賭場にて。
「夏角、雨角!無事かぁ!」
俺たちは賭場に乗り込み、障子を壊す勢いでバンと開いた。
板張りで飾りっ気もなにもない賭場のすみっこに、夏角と雨角がうつむいて正座する姿が見えた。
ふたりとも身ぐるみはがれて真っ裸ですんすん泣いていた。
「てめぇら!俺のツレになにしやがった!!」
俺は自分でも驚くほど憤慨し、夏角と雨角を威圧していた浪人風の男に電撃をあびせかけた。
この電撃は威嚇用のヤツで威力は弱い。
とはいえ、手のひらから放電する俺の異様さをみて賭場の連中は一斉にあとずさった。
すると、夏角と雨角の近くにいた肝の座ってそうな人相の悪い男が立ちあがりズィと出てきて凄んだ。
「この権田伝兵衛の賭場を荒らそうってんのかぃ。兄ちゃん」
こいつがこの賭場の胴元か。
電撃にもビビらないとは、さすがに修羅場を踏んだ面構えをしてるだけあるぜ。
その権田にふっと驚きの表情が宿る。
権田の目線は俺じゃなく、俺の隣にいる歌楓にむけられている。
「これは若様、このようなむさくるしい場所にお越しいただけるとは」
権田はそういって一歩下がり、正座して改めて歌楓に挨拶の口上を述べた。
賭場の連中もそろって平伏し、その場に異様な緊張感が漂う。
「おいっ兄ちゃん、おめぇも控えんか、若様の御前だぞ」
権田に頭を下げて平伏しろと促されるが、俺にはこの状況がまったく理解ができないでいる。
「但馬屋の旦那はお前らの元締めだったのかよ」
「バカかおめぇ、但馬屋の旦那といえばこの国のお世継ぎ様にきまってんだろうが」
なんだってぇえ!?
偉そうだとは思ったが歌風は俺が考えてたよりもはるかに偉かったようだ。
じつは但馬屋の但馬はまんま国の直営店舗をあらわす店名だったんだ。
東京バ〇ナ、東京〇泉みたいなノリと頭っから思い込んでたわ。
「堅苦しいのは苦手なんだよね。キミたちも楽にしてくれるかな」
歌風は頭をかいて一座を見渡した。
「ボクの友達がそちらのふたりの知り合いのようでね、連れ帰ってもかまわないかな」
権田は歌楓の言葉に射すくめられるが、意を正し深々と頭を下げると、
「申し訳ねぇ、このふたりには30両の貸しがあるんでさあ」
そういったのだ。
はぁぁぁ!?
30両だと!?歌風がこの国の若君様ってのより驚いたわ!
貧乏村の長、大角が頑張って捻出してくれた旅費が3両だ。
賭けに負けたとはいえ、その10倍ってなんだよそれ。
都の大通りの店で見た感じだと1両が10万円ぐらいだったぞ?わずか数時間で300万の借金かよ。
夏角と雨角をにらみつけると、ふたりはさらに所在なさそうにしゅんとする。
こいつらの前には30両の借用書が筆とともに置いてあった。
察するにコレにサインしろと詰め寄られて俺に助けを求めたワケだな。
「ごべんなざぃ。うぅっ。姫子ちゃんが身請けしてほしいっていうもんだがら」
「姫子ちゃんは借金があッで、遊郭で働いでて…借金が16両で」
「丁半で1両賭けて、1回勝てば2両、2回勝てば4両、3回で8両、4回勝てば16両で」
「最初は1両だけっで…もうずこしで借金の金額に手が届きそうでやめられなくなっで」
「3回までは何度も勝ってだんでずぅ。10両借りでも4回勝てば元は取でるから…」
「いつのまにか30両になっでで…姫子ちゃんもいなぐなっでて…ううぐずっ」
夏角と雨角は涙と鼻水をだらだら流しながら懺悔する。
こいつらホントにちょろいな。
姫子にカモとして連れてこられたことぐらい気づけよな。
このちょろさはまさか遺伝か?すげぇな大角のDNAは強力だな!
と、俺が1周回って妙な関心をしていると、さすがな若様、歌風が太っ腹な提案をしてくれた。
「キミたちにも事情はあるんだろうね」
「でも、ボクも商売人が損をするのはちょっと違うと思うんだ。その30両ボクが払うよ」
なんと30両ぽんと出すという。
「それはキミが見せてくれた3点の品の代金として受け取って欲しい」
「__ただし、条件がある」
筆記具と傘の代金が3両なら悪い話ではない。
けれど歌楓は冷笑を含んだ眼を俺に向け、こんな条件を出したんだ。
「キミのそのバッグを賭けて、キミとボクで1対1で勝負をしようじゃないか」




