寝たら死ぬ。
河川敷から姫川城へは土手を通って15分ほどの距離だ。
俺たちが土手に上がると、さっきまで人だかりしていた300名はいただろう兵たちは、土手向こうの修練所に戻り、それぞれの訓練を再開していた。
上空から見た修練所の広場にはそんなに大勢の姿はなかったが、どうやら併設する小屋で読み書きを学んでいるようだった。
「この播磨の国では男女区別なく幼い子供は3歳から兵としての訓練を受けております」
「義務としては5日に1刻ですが、みな足繁く通っておりますな」
案内役の吉沢さんは親切に説明してくれた。
しかしうちのおまぬけ天狗兄弟は常に地雷を踏みたがる性質のようだ。
「なんと、そのような童に剣を持たせるとは、播磨の男は腰抜けばかりであるか」
「見よ雨角、やせっぽちの女童までもが剣をふるっておるぞ」
土手から修練所の広場を見渡し、素振りを行っていた12~3歳ぐらいの少女を指さし夏角は顔をしかめ弟に同意を求めた。
「やせっぽっちの女童たぁあたいのことかい」
やばい。夏角が大声でアホをさらしてたもんだから地元民の方の反感をかってしまったようだ。
腰抜け呼ばわりされた修練所の男連中はオラオラ系だし、やせっぽっちの女童は、胸にサラシを巻いてハーフパンツに籠手とすねあてをつけた一癖ありそうな相手だ。
「天狗の兄さん、そんなに腕に自信あんのなら、あたいに稽古つけておくれよ」
「はっはっは、女童がワシの太刀筋を読めるかな。分不相応な申し出にもほどがあるぞ」
夏角の言葉をさえぎって「おらっ手合わせしてやんな兄ちゃん」とオラオラ系から木刀が手渡された。
天狗兄弟、こいつらはちょっと痛い目にあったほうがいい薬なんじゃねぇのか?
俺は夏角のステータスを開いて状態異常無効だけ残し、自動回復や完全防御のスキルを抜いておいた。
まぁ案の定、広場で少女と剣を交えた夏角は少女にボコボコにされた。
夏角が大振りで少女の頭を狙うと、もうそこに彼女はいない。少女は夏角の懐に飛び込んで腹を突き、ついでに横に飛び上腕を叩く。
まるでスキだらけの夏角の急所を突かないあたり優しさすら感じる砂糖対応だ。
さらにしばらくすると少女は夏角の実力を見切ったのか、よけることをやめて受けに徹しはじめた。
カンカンと夏角が剣を打ちこむ。
剣と剣が当たるようになって、手ごたえを感じてるのか、うれしそうな表情がまた痛々しい。
天狗の鼻折っちゃってーと言いたいが、実力差がありすぎてこれ以上は痛めつける方向にも行かなそうだ。
ゆうべは一睡もしてないし、退屈なチャンバラごっこにあくびが出てきた。
でも、ここで眠ったら負けだ。寝たら死ぬ。俺はまだ死に立ち向かう覚悟をしていない。
俺はどうにか眠気をしのごうと吉沢さんにあれこれ質問を投げかけてみた。
「吉沢さん、竜河さんというのはお館様の実の叔父さんなんでしょうか」
「そうでござる。おととし亡くなられたお館様の母君の兄者でございまする」
「俺は長兄が家督を継ぐものだと思ってましたが、竜河さんは家督を継がなかったのですか」
「播磨では女は家を守るもの、男は種を運ぶものと決まっておりまするでな」
なんと、吉沢情報によると、この国には一夫一婦の結婚というシステムがないようだ。
通い婚というのだろうか。男が女の家に通い、子供ができるとその子は女の家の子供になるようだ。
そして男は実家に戻り、自分の一族のために働くのだという。男も女も生まれ育った家を出ることはないらしい。
完全なる女系社会、それゆえか播磨の男はほぼ全員マザコンとのまったく不要な情報を得た。
「天狗の兄ちゃん、その程度かい?本気を見せておくれよ」
夏角はキェイと雄たけんで渾身の一撃を打ち込んだ。
カコーン、夏角の木刀が弾き飛ばされ宙をくるくる舞った。
そして、夏角の手から離れた木刀はあくびをかみ殺していた俺の脳天を直撃した。
リフレクトスキルも物理攻撃無効もこの手の事故には効力がない。
悪意のない攻撃は攻撃とみなさない。この仕様はなんとかならんもんか。
ブラックアウト__俺はそのまま意識を失った。




