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ありがちな罠。

但馬国の都を夕焼けが茜色に染めていた。

浮かび上がる五重塔のシルエットを横目で見て俺は思う。

「なんであんこはないんだ」

塔を建てる知識があるのなら、あんこの和菓子製法も伝わって当然だろうが。

和の心のないニセ日本にふつふつとした憤りを感じるが、今は天狗のバカ息子の救出が先だ。


俺たちは、ぬりかべが知らせてくれた夏角(かづの)のいる賭場を目指し走っていた。

ひとりで向かおうとしたのを、歌楓(かふう)がどうしてもと強引についてきてしまった。

まだ歌楓との商談が終わってなかったからね。

明日また来ると約束しても、取引が終わるまで離れないと食い下がられてしまったんだ。


権田(ごんだ)伝兵衛(でんべえ)という賭場の胴元の名を伝えると、歌楓の側近の短髪男が場所を知っているらしく先導してくれた。

短髪男、それと歌楓の護衛が数名、俺と並走して走っている。

当の歌楓は人力車の豪華版みたいな、鬼人の引く乗り物に乗ってひとり涼しげな顔だ。

人力車を引く鬼は、上半身裸で但馬屋の家紋を刺青し房で飾りたて、さながら流鏑馬の馬を思わせた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




先刻、天狗の里一行が3手に別れたとき、夏角と雨角(うずの)、そして遊女の姫子(きこ)が3人1組になった。

夏角たちは、いまでいうハローワーク的存在の「口入れ屋」に足を運ぶ予定をたてていた。

都で天狗たちがどのような職に就けるかの様子伺いだ。


口入れ屋は都に大小いくつもあり、それぞれ得手不得手の分野がある。

夏角と雨角は、力仕事の人足、作業場、飲食店、このあたりの斡旋に強い口入れ屋を探していた。

とりあえず大通りで看板をみかけた人の出入りの多い店を目指していたのだが。


「あのね、姫子ね、ご贔屓さんに口入れ屋の旦那様がいるの」

姫子は権田伝兵衛という口入れ屋の主人を紹介するという。

きょうは軽い様子見だし、つてがあるならそこにするかと夏角たちは軽い気持ちで行く先を変更した。


その口入れ屋は都を流れる運河沿いの人気のない倉庫街にあった。

店に向かうべく運河沿いを歩き、気づくと夏角はふたりとはぐれてしまっていた。

周囲は人通りのない一本道で、ここで連れとはぐれるなんてありえない。

夏角はあせって来た道を引き返し、小一時間ふたりを探したがみあたらず、権田伝兵衛の店でまてばいずれ来るだろうと運河沿いの道に引き返した。


すると、材木屋の資材置き場らしい場所からふたりが腕を組んで出てくるところに行き会った。

「ああ、兄君殿」

夏角をみて雨月はひとことそう言ったんだ。


姫子の上気した頬、しなだれかかり、からめる腕、上目遣いの甘える目線。

雨角の満足しきったようなその表情、兄である夏角に己が雄であることを隠さないその瞳。

それは悟ったかのような、あわれむような、詫びてるような、誇らし気のような、心弾ませているような、隠す気のないうぬぼれのような、遠くにあるかのような、挑むような、テレるような__。


夏角は理解してしまった。先を越されたと。


「話はあとで聞こう。日の暮れる前に用件を済ませて戻らねば」

すすけた夏角の背中には目もくれず、姫子は雨角といちゃいちゃトークをはじめた。

「3回もなんて雨ちゃん絶倫~。でもお姫子もっといっぱいいっぱいほしいな」

「もちろんでござる。ワシは姫子殿となら、5回でも10回でもいけるでござる」


「・・早撃ちだな」

心の中でそうつぶやき、夏角は兄としての矜持を少し取り戻したのだった。




姫子の案内した権田の店は、板塀に冠木門(かぶきもん)がついた平屋の民家で看板もかけていなかった。

板塀の前には浪人風の男と人足たちがたむろし、縁台で将棋を打ち壁にもたれて煙草をふかしていた。

玄関に入るとそこは広い土間で、出迎えた権田と姫子がなにやら不審な目線をかわす。


あからさまにヤバイ雰囲気だが、夏角は心の中で何かをサンドバッグにしていたし、雨角は4ラウンド目のシュミレーションに忙しく、まったく疑うことなく賭場へと足を踏み入れたのだった。

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