ぬりかべの弟子入り。
「なんだこれは!?」
眼下に広がる光景の異様さに、さすがの俺も絶句した。
出雲国だっただろうその場所は、無数の亡者に埋め尽くされ、まるで地獄絵図の様相を見せていた。
亡者は映像でよく見るゾンビの長期熟成されたもの。
と、表現するのがぴったりな豪快な腐りっぷりだ。
まだ人間の肉が残り衣服を身にとどめる者もいるが、完全に白骨だったり、骨にドロドロの腐汁をまとわせた者もいる。
亡者たちの足元には、無数の亡者が作り出すうごめく腐肉の海がひろがる。
亡者に踏みつけられた者が、亡者の足を伝い這い上がり亡者を足げにし、また別の亡者に引きずり込まれて埋もれ流されていく。
その群れの動きはまるで、ドロドロした腐汁の流れをおよぐウジ虫の大軍のようだ。
そして、巨大なムカデや黒い甲虫、魑魅魍魎が亡者の肉をむさぼっている。
一瞬、目にするだけで総毛立つ、ここは地獄そのものではないか。
俺は龍化を解いて岩山の山頂にひとり腰をおろした。
「親父、お母さん。ごめんなさい。俺やっぱり仏門には入れません」
地獄も死者もこえぇわ!
やっぱり、こういうのを取り扱う商売は俺にはむいてない。
ダメ、ムリだから。
仏教系大学への進学は完全にあきらめて別の道を探すと決めました。
天狗の里の問題が片付いたら、元の世界に戻ってとりあえずバイトでも探そう。
岩山の頂の空気は澄んでいてひんやりと心地いい。
ふもとにはよどんだガスが充満してそうだけどな!!!
そうだな、神も仏も清涼な天界ですましてないでさ、地獄に降りて亡者たちを苦しみから救ってやってくださいよ。
俺にはムリだけど、汚れた箇所にこそ洗剤は必要なんで頼んますよ。
さてと、この場には神も仏もいないし、せめてものたむけに俺がお経でも読んでやるか。
もちろん俺は僧職なんかじゃないし、熱心な檀家さんの足元にもおよばぬ程度の知識しかもっていない。
でも、じいちゃんちが寺だったおかげでガキの頃から簡単なお経は教わっていたんだ。
さらに、じいちゃんちにはカラオケルームがあって、お経カラオケも充実していてミクバージョンふくめて一発芸用に結構練習したもんだ。
じいちゃん形見のiPodのお経全集もかばんに入れて常に持ち歩いているしさ。
ということで、お経は書けないし意味も分からず。
でも歌える俺が「とりあえず生」ポジのコレ、重誓偈を唱えてみた。
カラオケで鍛えた喉は、さすがな俺。
平野から見上げれば雲であろう霧が岩肌の山頂にかかる。
荒涼とした風景の中、風に乗せた俺の声は拡散し、あるいは束となって風に乗る。
ロケーション効果も相まって、我ながら感動的な誦経だぜ。
「グボおぉぉお」
鼻が詰まったいびきのような音にふりかえると、号泣する大岩こと、ぬりかべ父がいた。
「上人ざま、あでぃガでぇ、あでぃガでぇどお」
と、なぜか俺をおがんでいましたよ。
上人ってのは徳の高い坊さんじゃねぇか。俺そんな偉い人種じゃないし。
「龍の上人ざま、ぜビ、おでを弟子にじでグでどお」
ぬりかべに弟子入り志願されました!
大岩が土下座して頭を地にバンバン打ち付けると、それだけでもう山頂は崩れそうです。
「ちょちょっと、いきなり弟子入りとかさ。それよりどうやって登ってきたんだ」
ぬりかべをなだめるように俺がたずねると、
「おでだじ岩は空気より軽グなれっどお」
「鉄より重グも固グもなれっどお」
「透明にもなれっどお」
「弟子ざじでぐれだば、上人ざまのお役にだづどお」
と、なかなかおもしろいスキルもちであることを教えてくれた。
「空気より軽くなれるなら、自力で岩壁の間からぬけだせたんじゃないの?」
「手足みじケっし、壁押じでだら逆にはまっだどお」
「そういう時はさ、体の半分重くして半分軽くすれば、身体が斜めに傾いて抜けられるんじゃないかな」
「ざずガ上人ざま、知恵者でらっじゃるどお」
ぬりかべとそんな会話をしていると、クロとシロが山頂まで飛んできた。
ふたりの腰にはぬりかべの子供が5人ほど腕をつなげて輪のようになってくっついている。
空気より軽くできるという、ぬりかべの浮き輪だな。
クロとシロが頂きに足をおろすと、ぬりかベィビーたちはいっせいに「おっ父ぉ」と走ってぬりかべ父に抱きついた。
ほんと、こいつらおっ父大好きだよな。
クロはー目に△のくちからよだれがたれてる。
「総司、おにぎりの時がきた」
ずぃっと差し出す包みには、赤名が握ってくれたおにぎりのお弁当が入っていた。
お腹すいて待ちきれずに登って来たんだなこいつ。
おにぎりの具は肉みそと、刻んだ漬物の混ぜご飯のやつだった。
それから、山頂でみんなでワイワイと昼飯を食べ、塩漬け花のお茶をすすってなごやかな時間を過ごしたんだ。
地上の惨状を隠してくれた心優しい雲に感謝しながらね。




