で盛り上がってのう。昼餉の席に連れてくるよう頼まれたのじゃよ」
「俺に会いたいって、それは…」
婆さんに先導されて城の渡り廊下を歩いていた俺はそう質問しかけて、お城の日本庭園の池の真ん中に突っ立っている謎な物体、__というかアレとアレなのはわかるんだが、謎な状態の物体に目を奪われ言葉を失った。
白いふさふさの長方形のみなれたベッドが、灰色の同じく長方形の岩に、食パンか?ってぐらいぴったり角を合わせくっついて、足元を池に沈めて微動だにしない。
「かずら婆さんあれは!?」
「あぁ、あれはな、コホン、あれは交尾中のぬりかべじゃな」
な、な、なんだってぇ!?岩爺とリイが、出会って数時間で交尾!?
しかも白昼堂々とあんなとこでいたしてるとですか!?ぬりかべ族、半端ねぇな。くっついた二人の間はどうなっちゃってんの?人族の俺はぷるぷる震えて見て見ぬふりするしかねぇ。
「夏角、雨角」
「はいっ!かずら様。我ら二名、貴方様の忠実なしもべですゆえ、いかようなことでもお申し付けあれ」
「小水臭いおまえたちは、池で身を清めてまいれ。そのあと、ぬりかべの子の出産を手伝うのじゃ。きっちり数をかぞえておくのを忘れんようにな」
な、な、なんだってぇ!?ぬりかべ族は交尾してその場で子が産まれるのかよ!?生命の神秘なんてもんじゃないぜ。
そして美女に弱い天狗兄弟はいつのまにか、かずら婆さんの手下となっていて、婆さんに言われるままぬりかべのいる池にすっ飛んでいった。天狗兄弟はつくづくまぬけなアホどもだ。かずら婆さんのこの神々しいともいえる美貌はしょせんまやかし、いや婆さんの姿のほうがまやかしなのか?
天狗の里の住民の姿を装ってまぎれていたらしいから、このバージョンが実態なのかもしれない。いや本体はキツネだ。九尾の狐ともなると老弱男女どうとでも変化できるのだろう。
結局のところ今回の変身は、知人になじみのある昔の顔を再現しただけで他の意図はないようだった。
庭園の池では、たすき掛けをして袴の股立を取った役人風の男衆が、手にタモ網やどじょうすくいのようなザルをもって水面をさらっている。
男衆が指でつまんだ角砂糖のような小石、あれがぬりかべの子供だろうか。産まれたては軽石のように水に浮くのか?
池にかかる赤い塗の橋の上には桶が用意され、そのなかにザルですくったぬりかベイビーたちを集めているようだ。
俺がたずねると、かずら婆さんは意訳で「大体あってる」と答えて、1日あれば100や200は子供が産まれてくるだろうと、意味ありげにほくそえんだ。
「ぬりかべは多産ではあるが、子を作る際に男の身体が溶けてしまうのでのう、なかなか子作りをせんのじゃよ」
「長い時を経た大岩でなくては子が成せんのじゃが、身体が大きいほどに尊敬を集めるやつらにとって、身体が小さくなるのは恥なのじゃろう。」
たしか岩爺は身体がでかくなりすぎて困ると言っていたな。これは人間でいえば精力絶倫男といったところなのだろうか?そのうえ伸縮自在スキルを付与されたいまでは、どれだけ身体が溶けても問題ない。
好みの女を見つけたら速攻で子作りにはげむわけだ。
とはいえ衆目環視の中でいたすとは、やつらに羞恥心ってやつはないのだろうか。
俺は頭をかきながら婆さんのあとをついて、池のある中庭から階段を上がり小天守の2階にあがった。
姫川城は5棟の天守があり、そこは天守閣の次に大きな天守で、2階の広い廊下はきらびやかな装飾品で飾られ、天井とふすまには鮮やかな花の絵が描かれていた。
そしてこの一角は頭がクラクラするような甘い香りの香がたきしめられていたが、その芳香の中にわずかに腐臭が感じられた。
「かずら婆さん、俺に会いたいってのはいったい誰なんだ」
「総司殿もよくご存じのお方、イザナミ様じゃ」
な、な、なんだってぇ!?おい待て!それはもしかしなくても菊理姫のお母さんじゃないのか!?
そのサプライズは強烈すぎるわ!ぬりかべの交尾なんてもんじゃないぞ。
俺は、いきなりの展開に吐きそうになるが、廊下には着物のお局さんっぽい皆さんが大勢控えていて、すでに退路を断たれた感があった。
「大御所様、猿渡総司殿がお目通りをもとめて参られました」
お小姓さんがそういって廊下からうやうやしく挨拶し、俺たちが通された座敷の奥には御簾がかかっていた。
正面の御簾は半分ほどを上に巻き上げられ、一段高くなった御簾の内側には座った女性と、女性の膝を枕にする若い男の姿が見えた。
女性は頭巾のような布をかぶり、布の下の、たぶんかつらだろう長い黒髪を背中に流していた。
そしてくぼんだ眼窩からガラスの目を光らせ、おしろいを厚く塗った干からびた肌をふるわせて言葉を発した。
「これは愛い男の子じゃのう」




