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竜神様のお通りじゃ。

播磨国には正規の入り口からきちんと手続きを踏んで入国する。

そう考えてた時期が俺にもありました。


そしていま、俺たちは朝市の屋台でハマグリの焼けるのをまっています。

もちろん不法入国です。



播磨国、この国の出入り口は主に3ルート。

街道の接する摂津国からの入国と、備後国からの入国。この播磨国は横長の地形で、この2つのルートの入り口から都まではえらく距離が遠いんだ。

先の但馬国は都の城郭で入国手続きできた。でもここは国全体の入国手続きなんだね。

ピンポイントで都にだけに入るってわけにはいかないようなんだ。


そして3つめの船を使って川から上陸するルート。これは他国から乗船し、船の船頭さんに証印をもらって、それを入国管理所に届けなきゃいけない。


国土は但馬の1/3とはいえ、やはり広さはある。正規入国して都を目指して旅するってのも、船旅偽装もめんどくさいわけで。

時間の惜しい俺たちは不本意ながら不法入国することにしたんだ。




上空から見ると都のあちこちに朝市はたっている。

港のある入り江の横の河川敷、この朝市のたつにぎやかな場所に背の高い草の茂みをみつけ、草に隠れて俺たちは岩爺を降りた。

こうして俺たち天狗村一行は、大河と街道、人々の行き交う国、播磨国に侵入したんだ。


するとどうだろう!?それは唐突だった。

隠密行動に緊張する俺たちの鼻先に、イカの焼けるたまらん匂いがただよってきたんだ!!

魚介の中でも圧倒的なその旨味を主張する王者イカ様が、火であぶられ放つその香気。ボタボタ炭火におちた醤油とイカの肉汁がジュワッと音を立てる。これに抵抗できる人間は少ないだろう?

屋台のイカはジューシーで柔らかくて最高にうまかった。

つぎはハマグリだ。これでこの状況を理解していただけただろうか。


朝市の魚介は新鮮でしかも安い。3文のイカ焼きと2文のハマグリ焼き、5人前でしめて25文だ。

但馬の寿司1個50文を考えるとかなりお得で暮らしやすい印象をうけるね。


今回の突撃!隣国のあさごはんには岩爺も同行してもらった。

じつのところ岩爺は人間の食べ物でなくても岩でも石でもお腹は膨れるみたいなんだ。

それでも、仲間でわいわい食べるほうが楽しいから、岩爺もいっしょに屋台を囲んでいるところだ。

ふっさふさの真っ白な毛並みで畳一畳ぐらいの図体のでかいぬりかべは、妖怪だらけのこの異世界でも珍しい外見のようでハマグリをハフハフ殻ごとくちにいれる岩爺は朝市で注目の的だったよ。



「身がぷりっとしてうまみたっぷりですな」

「この出汁たまらん。総司殿、食わんのでしたらワシがかわりに」

夏角、雨角兄弟は自分の分の焼きハマグリをたいらげて、俺のハマグリを狙ってきやがった。

「ノーノー!さましてんのっ。俺のラブリーハマグリに手を出したら許さんからな」


焼きハマグりは殻付きでツユがぐらぐら煮たって、やけどしそうに熱々なのがみっつ、木の板にのっている。

夏角たちはハシを使っていたけど、俺はちょっと冷ましてから殻をつまんでぷりっぷりの身をツユごといただくぜ。



ゴッザバァーーーン


いきなり背後から大波かぶった。

いっしょにいた夏角たちは波に押されてひっくり返っている。

岩爺を背にしたかずら婆さんは波の直撃はうけずに無事。でも岩爺の焼きハマグリを頭に落とされてしまった。

そして、俺のぷりっぷりのハマグリは波に流され消えていた。


河原に半鐘の音がカンカンと鳴り響く。

高台から何人もの男衆が飛び出し、河川敷のあちらこちらにある杭につながった縄を腰に結び、つぎつぎに川に飛び込んでいく。

みると、川には何艘もの船が転覆し、乗客が投げ出され助けを求めている。


「おい、俺たちも助けに行くぞ」

乗客の救助に向かうべく勇む俺を、焼きハマグリの屋台のおっちゃんが腕をつかんで引きとめた。

「お客さんッ」

「心配すんな、俺はこう見えても泳ぎは得意だ」

屋台のおっちゃんは日焼けした顔に白い歯をむき出し、俺たちにこう言ったんだ。


「ついてますね!お客さん。竜神さんの水を浴びたら1年は無病息災ですぜ」



船が裏返されて川に浮かんでる人たちは、なぜか皆一様にいい笑顔じゃないか。

投げ出された乗客は腹や背中に浮をつけているし、荷物は船に固定され、その船は川に飛び込んだ男衆の手でロープでつなぎ止め、手早く岸に寄せられている。

この手際の良さ、これはまるで水をかぶること前提のアトラクションのようではないか?



河原にふたたび半鐘が打ち鳴らされた。


「返しが来るぞおお!!竜神様のお通りじゃああ」


屋台のおやじをはじめとして、朝市の出店の売り子に客も、杭やロープにつかまって何かを待ち構えている。川に向け、勇ましく両手を広げ、仁王立ちする若者も何人かいる。


目の前を流れる大河のはるかむこうから水しぶきを上げて青黒い弾丸が飛んでくる。

それは龍だった。黒いほどに青い、濃紺の巨大な龍が川の真ん中を高速で走り抜けてゆく。


龍の走り抜けた後に立つ、透き通るヴェールのような高波が天を埋め、人々の視界を光でくらませながら落ちてくる。

ざばんと頭から大波を受け、河川敷の一同は目を輝かせて歓喜の雄たけびを上げる。


キミタチ、いいのかそれで?荷物も豪快に流されてるよね。

そう思って波の引く先を見ると、河川敷を囲む車止めのようなでっぱりの下にある排水溝の網に荷物はたまっていた。たぶん俺のハマグリも。

朝市の屋台はもともと固定の台か、杭につながれているようで、多くの屋台ではいつのまにか商品にフタまでされていた。


「返しもいただけるとはありがたい。これで無病息災、商売繁盛間違いなし」


屋台のおやじ、河川敷の連中は遠くで波しぶきを立てる龍の姿に手を合わせて拝んでいた。



「竜神を見るのは初めてかしら?異国のお方」


突然の龍の登場と朝市の光景にあぜんとする、そんな俺たちに声をかけたのは、竜神と同じ色、青黒い鱗模様の甲冑を身にまとう美貌の女武者だった。

供のものを連れ、屋台のおやじに頭を垂れられ「お館様」と呼ばれる美しい女性。

それは播磨国、白波城(しらなみじょう)の女城主、八代竜姫(やつしろたつき)その人だった。

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