赤いキツネと、
飛行スキルをもたない俺は、転移した賭場の上空からそのまま落下して運河に落ちた。
水から浮かび上がると、闇空を赤々と照らす火事の炎と、炎の中からバカでかい狐が3匹、飛び出すのが見えた。
狐たちは大きなあごに矢古、赤毛の狐、そして雨角と権田を、それぞれ咥えていた。
3匹の狐は都の家々の屋根を蹴り、天を駆けるかのごとく走り去る。
俺はふたたびの転移のあと、ステータスに新たに書き加えた跳躍スキルで屋根をつたい狐を追った。
先頭を走る狐の毛並みは純白で、その豊かな尾をふくめて体長3メートル以上あった。
そして尾は9つに割れている。名高い妖狐、九尾の狐だ。
それに従う2匹は金狐と銀狐で2匹の尾は6つに割れている。
狐たちがむかった先は矢古の拠点である遊郭だった。
矢古の遊郭は都のにぎやかな中心街と閑静なお屋敷街のちょうど中間あたりに濃い緑を茂らせる、なだらかな丘の中腹にあった。
湧き水の池を中心に、2階建ての豪奢な棟を橋でつないだ凝ったつくりの建物だ。
田舎の里では贅沢品の油を惜しげもなくつかい、廊下や庭を灯りで照らして、夜でも明るいまさに不夜城だ。
遊郭の屋根瓦に足をつけた九尾の狐は、咥えていた矢古をそっとおろした。
ふるえる腕で半身を支え起こした矢古は、気丈な彼女らしくもなく子供のように泣きじゃくっていた。
「どうせあたしは嫌われ者よ。みんなあたしを置いて去ってくのよ。綾乃もかずら姐さんも」
白い妖狐は九尾の尾で矢古を包み、泣きじゃくる矢古に額をよせた。
「ほんにバカな子じゃ、はじめて会うたときの野の狐のころからちぃとも成長しておらんのう」
矢古の胸の傷をあたたかなピンクの光が癒していた。
「嫌ってなどおらぬぞ、遠くにあってもいつも気にかけておるのじゃ」
幼い子が泣きぐずるように矢古は首を振ってイヤイヤをする。
「だって、姐さんはあたしなんかより、あの村の天狗のほうが可愛いんだ」
「あたしと一緒にいてくれるって約束したのに。ひとりぼっちはいやなのに」
銀狐に屋根に降ろされた赤毛の狐が矢古へと走りよる。
「姫子がいます。姫子がずっとずっと姐さんのそばにいるから、ずっとずっとそばにいるから」
雨角と権田をいやそうに屋根の上に放り出した金狐に俺はやっとのことで追いついた。
「雨角無事だったか。すまないな火事から助け出してくれて感謝するぜ」
「ふん。かずらに頼まれたからな。まぁしかたなくだ。礼ならかずらにいいな」
金狐はぶっきらぼうだが悪い奴ではなさそうだ。
「かずら婆さん、よく駆けつけてくれたな。助かったよ」
俺は月光をうけ純白に輝く九尾の狐に礼を言った。
「おや、気づいてたのかい。やはり坊主は並みの人ではないのう」
かずら婆さんは愉快そうに微笑んだが、婆さんの正体に俺は早くに気づいていたんだ。
村長の大角のレベル46が最高値の天狗村の住民のなかで、たったひとり、婆さんのレベルだけが200を超えていたんだからな。
そりゃあ鑑定するさ。妖しすぎるからね。そして鑑定で出たのが「九尾の狐」だったんだ。
「まぁね、九尾の狐といえば妖力の強い高位の妖怪だ。そのお狐様が閉じられた田舎の里にいることが俺には不思議でしかたなかったよ」
「あの里の天狗どもとは因縁があってのう。それゆえ長く見守っておったのじゃ」
そしてかずら婆さんは語りだす。
「千年前、この世界ができたばかりのころじゃ。ワシは人と交わり2人の子を授かったんじゃ」
「授かったワシの子は、1人は元の世界の亭主に盗られたが、残る1人をこの妖の世にて育てんと天狗に預け、山に隠したのじゃ」
「じゃが__ワシは命を落としてしまってのぅ、現に呼ばれ舞い戻った時には、子を預けておった天狗どもは山を下りていたのじゃ」
「成長したワシの子が天狗どもの妖力をすべて奪い取り、天狗どもは山で暮らす力を失っておったのじゃよ」
なんと、大角たちのあの失格天狗っぷりは、かずら婆さんの子供が原因だったようだ。
それにしても、大角の先祖にあたるだろう天狗たちの妖力をすべて吸いつくすとは恐ろしいガキだな。
「里の天狗どもが、山に戻るか、人と交じるかするまで見守ろうと思うておったのじゃ」
かずら婆さんは、どのぐらいの年月、あの里で暮らし、天狗たちを見守ってきたのか。
借りがあるとはいえ、お人好しの世話焼き狐もいたものだ。
「じゃがそれも、仕舞いじゃ。黄泉平坂の門が開けばワシは冥府の住人となろう」
「そこにおぬしが現れたのは天の采配であろうな。ワシ亡き後の天狗どもの世話をたのむぞ」
効果音で言えばピシャーンみたいな衝撃が走った。
俺にはあんなおまぬけな天狗たちの世話を焼く趣味はねぇよ。期待に満ちた目をするのはやめてぇ。




