脳筋の国。
気づくと俺たちは囲まれていた。
俺たちのいる河原の土手は、いつのまにか甲冑を着て槍をもった兵や、刀を握った侍で埋め尽くされていた。
兵たちは動かない。けれど銛や包丁を持った民衆に遠くから狙いを定められ、徐々に俺たちを包囲する輪が縮まっていった。
陽気で楽し気な土地だと思ったが、一皮向けばこの播磨国はよそ者には容赦のない恐ろしい国だった。
「竜姫はやく薬を飲め」
「叔父貴…かすんでいた視界の曇りが消え去りました。燃えるようだった首の熱ももう感じませぬ」
状態異常無効は即効性で解毒は瞬時に完了する。
毒を受けてから短時間なら体内の組織の損傷もわずかだろう。ポニテの危機は去ったようだ。
大男に抱きかかえられていた竜姫は「皆の衆、安堵するがよい、毒は消えたようじゃ」そういって自らの足で立ちあがった。
そしてわきあがる歓喜の大歓声。たぶん震度2。
「竜神様のご加護じゃ」「お館様はご無事じゃあ」「ご加護じゃ!ご加護じゃ!竜神様がお助け下さった」「竜神様の前では死神も逃げ出すぞ」
皆、くちぐちに竜神を讃え、抱き合い肩を叩き、さっきまでの緊張感と険悪さも一瞬で吹き飛んだ。
その歓喜の渦で俺のやらかしもうやむやになり、窮地を脱した俺は、ほっと胸をなでおろした。
だがしかし、そこでいきなり岩爺がゴバァと号泣し俺を拝んで、その場に五体投地したんだ。
「上人ざまぁ!龍の上人ざまの法力だどお!あでぃガでぇあでぃガでぇゴどだどお」
すっかり忘れていた。俺と岩爺は師匠と弟子の関係で、こいつにとって俺は龍の上人というお偉い坊さんなんだったわ。
でもね、皆が竜神様ばんざいと小躍りしてるんだから、ここは空気読もうよ?
竜神様のご加護で解決しましたって丸く収めたら皆ハッピーでいいじゃん?竜神教の狂信者どもの前で俺をたたえるのはやばいって気づこう?浦和レッズの応援席で鹿島の旗ふるようなもんだよ?
さらに夏角、雨角の天狗兄弟は顔を見合わせ、読んではいけないおかしな方向の空気を読んだらしく、ズサッとひざまずき俺に平伏した。
「龍の上人様、いつもながらお見事な毒浄化の技でござる。我ら兄弟、感服いたしましたぞ」
「龍の上人様、毒消しだけはお得意でござるなあ、はっはっは。それ以外は拝見したこともござらぬが」
案の定、周囲の空気は一転、先刻の張りつめた緊迫ムードとはまた違う異様な殺気がただよい、民衆の目に火がついた。的確に空気の読める女キツネ、かずら婆さんはさくっと俺たちから距離をとり、地元民に溶け込んで非難の目を俺らにむけるしまつだ。
「おい妖術使い、この竜神の地で龍を騙るたぁ、いい度胸だな。この播磨で竜を名乗っていいのは竜神の血をひく八代の一族だけなんだよ」
竜姫に叔父貴と呼ばれていた脳筋の大男が俺の目の前に壁を作るように立ちふさがった。
そして、脳筋は豪快に白い歯をむいた破顔でニカッと笑うと、俺の頭に手を伸ばし、今度はわしずかみせず軽くポンポンと叩いた。
「てめぇは毒消しの技も使えんだなぁ。竜姫を助けてくれてありがとよ。感謝するぜ」
俺のリフレクトを体験している脳筋には、俺が謎の技を使って毒を消したと理解できたんだろう。ここは素直に礼をいってもらえて助かった。
なにしろ俺の後ろで、長い棒についたカギだかカマだかみたいな得物を持った男がおおきくふりかぶってたとこだったんだ。
俺は刺されても平気だけど、反射を食らえば男は無事では済まないし、地元民の血が流されたらそこから暴動に発展しかねないからね。
脳筋が俺の毒消し技を認めて礼をいったおかげで、納得いかない様子ながらも「暴がそういうなら」と、男は得物をおろしてくれた。
どうもこの播磨という国は血の気が多い気性の荒い脳筋ばかりが住む国のようだ。
この国では、おまぬけな天狗の里の天狗たちは生きてはいけないだろう。天狗たちは空気を読むことも苦手みたいだしな。
まだこの国に着いて一時間ほどだが、俺は早々に播磨は天狗の移住先としては不適格とし、次の国にむかうことを決めた。
ゴオオオオッドガッ
巨大な物体が城の方角からものすっごい勢いで飛んできて、河川敷の砂利の上に突き刺さった。
もうもうとあがる砂煙の中、巨大な物体がのっそりと動き出す。
ぱっと見、岩っぽい、ゴツゴツした灰色の、一辺が3メートルぐらいある長方形の、これは…ぬりかべだ。
「お館しゃまぁ~毒けちおもちちまちたぁ~」
アニメのマスコットのようなヒョロかん高いこの声、これはぬりかべのメスか!?
同族の登場に反応してか、岩爺は一畳サイズだったのがなぜか4メートルほどの巨大壁になってそそり立っていやがった。これは威嚇行動なのだろうか?
「ありゃありゃぁ~」
ぬりかべメス子はまつ毛のついた点目をぱっちりあけるが、点すぎてどこを見てるかはわからない。
「愛い男の子が、ぷたりもおらっしゃるぅ~」
「そうであろう。異国の殿方はなかなか愛いお顔立ちをしておいでだ」
「私は無事だ。毒消しは不要となったが、リイは迅速な働きをしてくれたな。忠義を尽くす家臣をもって果報に思うぞ」
毒が抜けてすっかり立ち直った竜姫は、愛想よく、ぬりかべメス子改めリイを出迎えねぎらった。
そして俺に対して「愛い」などと言ってしまったのが急に恥ずかしくなったのか、ぽっと頬を赤らめて、きょとりんとした小動物顔の俺から目をそらした。
「貴殿には窮地を救っていただいた。お礼に馳走などしてもてなしたい。ぜひ城にお立ち寄りくだされ」
いいのだろうか、うさんくさいよそ者の俺たちを竜姫は姫川城へ招いてくれた。そして、竜姫の頬を赤らめるさまを見ていた大男が凶悪な眼光を光らせて血管のピキピキ浮く手で俺の頭をがしっとわしづかみにした。
「ぐ痛づっづあぁ、ハァハァ…妖術使い、俺からもてめぇになんか褒美をくれてやるわ。楽しみにしてろ。吉沢ぁ客人を案内しろや」
「ハッ、竜河殿、かしこまりました。この吉沢が異国の皆様を城までご案内つかまつります」
吉沢と呼ばれた甲冑姿の護衛が俺たちを城まで案内してくれることになった。
竜姫と竜河はリイに乗って城に戻るようだ。竜河は竜姫をお姫様抱っこで抱きあげ、そのままぬりかべの背にあぐらをかいた。
「叔父貴、皆の前でこれは恥ずかしいぞ。お離しくだされ」
「ならん!おまえはまだ本調子ではない。医師の診断が出るまで地に足をつけるのも許さんぞ」
脳筋おっさんのこの暑苦しい愛情表現、溺愛されてる竜姫に同情してしまうね。まったく。




