あずきが甘くてなぜうまい。
日本の歴史にあんこが登場したのはいつなんだろうか?
この異世界ができたのが千年前、平安時代とするならその時代の日本にあんこはなかったのか。
その後の日本からの召喚者たちはなぜ異世界にあんこを伝えなかったのだろうか?
庶民の口にはいらない高級品だった可能性、伝播者の嗜好もあるのかもしれない。
俺の大好物ランキングの1位が存在しない世界。
逆に、シュークリームとケーキがあるってなんだよ。プリンもあるんだろこのぶんじゃ。
俺は勝手にこの異世界のことを古代日本と思い込んでいた。
でもこの世界は日本とくらべてかなりいびつな発展を遂げている。
妖怪がいるのも、平安、江戸、現代と時代が混ざってるのもおかしい。
そのうえ日本とは地形も違うし国土がかなり広く、もしかすると大陸なのではと思うほどだ。
但馬、播磨といった現在の県に当たる令制国の国名は俺でも知っている。
なにしろ俺は受験生で、日本史は苦手とはいえしっかり学んでいるからね。
でも令制国をひとつにまとめた日本という国はないような気がしている。
将軍、帝という統一国家の王は存在するのだろうか?俺は異世界について何も知らなすぎた。
「あんこは…神だ。甘くてうまいあずきあんを作れ。お前が敵でもかまわん」
異世界の情報云々より前に、果たすべき使命のできた俺は歌楓に懇願していた。
あんこのない和風世界は、真の和風世界といえないだろう。あんこは和の基本だ。
「あずきが甘くてなぜうまい?砂糖で甘くすればうまいものなどいくらでもあるでしょう」
歌楓の答えに心が折れそうだった。
俺の第一印象は正しかった。コイツとはやはりわかりあえない。
「それよりキミ、荷物を持っているね。珍しいものがあればボクが買おうじゃないか」
歌楓は俺のカバンの中身を見せろと要求してきた。
信用ならないこの男に見せるべきではないあるものが俺のカバンに入っていた。
それは絶対に死守するが、文化の伝播はやぶさかでない。
この男の懐を肥やすのはしゃくに障るとしても、庶民の生活が便利になるのはよいことだからね。
俺はカバンから3つの品を取り出した。
「ほう、これはいかなる用途のものですか」
歌楓が手にしているのは、シャーペン、消しゴム、そして折り畳み傘だ。
とりあえずで生活に役立ちそうなその3つを披露してみたんだ。
俺が紙を頼むと、歌楓は手を打って小姓に紙を持ってこさせた。
俺はシャーペンで紙にサラサラと英文を書く。まぁ歌楓への下品な挑発。
「ほう、これは便利だね。すぐに乾いて手も汚れない」
歌楓はシャーペンに食いついてきた。そして消しゴム。
「文字が消せるのか!?素晴らしいなこの消しゴムというものは」
「なんと、この2つの組み合わせは便利じゃないか、キミ、ボクに仕組を聞かせてもらえるかな」
シャーペンの仕組みはバラしてみれば、手先の器用な職人なら再現可能だろう。
そういって一度シャーペンを目の前で分解して戻してやった。
芯のほうは黒鉛と粘土を混ぜて焼いただけの簡単なものだ。
子供のころに手作りえんぴつをキッドで作って、解説を見たから芯の作り方も覚えている。
芯に使う黒鉛は天然の鉱物らしいから探せば見つかるとおもう。
そういうと歌楓は黒い石、石墨なるものがあると目を輝かせていた。
消しゴム、これはアラビアゴムだっけ?ゴムの木の汁を固めて熱を加える。こんなかんじか?
ゴムの木はあるのかと聞くと、あるというのでまぁなんとか試行錯誤してほしい。
最後の折り畳み傘。これは、ごく普通の500円の黒無地傘だ。
これをひろげたときの歌楓は無邪気でたのしそうだった。
畳んでひろげて、畳んでしまってと何度も繰り返していた。
細工物が好きなのかな?変形合体ロボでもあれば、この男は夢中になりそうだ。
たぶん歌楓には傘を携帯する必要はないし、自分で傘を持つこともなさそうだけど、傘の黒無地を活かして絵師にムカデを描かせよう。そう、うれしそうに話していた。
それから、自動で開く傘の話をすると、それにも食いついて仕組みを知りたがった。
実物はないけど簡単な仕掛けだからと絵で説明してやっていたんだ。
すると、いきなり背後から鈍器で殴られた。物理攻撃無効の俺への攻撃は驚くべきことだ。
そしてさらに見えない相手からなんども殴られた。
これは__。
俺は用を足したいといって厠へ案内してもらった。
背後から俺を殴った鈍器の正体、それはぬりかべ携帯だったからね。
伝言を聞くより先に、
「連絡の時に思いっきり体当たりするのはやめて!軽く手でちょんちょんで気づくから」
ぬりかべ全員に体当たりは禁止。これは絶対厳守だと伝えてもらった。
高レベルの俺だからよかったものの、普通の人間なら撲殺されてるわ!
ぬりかべの体当たりは、手加減なしのコンクリートブロック攻撃と同じだからな。
そして、ぬりかべの伝言内容は「夏角が大変。はだかで土下座。助けて」というものだった。




