但馬国
但馬国、この国は古くから栄える大国の一つのようだ。
国土は広く、西には海があり貿易も盛んで、自由なお国柄とあって他国からの移民も多く暮らすという。
金山をはじめとする多くの鉱物資源を抱える金満国家であり、軍事国家でもある。
隣国であった因幡と美作を力で抑え合併した好戦的な一面を持つと聞く。
ここがちょっと気になるポイントだな。
金満国で好戦的となれば、他国からの流入者は金で釣られて兵となるものも多いだろう。
他にも職があればいいが、よそ者には職業選択の自由がほぼないとなると悲惨だ。
但馬国の都は山に囲まれた盆地にあり、石垣で町を囲った様子は、中世ヨーロッパの城郭都市のようだった。
都の入口には警備の兵がいて通行手形などを検分していた。
隊商や馬車の入り口と、一般の入り口は別になっていて、一般の入り口には長い列ができている。
一般扱いの行商人の荷物なども調べてるおかげで時間がかかるらしい。
俺たちは村長の書いた手形を所持してる。
でも、この国への滞在はせいぜい1~2日なもんだし列に並ぶ時間がもったいない。
入口をスルーし、上空からみて人気のない道を選んで都にこっそり忍びこむことにした。
岩爺は天狗の里をあとにした時からずっと透明化している。
俺たちを降ろしたあとは透明のまま都の外で待機だ。
夜までに安い宿がみつからなければ岩爺を呼んで野宿にしようと考えている。
大角がもたせてくれた旅費を使うのはもったいないからな。
緊急連絡用として、夏角、雨角、婆さん、それぞれにぬりかベィビーを渡しといた。
ぬりかべの種族スキルに念話をいれといたから、ぬりかべたちには連絡網ができてるんだ。
ぬりかべに伝言を頼むことで、簡易の携帯みたいに扱えるというわけだ。
コイツは透明小型化して懐に入れて持ち歩く。
ふわふわ浮かせてついてきてもらうのもアリだろう。
お役に立つとの宣言通り、岩爺たちはすばらしいお役立ちグッズっぷりをみせているのだ。
上空から眺める但馬国は賑やかで町並みは江戸っぽい印象を受けた。
こうして町に入るとさらに江戸風味で、住民は人族、妖怪とカオスだった。
裏通りから商店の立ち並ぶ表通りへと出ると、行き交う人々はちょんまげの武士や日本髪の町娘。
さらには一つ目小僧やケモ耳、どう見てもアンデッドな骨格標本も普通に歩いている。
さすがは異世界、想定内の想定外だぜ。
そして、かぶき者というのだろうか派手な着物の若い男が目につく。
長い髪を花柄のひもで縛りポニテにして、小花の着流しの上に般若と桜柄の羽織、飾りたてた槍をもち、くびには赤い数珠じゃらじゃら。
そんなヤツラがうようよしてるんだ。
フードつきトレーナーとワークパンツの俺と、修験装束の天狗は全然地味で目立たない。
どちらかというと俺が地味すぎて浮き気味だけどな。
ジミメンが原宿や夜の六本木に来てしまったかのような浮きっぷりと考えてほしい。
「さすが都はめずらしきものがありますな」
雨角は俺のチョイしたぐらいの年齢だろうか、かぶき者に興味があるようで服屋に出入りする彼らを目で追っている。
「祭りのようでござるな、にぎやかなものじゃ」
夏角はいかにも田舎者の挙動不審さでふらふらしてたら荷車にひかれかけて怒鳴られた。
都のメイン通りはかなり広くて10車線以上はある。
その広い通りの中央を荷車や馬車が行きかい、建物沿いには露天商が路上に商品を広げて呼び込みをしている。曲芸師もいれば飲食店の椅子も出て確かに祭りのような賑わいだ。
そして中央の馬車通りと歩道側の仕切りがないので、慣れてないとうっかり中央に出てしまい荷車に接触しそうになるというわけだ。
「おっ!寿司の屋台がある」
俺は目ざとく寿司の屋台を見つけた。
煮卵は大好物だけど、大好物ランキング8位ぐらいかな。
その上のトップ3に君臨する輝かしい存在が寿司なんだ。
屋台の立ち食い客をみると、ここの寿司はかなりでかい。
コンビニのおにぎり2個分はありそうだ。
つまむというよりハンバーガー的な感覚でかぶりつくもののようだ。
ネタは卵、ゆでタコ、ゆでエビ、魚の漬物、焼いた干物の5種類だ。
ここは内陸だし生魚がないのは残念だが、気になるのはその味だな。
寿司は1個50文だった。
安いかどうかまったくの不明だが客がいるってことは妥当な値段なんだろう。
節約したい俺は屋台のオヤジと交渉して、煮卵3個と魚の漬物の寿司1個を交換した。
「これが寿司なるものですか」
「ほう魚の漬物とな」
「なにやらすっぱいかおりがしますぞぇ」
俺はレベル999の指で巨大寿司を4つに切ると3人に手渡し試食タイムへと突入だ。
「寿司に似てるけど別モンだな」これが俺の感想。
酢飯は酢が薄いうえに甘みがない、いっぽう魚は濃い味でおかずを乗せおにぎりのようだった。
異世界寿司を味わってると、カラスが一羽飛んできて婆さんの肩にとまった。
婆さんは名前をかずらという。
「かずら姐さん、おひさしゅう」
かずら婆さんに声をかけたのは、江戸というより大正時代のような粋なお姉さんだ。
赤とベージュの縞の着物にエンジ色の羽織を着て、髪を髪留めで一つに束ねて肩から前に垂らしている。
「矢古さん、おひさしゅう」
矢古と呼ばれた女性は、天狗の里で聞いていたかずら婆さんの知人の1人らしい。
里からカラスを飛ばして連絡を取っていたようだ。
「里もたいへんでしたわねぇ、お見舞いにもいきませんで」
「あらぁ大角ちゃん、小角ちゃんも大きくなったわねぇ」
矢古は親し気に夏角、雨角に話しかける。
「おばちゃんのこと覚えてるかしら、ふたりのオムツも替えてあげたのよ」
「あえっ、大角はワシらの父君でござるが」
艶っぽい美女に肩に手をかけられて、緊張した夏角は声がひっくり返っている。
この矢古という女性はいったい何歳なんだろう。
一見、25,6歳だけど、推定40歳の大角のオムツを替えたとなると__。
「あらそうなの。最後に里を訪れてからもうそんなにたつのねぇ、10年、20年はあっというまねぇ」
矢古はそういってあごに人差し指をあて色っぽいしなをつくる。
「まぁ今晩はうちでゆっくり長旅の疲れを落としていってくださいねぇ」
おおぅ。どうやら宿代が浮いたようだ。かずら姐さんぐっじょぶ。




