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緑もキツネ。

流れる雲の間から月が顔を出し夜の都を照らす。

遊郭の屋根の上には、九尾の狐、金狐、銀狐が美しいシルエットを作っていた。


ピシャーンな衝撃を受けた俺だが、俺には元の世界で某ファーストフードの制服を着て歌い手になる。という適当感満載の新たな目標がたった今できたので、天狗のお世話係はお断りさせていただこう。

そう俺が考えていても、九尾の狐の姿のかずら婆さんは妙に威厳があって「断固おことわりだ」とはなかなか言い出しづらい。


かずら婆さんの尻尾に包まれた矢古はいつのまにか緑毛の狐になっていた。艶やかな苔色(モスグリーン)のとても美しい狐だ。

心配そうに矢古の顔をのぞきこむ姫子狐の濃い赤毛との対比が夜目にも鮮やかだった。


かずら婆さんは優しい瞳を矢古にむけると、ぽつりぽつりと昔語りをはじめた。


「矢古はワシが最初に呼び戻されたときに野で出会ったはぐれ狐じゃった」

「人里におりて身を売って、男をたぶらかしては追われる。そんな暮らしをしておった」

「里に根づくなら他にもやりようはあるじゃろうに、遊女に堕ちるとはおろかな狐じゃよ」


矢古は泣きぐずりながら反論する。


「それが悪いの?親も家族もないあたしがどうやれば人から情を得られるっていうの?」

「きれいな着物着て、毎日楽しく遊んで暮らせたら幸せじゃないのさ」

「姫子はもともと、あたしと同じ女郎狐だった。でも情が深くて男にだまされてばかりで」


矢古に寄り添う姫子は心底、矢古を慕っているようだった。

「姫子は矢古姐さんに拾われてよかったよ。いっぱい優しくしてくれた。姐さんとずっと一緒にいるよ」

すこし自棄な矢古は、姫子の言葉をさえぎるように言った。

「術をかけてもかけてなくても、女たちは皆、出会いをみつけて、醒めたようにあたしの元を去っていくんだ」


「__綾乃は小さいころからほんとに優しい良い子だった」

「遊女のあたしらにも分け隔てせず親切にしてくれたんだよ」

「あの子の両親が亡くなって、親戚に引き取られてからは、それはそれはかわいそうな境遇だった」


「ろくに食事も与えないくせに、育ててると恩を押し付けて殴るけるの虐待の繰り返し、そのうえ小さい綾乃に春をひさがせていたのさ」

「どうせ身を売るなら楽しいほうがいいじゃないか、術で与太者から自由にしてやったんだ。それが悪いってのかい」

「遊郭に売られてきた他の娘たちもそうさ、泣いてすごすよりあたしの術にかかって面白おかしく暮らしたほうが幸せってもんだろ」


遊女しか生きるすべを知らない、あわれな野狐はそういって涙を落した。


ふと下を見ると、遊郭の入り口に続く前庭に夏角と綾乃の姿が見えた。

ふたりは転移を使い無事に火の手から抜け出せたようだ。俺は「夏角おまえらも無事だったか」と大きく手をふって合図した。


腕を組んで歩いていたふたりは顔をあげて屋根の上に目をやり、

「ああ、総司殿」

俺をみて夏角はひとことそう言ったんだ。


綾乃の上気した頬、しなだれかかり、からめる腕、上目遣いの甘える目線。

夏角の満足しきったようなその表情、この場の主導者である俺に己が雄であることを隠さないその瞳。

それは悟ったかのような、あわれむような、詫びてるような、誇らし気のような、心弾ませているような、隠す気のないうぬぼれのような、遠くにあるかのような、挑むような、テレるような__。


俺は理解してしまった。先を越されたと。




「また但馬に来ることがあんなら、オレの屋敷にも立ち寄ってくんな」

金狐はそう言い残し銀狐とともに夜の都に消えていった。


俺たちは遊郭に戻り、青牡丹の間で短い時を過ごした。

人の姿に戻った矢古と姫子、そして着替えて遊女姿に身を整えた綾乃と話をした。


「綾乃はなんで戻ってきたんだ。遊女はいやなんだろ?術にかけられたことを恨んでないのか」


あんなに遊女であることを嫌がっていた綾乃の、この心変わりが俺には理解しがたかった。

すると、綾乃は目を伏せたり横を見たりすこし考えたあとに心情の変化の理由を教えてくれた。


「綾乃は思い出しました。叔父さんたちに河原で夜鷹のまねごとをさせられていたのを。通りすがりの乱暴な客と河原で夜を過ごして、あのままではいずれ病にかかり死んでいたのかもって思うんです」

「この遊郭では遊女はお客を選べますし、いいなりでもありません。それに矢古姐さんには本当によくしていただいたんです」


それから綾乃は少しテレくさそうに、

「それに、色々あって混乱して天狗さんに慰めをもらった時に思ったんです。やっぱり男を手玉に取るのって面白いじゃないですか。気持ちいいのも好きだし、この生き方も綾乃だなって」

そう言いいながらペロっと舌を出した。綾乃は本音ぶっちゃけすぎです。


姫子に土下座して「夫婦の約束をかなえられずにすまん。ワシは綾乃殿と所帯を」とかほざいてた夏角は綾乃の本音にピシャーンな顔をしていたが、もちろん同情する気などおきなかった。


「そうさ、あたしらは遊女以外の生き方はできないもんさ」

矢古は綾乃の肩を抱いて目に涙を浮かべていた。


「綾乃はいいとして、ホントに嫌で働いてる遊女もいるんだろう?そこで俺に提案があるんだが」


俺は彼女たちに「甘味屋」なる商売の提案をしてみた。

この甘味屋の資金を出すのは権田だ。

権力に弱い権田は、冥府の姫の婿らしき俺のご機嫌取りに必死でなんでもしてくれるらしいから。


そして遊郭に飛んできたカラスからの情報で、俺たちに奉行所から追手がかかったと知らされた。

罪状は、不法入国、火付け、かどわかし、だ。

歌楓はまだカバンの中身をあきらめてないのか、それとも単なるいやがらせなのか。


但馬国の滞在は1日にも満たなかったが、濃厚すぎるほど濃厚な体験だった。

かずら婆さんと別れを惜しむ矢古姐さんをなだめ、俺たち、天狗村一行は夜明けを待たずに但馬国を後にしたのだった。

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