新キャラを呪う。
暗がりの中で綾乃に手をつかまれ、おっぱいを握らされた時はもうダメになりそうだった。
だが、俺の背筋をふたたび強い悪寒が走り、本能からの警告を受けた。
このままでは命を失う危険がある。と。
俺は人をダメにする水風船からパッと離れ、勢いで茂みから出て手水舎まで飛び出した。
「ふふ。がまんしなくていいのよ」
「矢古姐さんからたっぷりおもてなしするように言い付かってるの」
綾乃はなおも暗がりの中にいて、胸元をゆるめ、着物の裾を両手で左右にひろげ持ち上げた。
胸元からは人をダメにするたわわなものが、持ち上げた裾からはむっちりな太ももが覗く。
どちらも見えそうで見えないギリギリのラインだ。
妖艶な笑みを浮かべる綾乃は、さらに着物の裾を持ち上げる。かと思うと降ろす。
見えそうで見えない、これは、もっと近づかなくてはッ。
「探しましたぜ旦那」
ヘビに食われかけのネズミの俺は、突然の新キャラ登場にビクっとなりあとずさった。
なれなれしげなその声の主は、着流しで腰に大小の刀をさした短髪の男だ。
「そういわれても、俺はこの町に知り合いはいないんだけど」
「いやね、うちんとこの大将が旦那に会いたいってんでね」
「キヤッなにすんのよッ」
綾乃が短髪の男の連れにつかまったようだ。
綾乃を背後から羽交い絞めにしているのは身長2メートルほどもある大柄な鬼人だ。
「ぐへぇぇ、いいもん見せびらかしてくれてんな姉ちゃん」
「綾乃さん!いま助け__」
「あらん、鬼ぃさん、すてきな角ねぇ」
「たくましい腕。もっと強く抱きしめていいのよぅ」
どうやら綾乃に俺の助けはいらないようだ。
さらにいうなら、俺の存在もいらなくなったようだ。
鬼人と綾乃、ふたりの姿が沈んだ茂みから「あん」とか「うふん」とか楽しげな声が聞こえてくる。
「旦那、あっしについて来てもらえますか」
「あぁ、いいだろう。くだらない用事だったら覚悟はしとけ」
俺は、さらに盛り上がる綾乃の嬌声にその場にいたたまれず、短髪男について行くことを選んだ。
短髪男に連れていかれたのは表通りにある堂々した店構えの大店だった。
「但馬屋」黒塗りの上に金で書かれた大きな看板が人目を惹く。
但馬屋は、かなりの大店で一等地だろう大通りの角地の一画を占領している。
大店の入り口から背の高い塀をたどっていくと、そこに店より立派な邸宅の門構えがあった。
血走った目の俺は、邸宅の奥、さらに2階の座敷に通された。
通された座敷は個室ではなく宴会場のような広さだ。
黒塗りの柱や壁を金の装飾でかざった豪華な床の間に、高価そうな壺や刀剣、剥製が並んでいる。
床の間の前の一段高くなった場所に男がひとり、酒杯を手に俺を待っていた。
男がけだるそうに畳んだ扇を短髪男に向けると、
「歌楓殿、お探しの異界人を連れてまいりました」
短髪男は、俺を男の前にひきだした。
驚くことに目の前の男も短髪男も、俺を異世界人として認識しているようだった。
「キミ愛い顔してるね」
歌楓という名の男はそういって、手にしていた酒杯をカツンと螺鈿の高坏に置いた。
愛いという形容詞を俺に向けられたのはこの世界に来て2度目だ。
どうもこの世界のイケメン基準は現代日本とはかけはなれているようだな。




