天狗の里にきた。
そのころ菊理姫はというと、盛大に荒れ狂っておられました。
「総ッ!総ッ!!菊理の殿をいづこへやりしや!!」
床の間の花瓶は割れ、几帳は倒れ、ふすまは二つ折り、畳はめくれる。
その怒りの矛先は室内にとどまらなかった。
「菊理姫様、どうぞお静まりください。彼の者はしょせんは流れ者、自ら去ったのでございます」
「たばかるでない!総と菊理は二世を契ったのじゃ」
三目鬼は姫の怒りにあてられて、三目が二つ目になっている。
頭半分を失っても平静な三目鬼はさすが地獄の鬼王いうべきか。
「どうあってもお帰りいただきます。姫様には流れ者に関わってる時間などございません」
「我をたばかる達者な口は、吹き飛ぶが良いのじゃ」
「姫様、わたくしは黄泉の国の獄卒をまとめる鬼人でございます。肉体は再生いたしますし、そのようなことは何の意味もございません」
床に伏せてなげいていた菊理姫はゆらりと立ちあがる。
「ならば三目鬼、そなたを鶏地獄に落とし、終古、臓腑を炎鶏にくらわせようぞ」
「…ひっ姫様っ」
菊理姫こぇぇ。離れて良かったよ。な、惨状だったのを山中にいた俺は露ぞ知ることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
細いけもの道を行くと木々の隙間から人里が姿を現す。
20戸ほどの簡素な木の家、ところどころに茅葺の屋根も見える。
切り立つ岩に囲まれて段差の激しいこの村は、外部への行き来も厳しそうな寒村、隠れ里といった風情だ。
クロとシロの翼は大きくなったとはいえ腰あたりまでの大きさでしかない。
村を囲む岩壁を飛んで越えることはできなさそうだ。
いまも飛ぶというより、翼は木の枝を蹴って跳ぶときの補助的な使い方をしている。
「父君およろこび。歓迎の宴するよ」
クロはカラスと会話できるようで、カラスを使って村に連絡を入れてくれていた。
岩場を下ると村の入り口となり、村人たちが出迎えてくれる。
「ワシは大角この村の長じゃ!娘をお助けくださり感謝致しますぞ!旅の行者殿、歓迎致す!!」
大柄な村人の中でも、ひときわデカイ身体の…そう天狗だな。
独特の長い鼻は見まごうことなき天狗。
クロとシロの父君らしい大天狗が、歓迎の挨拶をしてくれた。
身体はデカイ、ただ、背中の翼はしおしおしていて、娘たちと同じく腰までの大きさだ。
大天狗に肩をバンバン叩かれながら村へ入る。
この村は入ってすぐに水場があって、石で囲んだ浅い用水池と、その横に同じような造りの用水池、ここは湯気が立っている。
この村にも温泉が湧いてんだな。
またその水場近くには、身体を洗うような場所と、たぶん合同だろう調理場があり、調理場では数名の村人が煮炊きを始めている。
そして、柱に板を乗せただけの素朴な作業場があって、どうやらそこでは塩を作っているようだ。
「山塩ですじゃ!温泉の湯を煮詰めておるのです!」
塩分を含む温泉から塩がとれるらしく、それをカラスに町まで運んでもらって酒や布などと交換しているとのことだ。
軒先に作物や野草がつるしてあったり、侘しいながらも堅実な村の生活がうかがえる。
この「ガハガハ」いう村長が意外と真面目な性格で、堅実姿勢が行き届いているんだろう。
そんな感じで村を散見しつつ、俺が案内されたのは、村の奥の岩に囲まれた広場だった。
広場の真ん中には石造りの舞台。
その奥に急ごしらえの足場の上に板をしいただけの座敷席がある。
横長で広さは10畳ぐらいか。
座敷席の中央に藁でできた円座と脇息が二つ並べてあって、俺と大角がそこに座った。
大徳利の酒、干魚、鳥や芋といった素朴な料理が俺の前に並べられていく。
そろそろ陽の傾く時刻、あちらこちらに立てられた三脚の火籠に火が入り天狗の里の宴会が始まった。




