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どこで話を切るかむずかしいよね。

「お館様が間者の吹き矢に当てられた」誰かが一言叫ぶと、朝市のざわめきは消え、水を打ったような静けさがその場を支配した。


「お館様っ」


すぐさま駆け寄る小姓、その小姓を突き飛ばし竜姫を抱えおこした大男が、竜姫の首に刺さった矢をぬきとる。そして大男はその巨体を丸め、大男の腕の中ではまるでちいさな人形のような竜姫の細い首に分厚いくちびるをあて、何度も毒を吸い吐き出した。


「おのれ曲者め!誰がこのような狼藉を働きおった!」


人混みに向かって吠える護衛の武者たち、そして屋台の売り子の女がひとりの男を指さす。


「この人よ、姫様に向かって吹き矢を吹くのを見たわ」


指さされた男の足元には吹き矢の筒がころがっていた。



「この女を捕えよ」

「えっ!?あたしゃなにもしてないよ」

「馬鹿者、五番隊、萩村の吾平がお館様に狼藉など働くか!地元の民の顔など見知っておるわ」


そこから、河川敷をにぎわせていた朝市の商人、買い物客たち、ごくふつうの町人に思えた彼らの動きは迅速だった。手近にいたものが売り子の女の屋台の一味をとり囲み捕縛し、河川敷の出入り口となる場所付近では出口を封鎖、さきほど川から引き上げた船を抑えるものもいた。

そして男衆、女、子供も魚包丁やナタ、棒といった武器を手にもち、竜姫と大男に背を向けてふたりを守るように円陣を組んだ。


だれが指示するわけでもなく、意思をひとつにしたかのような民衆のこの動き。まるで働き蜂が本能的に女王蜂を守るかのようだった。

そして実際に、女王と国民すべてが一族であり、幼いころから訓練された民兵である、この播磨国はまさに蜂の巣の国だとあとからじわじわと知ることになる。



「ぎやっ」売り子の女の拷問はすでに始まっていた。

後ろ手に縛られた女は、その場にあった焼き魚用の焼き串を両頬に数本貫通されていた。残酷だが舌をかみ切らないようにとの処置だろうか。

そして焼き網を押し付けられ、鳥の鳴くような甲高い悲鳴をあげる。

竜姫の護衛の武者は、竜姫の首から抜き取った吹き矢を女のふとももに突き刺し迫った。


「言え!吹き矢の毒はなにを使った。解毒剤があるなら出せ!貴様も死ぬぞ」

「は…はま…へ蛇の…く…すりは…ない」


「浜蛇の毒だ」「毒消し持ってこい」声が輪のように広まり、俊足の男が大声をあげながら城にすっ飛んでいった。

ここまでわずか3分ほどの流れだ。



竜姫の白い首は紫に染まっていた。これは毒の影響というより大男のでっかい唇の吸引力によるうっ血だ。毒を吸い出した大男は、腰の袋から小さなツボを取りふたをあけ、丸薬を一粒だして竜姫の口に含ませようとした。

けれど竜姫はふるえる手で大男の手を抑え口を結んで丸薬を拒否した。


「しっかりしろ竜姫、大丈夫だ。この仙丹(せんたん)を飲め」

「な、なりませぬ。その仙丹は竜神様より授かった一族の秘宝、浜蛇の毒など毒消しでまにあいまする」


「馬鹿を言うな浜蛇の毒は皮膚を溶かす。おなごの身体に傷でも残ったらどうする」

「なりませぬ、その仙丹は戦場にて使うべき蘇生の妙薬、わたくしの傷などという些細なものに使うべきではありませぬ」


竜姫は貴重な薬を惜しんで治療を拒否してるようだ。これはいけない。正統ポニテの首に傷が残っては世界の損失だ。


ここは無料毒消し、俺の状態異常無効スキルの出番だな!

武器を持った人々の垣根の内側にいる竜姫は俺から少し離れすぎてしまってステータスが開きづらい。

何度かステータスを開こうとして失敗、背の低い子供の頭越しにサッと「竜姫」のステータスを開き、状態異常無効を書き加えることができた。


しかし、というか当然だが、挙動不審なよそ者の俺が竜姫に近づきすぎて、殺気だった男に棒でどつかれそうになった。

俺は、その場の険悪な雰囲気をごまかすために、一回転してポーズをつけ、くちから出まかせのセリフを並べた。きっとはたから見ると痛々しい中二でしかない真言とか、ノリで唱えてしまったあとのやっちゃった感が自分でもつらかったわ。


「ここは俺の法力にて蛇の毒を四散してしんぜよう」

「陰なる蛇の毒よ、孔雀明王の名において、祓い清められよ!おん まゆきらてい そわか」


なんか俺を見る皆さんのひややかな視線が痛くていたたまれなかった。

「は?」「ざけんなガキが」そんな妥当な反応が返ってくるし、もう二度と真言は唱えないと俺は心に誓った。

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