千両の大勝負。
「千両だそう。キミはそのバッグ。それでどうかな?」
歌楓が口にした千両という大金に、裸正座で床を見るばかりだった夏角と雨角が驚いて顔をあげ、のけぞるようにおおきく息を吸って目をパチクリさせた。
仰天したのは、夏角、雨角ばかりではない。
賭場にいた全員、そして胴元の権田、歌楓の側近の短髪男までもが驚愕していた。
この場末の賭場で一度の勝負に千両もの大金が動くことはまれなのだろう。
「もちろん、キミが手放すというなら、そのバッグを千両で買い取ろうじゃないか」
「でもそれは、難しい相談のようだね?」
俺の肩掛けカバンに千両、日本円で1億円の値がついた。
しかし、歌楓の推察通り、俺はコイツにカバンの中身を売る気も見せる気もまったくない。
俺のカバンに入っているコイツにだけは絶対に渡せないあるもの。
それは現代日本ではだれでも気軽に入手できるし、中古とあっては100円の値もつかないだろう。
ただのガラクタでしかないが、異世界人、特に歌楓の手に渡ると悪用されるのがわかりきっている。
そのうえ、俺は気づいてなかったが、そのあるもの以外にも5つ、いや6つか。俺はかなり重要なものをカバンに所持していたんだ。
「シャーペン、消しゴム、折り畳み傘、この3つを30両で買い取って欲しいといったら?」
俺はダメもとで聞いてみた。
「それには応じられない。キミはイイヤツで丁寧に仕組みを解説してくれたからね。残念ながらそこまでの価値はもうないんだ」
「30両というのは、ボクとの賭けをキミが了承する。その謝礼と思ってくれたまえ」
歌風は俺の提案をにべもなく断った。
俺は自分の浅はかさを悔やんだが、あの時は損してでも現代日本の文化をこの異世界にもたらしたいそう考えていたんだ。特にあんこは切実だったし。
こうして、千両と肩掛けカバンを賭けた、俺と歌楓のサシの丁半博打がはじまった。
丁半博打はサイコロを使う簡単な博打だ。
ツボ振り役がサイコロ2つをツボと呼ぶ茶碗サイズのザルかごに入れ、振ってツボをかぶせたまま床に伏せる。
この2つのサイコロの目を足して偶数を丁度の丁、奇数を半端の半と呼び、丁か半かを当てる。
今回はこの丁半当てのゲームを1対1で行い、先に3勝したほうの勝ちとすることにした。
そして、男だらけのムサイ場所に派手な化粧のツボ振りのお姐さんが出てきた。
お姐さんは時代劇で見るように着物の片袖を脱いで肩を出しサラシを…巻いてなかった。
なるほど、これはいい目くらましだ。まったく集中できないわ。
しかもこのおっぱい、いやお姐さんに見覚えがある。矢古姐さんの遊郭にいた遊女の1人だな。
この賭場は権田と矢古の共同経営なのか?なんにしろやつらがグルなのは間違いないね。
さて、俺と歌楓が対面で座り、そのまえでツボ振りのお姐さんが片乳とツボを振った。
「丁か半か」
当然だが、この賭場の博打はイカサマだ。
サイコロにもツボにも賭場自体にも細工がしてある。
俺もまっとうな勝負をする気はさらさらないし、スキルに透視をいれさせてもらっている。
最初の勝負は2・1の半、俺も歌楓も半に賭けた。
そのあとツボは何度も振るわれたが、丁半わかれることなく勝負は流れるばかりだった。
透視でツボの中を覗ける俺と同じ目を予想し続ける歌楓。
コイツもなんらかのチートもちなのだろうか。
流れ続ける勝負に周囲はざわめきだした。
こんな形で勝負がつかないとは通常はあり得ないことだろう。
疲れた様子のツボ振りを前に、歌楓はあぐらをかき、くつろいだ様子で伏せたツボを眺めている。
「うん。丁でいいかな」
ツボの中身は4・3の半だ。はじめて歌楓が読みを間違った。
集中力が切れたのか、このミスは大きなチャンスだ。
俺が賭けたのはもちろん半だ。__が、しかし。
「3・3の丁!」
賭場がわっと盛り上がる。
「さすが若様、毘沙門天の生まれ変わりと言われるだけあってお強い」
ここぞとばかりに権田が歌楓をもちあげ、歌楓はけだるげに口の端で笑う。
なるほど権田に俺を勝たせる気はないようだな。
このときのイカサマは穴熊、床下に穴を掘って仲間を潜ませ、サイコロを下から針で突いて目を変える手法だ。
俺が透視したところ床下には穴どころが広い部屋があり、そこに権田の配下が3人いて、やつらは声を殺し笑ってやがった。
「入ります」
ツボ振りは素早くサイコロをツボに投げ入れ盆布の上に伏せる。
目は6・1の半だ。
俺は半に賭け、歌楓は今度も逆目の丁に賭けた。
「6・1の半」
この結果に権田が血相変えて立ちあがる。
「これで1勝ずつだな」
チッと小さく舌打ちする歌楓と違い、俺は余裕しゃくしゃくだ。
歌楓の鼻っ柱を折って千両いただき、遊郭で祝杯上げて大騒ぎ、そんなビジョンしか浮かばない。
床下の連中は「魅了」でしっかり俺の下僕となっていただいていたからね。




