危うしポニーテールの巻
陽の光が天使の輪を作るとすれば、風が作るのは天使の音色だ。
光沢のある豊かな黒髪を後ろに結ぶ、彼女の髪が風に揺れ肩にふれるとき、フワサッバサッサラッ天界の音楽が聞こえる。脳がとろける魔性の音色。
誰しもがその旋律に心酔するだろう。1億人中1億人。間違いない。異論のあるものなどいるはずもない。
しかも、つやっつやの髪の分け目が頭の中央にあって、美しい頭皮がしっかり見える。こいつは正義すぎるほどに、すがすがしく正義なり!!
姫川城の女城主、八代竜姫は正統な黒髪ポニーテールの持ち主だった。
ポニテ、これだけで十分な説明だろうけどいちおう補足すると、竜姫は年の頃は20歳ぐらいだろうか、切れ長の目に長いまつげ、陶器のような肌に黒髪が映えるしっとりした美女だった。
肩当てをせず胴だけ着た甲冑は、青黒いうろこ状で細身、和というか西洋鎧の女騎士のように凛々しい。
「貴殿らはめずらしい出で立ちをしておるな。どこの国からいらした」
竜姫は、俺のフード付きトレーナーとワークパンツ、ふっさふさのぬりかべ、そして天狗装束を興味深げにながめている。
城主といえば平民からみれば雲の上の存在。だというのに、竜姫は旅人の俺たちに気さくに話しかけてくる。供の小姓と鎧を着た護衛は、そんな竜姫に慣れているのか別段とめだてもしないし、朝市の連中も城主の登場にとくに緊張した様子もみえない。
「わたくしどもは天狗の里より山を越えてまいった田舎者でございます」
かずら婆さんが白髪頭をぺこりと下げる。
夏角と雨角の天狗兄弟は目の前の美女に興奮度MAXで天狗の鼻も耳も真っ赤にして固まっている。
ほんとに、このふたりは惚れっぽくて頼りないし、俺の補佐や露払いにもならないなら何のために同行してるのかと疑問に思うね。
「播磨は竜神の守りし土地、竜神様の庇護により、清き水に恵まれ、実り豊かな土地は天下一である」
「運が良ければ貴殿らも竜神様の飛翔する勇壮なお姿を拝見できよう。ゆるりと滞在されるがよい」
さりげなくお国自慢をぶっこんでくる竜姫と、黒髪の音に全神経を集中させ聞きいっていた俺の目が合う。と、竜姫はハッとしたような表情で俺の顔をまじまじと見つめた。
「貴殿は、愛…、あぁ、いや、なんでもない。では竜神の地を楽しまれていかれよ」
そういって微笑むと竜姫は、また次の旅人、出店の商人と、皆とあいさつを交わしながら朝市の人混みをゆっくりと歩いて行った。
竜姫が城主をつとめる姫川城は、川沿いに1キロほど先だろうか、この河川敷からも白壁の美しい城がよく見える。
城は緩やかにのぼる岸壁の上にあって瓦屋根のある城壁に幾重もかこまれている。
白壁と青鈍色の瓦コントラストの美しその城は、まるで白い鳥に竜が絡みつくようで、初代の女城主八代飛鳥と竜神の恋物語伝説から睦み城と呼ばれていた。
俺が竜姫の後ろ姿を見送り、ポニテに頬を叩かれる妄想をしていると、いきなり誰かに頭をわしづかみにされた。
「ぐぉっ!痛うぅ」
痛みに声をあげたのは身長2メートルを超す見知らぬ大男だ。
胸板が厚く日焼けした逞しい身体で、ざんばら髪にサングラス!?素肌の胸に革のベルトをクロスして、その上に陣羽織をはおったいかにもあやしい風体の無頼漢だ。
大男は、俺のスキル「リフレクト」で攻撃を反射されてるのにぐっと耐えて俺の頭から手を離さない。
元々たいした力をいてれないのか、頭が固いか、神経が鈍いのかどっちかだろう。
「ゴラアッくそが!てめぇ俺様の可愛い竜姫を汚ねぇ眼球で見てんじゃねぇ!ブッ殺すぞ」
常人離れした握力で、俺をアイアンクローで吊り下げたまま、眼を血走らせ歯ぎしりして荒い息で威嚇する大男。その威勢良いバカでかいダミ声に周囲の人々もざわめきだす。
「なんだ喧嘩か」「チビっこいの反撃しろ」「暴河」「男をみせろチビすけ」などとヤジを飛ばし、煽りオンリーで止める者は誰もいない。喧嘩上等の気性の荒い土地柄のようだ。
「いでででで、うがあぁ!くそ妖術使いのカマ野郎!!お館様のケツ眺めまわしゃがって、不敬罪でたたっ切んぞ!ぐぬぬっ…カマ野郎がぁ、てめぇのケツ掘ってろ!!」
「失礼なのはおっさんだろ、俺はケツなんか見てねぇよ(事実)とっとと手を放しやがれ」
蹴りで俺が反撃し、大男は怒って指に力をこめる。当然、力をこめたぶん大男の頭蓋骨にダメージがいく。
俺を妖術使いよばわりするあたり、大男は攻撃の反射に気づいてるだろうに、そのまま暴力を押し通そうとする。反射の回避法を考えもしないとは、筋力があればこの世の全てはねじ伏せられるとでも思ってるのだろうか。
これが、ほんものの脳筋ってやつなのか?突っ走ることがこのおっさんの生きざまか!?ここまで本格的な脳筋野郎ははじめてお目にかかるぜ。脳筋こえぇ。
「叔父貴!」
俺たちの周りにできた人垣の向こうで竜姫が声をあげる。
竜姫に気づき、喧嘩の見物客たちは道を開けるが、その見物客のなかに1人不穏な動きの人物がいた。
その人物に誰も気づくことなく、皆は叔父貴と呼ばれた大男と、人垣をわけて足早にこちらに向かう竜姫に注目していた。
「叔父貴、異国に行かれたのではないのですか、ここで何をしておいでです」
「あっ、いや、さっき戻ってな。岸にお前の顔が見えたから急ぎ来たが__」
「あうっ!」
竜姫は首のうしろを抑え、その場で倒れこんだ。
人混みの中から飛んできた吹き矢が、竜姫の、その細い首に刺さっていた。




