神に見放された世界。
俺の目の前の男、但馬屋の主人、歌楓はかぶき者だ。
歌楓は床の間のお宝にも引けを取らないきらびやかな男だった。
髪は染めているのか銀色で、瞳もやや赤みががって全身の色素が薄い。
銀髪をのばし後ろで結び、都のかぶき者の定番、ポニーテールにしている。
着物は黒の地に赤と銀の蜘蛛の巣模様の着流し。
肩にはその柄の白黒反転した羽織をかけている。
大きく開いた胸元に銀飾りと赤い房、腕には銀と赤の玉の数珠をつけ飾り立てている。
細身だが、立ちあがると身長180センチほどの美丈夫だ。
歌楓はけだるげに頭をかきむしる。
「ああ、そう緊張しなくても、とって食いやしないさ」
笑みを浮かべながら俺に近づく歌楓は、扇を俺の頬にあてがい、触れんばかりに顔を近づけてきた。
「ボクたち友達になろうじゃないか」
何いってんだコイツは。
俺にはそれなりの対応策があるからいいが、普通ならこれは拉致と呼ばれる行為だよね。
そうでなくともリア充っぽいコイツとは友達になれる気はまったくしないな。
「異世界から来るキミたちは天からの賜りものだ。ボクたちに新しい文化を届けてくれる」
「ボクは商売人だからね。キミたちを悪いように扱ったりはしないのさ」
歌楓は俺の全身を上から下までなめるように眺める。
ゆっくりと俺の周りをまわると、
「これキミが作ったんでしょ」
そういって盆にのせた煮卵を指で挟んで俺の目線の前に突き出した。
寿司屋と物々交換したあのときの煮卵だな。
「キミたちが天狗の里からこの国に向かうのは知っていたよ」
「でも残念なことに空からの違法入国だったようだね」
歌楓が軽く手を打つと廊下側のふすまが開いて、先刻の寿司屋が姿をみせた。
屋台の寿司屋のにーちゃんはボコボコにされたらしく無残に顔を腫らしていた。
「ボクは悲しいよ。珍しい品を持ったよそ者を見かけたら知らせるようにと、商人の皆さんにはあんなに頼んだのにね」
「ボクから製法を盗んで、この卵で勝手に商売でも始める気だったのかな」
「まぁこの男に検分させるまでもなく、キミがボクの探してた異世界人だとすぐにわかったよ」
どうやら歌楓はやばい男のようだ。
「オマエのものはオレのもの」のジャイアン的発言がナチュラルにくちから出てきてやがる。
異世界からの召喚者である俺のことも当然のように自分の財産とみなしていそうだ。
都の商人、天狗の里にまで情報網を持つとは相当な実力者のようだが性格はおさっしだな。
「歌楓、お前は俺をこの世界に呼んだ連中の一味なのか」
にらみつける俺に歌楓がだるそうに答える。
「誤解しないでくれるかな、ボクは召喚なんてコスパの悪いことはしやしないさ」
「なっ…コスパだって?」
歌楓はチロリと流し目でこちらを見やった。
「そうコスパ、コスメ、週休二日制、電気、ガス、シュークリーム、キャラメル、ケーキ」
「キミと同じ日本人未苓はボクにたくさんの贈り物をくれた」
「電気とガスはまだ実用段階ではないけどね。週休二日制は導入したし、コスメとスィーツはボクの店の人気商品さ」
このセレクト、未苓はスィーツ(笑)のOLさんなんだろうか?
未苓について聞くと、8年程前に異世界に召喚された女性で、召喚主のもとから逃げてきて、但馬国に入国した時から歌楓が保護していたという。
自由でエコなスローライフを望んでいまは山寺に身を寄せているらしい。
召喚された日本人は、その多くが短期間で召喚元を逃亡し各地にかくれ住むようだ。
俺を召喚した連中を思えば逃亡は当然だろう。
それぞれが手にした特殊能力があるとするのなら、不快な場所に監禁しておくことは不可能だからね。
歌楓はそんな逃亡者をときには懸賞金を出して探しているらしい。
「そうか、この世界にもケーキやどら焼きといった近代の食文化が伝わってるのか」
俺の言葉に歌楓が「ほぅ」と関心ありげな声を漏らす。
「どら焼きとはいかなるものだい」
「えっ!?どら焼きを知らないのか?あんこを挟んだパンケーキみたいな」
「パンケーキは知っている。ジャムとバター、生クリーム、果物を乗せて食すものだね。あんことは、栗かい?芋かい?どら焼きは人気のある食べ物なのかな」
衝撃の事実!この純和風に思えた異世界に和菓子の代表格であるどら焼きがないとは!?
しかし、その衝撃はさらに続く。
「あんこは普通に甘いあずきだよ。栗あんもあるけどな」
「ほぅ、あずきを甘くするとはな」
「あずきが甘くないだと!?この世界にもおまんじゅうはあるだろう!?」
「まんじゅうの甘いあんは栗か芋、南瓜、干し柿だね。あずきは塩豆だよ」
まさか、この和風世界にあずきのあんこがないとは!?いったいどうなってるんだ異世界!?




