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そうだ移住しよう。

大角に(そく)されて居間に向かうと、すでに夕餉(ゆうげ)の時間だったようで料理の膳が並べられていた。

赤名たちは俺の飯をよそうべきかどうかで、様子を伺いに来ていたようだな。


朝と違い、夜の膳は豪華だった。

雑穀米は朝と同じで、味噌汁の代わりに大根と軟らかい厚切り豚の入った汁もの、味噌焼きの鳥、叩きというよりローストビーフのような山盛りの赤身牛肉。

まるで肉フェスのような肉づくしだ。

客人は特別ってふうでもなく台所でも家人が肉をモリモリ食っていた。


大角に問うと、昨夜の毒の影響で家畜が大量死して、その始末らしかった。

うむ。すげぇな天狗族。

そこまで人畜に壊滅的なダメージを受けるとは、俺一人を殺るためにどんだけの猛毒を大量投入してくれてんだよ!?

龍化した俺が空中散布してなくても、そんなにヤバイ毒水をどばどば地に流したら地下水汚染されますよね?それなんていう自爆テロ?

田畑の作物も枯れてますとか、なんかもう年末恒例の笑っちゃいけない番組の刺客かおまえら。

ジワるにもほどがあるわ!


ぽかーんとしてる俺を前に、大角は深刻そうな表情を浮かべる。

しかしまた、その表情がツボって腹筋にひびく。

村の出入り口が封鎖されたのは5年前のことで、家畜はその当時から飼っていた村の貴重な財産らしい。

外部から新たに家畜をもってこれない状況で、田畑の作物も全滅となったらこの里の未来は決まったようなものだ。


毒の影響のない標高の高い山を切り開くか、里を脱出して別の場所に移住するしか道がないような。

「山には偽王がいて、こやつめがやっかいでのう」

「魚一つ獲るのでも常日頃より妨害され困っておりまする」


偽王、あの白髪頭のじーさんのことだな。

「その偽王ってなんだ?あのじーさんはいったい何者なんだ」

そう俺が聞くと、大角はこの異世界の「偽王システム」なるものを教えてくれた。

要するに、トカゲのしっぽ切りならぬ、トカゲの頭切りだな。

ひとつの国の負債、汚職、戦争責任などを国王一人にかぶせて追放する、その習わしと追放された国王を「偽王」と呼ぶようだ。


トップに責任をとらせるなど、どこの世界にも似たようなことはあるよね。

そう軽く受け取って、この時に「偽王」について深く詮索しなかったことを、俺はのちに後悔するはめになる。


「総司殿はお強い。里人に害をなす偽王を退治し、村を救っていただけぬか」

大角は真剣な表情で訴えた。

村人の依頼を受けてクエストを進めるのがゲームでの勇者の基本だが…。

俺にはじーさんが討伐対象には思えないんだよね。


「偽王はなんで天狗たちと敵対してるんだ?思い当たる理由はないのか」

「それはですな、安倍の清明殿に忠言いただきましてな、法力の糧とすべく偽王めの(いおり)を焼き、攻めたからですじゃ」

10年ほど前に偽王として追放されたじーさんの、滝の付近にあった別邸に火をつけ、天狗どもで取り囲み、とって喰おうと襲ったところ、じーさんは鬼のように強く天狗どもは撃退されたらしい。


は?それはじーさん怒って当然だよね。なわばりに近づけないよう威嚇もするよね。

それだけの力量があって、天狗たちを返り討ちにしなかったのはじーさんの温情だよね?

大角は咎めるような俺の目線をふっとそらした。


他者を襲い、奪うことが良しとされる、その価値観は現代の日本人の俺にはない。

でも、それが英雄となる時代と、英雄への称賛を否定もしない。

野生の獣の群れ同士がぶつかり合うことに善も悪もないように。

だから現代的には大角たちは極悪人であっても俺には受け入れの余地があるんだよね。

もちろん、改心し価値観を改めるという大前提でね。

俺は、これには時間と教育が必要だろうと思い始めている。


だいたい、元の世界で安倍の清明などという名の陰陽師がいたのは千年前のことだ。

その時代から菊理姫が千年眠っていたとするなら、時間の流れ的には、ここも元の世界と同じ西暦2000年頃なはずなんだよね。

隣国に中国がなくポルトガルやら黒船の影響がないと日本はこうも未発達な文化になるのだろうか?

この里の外には法治国家が存在するのか?宗教によるいましめは存在しているのか?

異世界に現代の価値観をもちこむのは正しいかどうかはわからない。

だが、せめて他者の命と財産を平然と奪うことを正道とはしては欲しくないね。



偽王じーさんと話し合えば和解する可能性もなくはないだろうな。

あれでいて懐の広い、心優しいじーさんだと俺は踏んでいる。

とはいえ山を開墾(かいこん)する間、食料はどうする。

蓄えも乏しそうだし、山のめぐみは180名の村人を養えるのだろうか。


「全員でこの里を出て、近くの国に移住するほうが簡単だろうな」

俺がそう提案すると、大角は目を見開いて満面の喜色を浮かべた。

天狗親父に微笑まれてもうれしくもないうえに、すべての元凶はお前だと考える俺の心境は複雑だ。

だが、駒を前に進めていかなくてはな。


陽が落ちて、すべてが夕闇に埋もれる中、貴重な油で行燈(あんどん)に灯りをともし、俺たちは移住計画について話し合った。

俺はこの里と、とりまく周辺諸国についてなんの情報ももっていない。

まずは夜明けを待って、内外の状況を確認することからはじめることにした。

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