どことなく、内海麗はかわっている。
呼ばれて飛び出てジャジャンジャジャーン。
場所は職員室。寄り道せずにまっすぐ向かったつもりだったが、内海麗は俺よりも先に職員室に到着していた。
失礼します、と小さく挨拶をした後呼び出した張本人、安城天音の机へと足を運ぶ。スキニーパンツがよく似合う細長い足を組み、ボールペンで机をリズムよく叩いてる。顔色を伺う限りどうやら彼女の機嫌はよろしくないらしい。
「どうかしたのか?姉貴」
「阿呆か、それはこっちのセリフだ」
キリッと鋭い眼差しでこちらを睨む。怖ぇよ。そんな顔するから彼氏できねぇんだよ–––––と苦言を呈したくもなったが、余計なお世話をすると全力で殴られかねないのでやめた。
「愚弟よ、なぜ呼び出されたか分かってるのか?」
「愚弟って……」
久々に聞いたぞその単語。つーか俺に愚かな要素ってあんのか?……あ、ありまくりでしたすみません。
「今日、また数学をサボったらしいな。心から聞いたぞ」
心、とは俺の数学の担当教員である小牧心先生の事だ。姉貴の昔からの友人であり教員仲間で、性格は男勝りの姉貴と反するように女の子っぽく、マシュマロみたいに内面からも外見からもふわふわ感を醸し出す女性だ。少しでもいいから姉貴にそのふわふわ感を分け与えて欲しい。
「ただでさえ毎度赤点を取っている数学でサボりとはいい度胸だな。次休んだら雷撃の槍が飛んでくると思え」
「いつから超電磁砲使えるようになったんだよ……」
甘々な小牧先生に比べ姉貴はすげぇ厳しい。これは愛情の裏返しだ、なんてドヤ顔で言ってのけているが、そんなツンデレな愛情いらねぇっつーの。甘々な先生と鬼怖い先生、ジャガーソングとビターステップかよ。甘くて苦くて目が回りそう。ちなみにシュガーソングとビターステップに飴と鞭なんて意味はない。
「数学だけに限らず、以降授業をサボらないように。お前はなんのために学校へ来ているんだ?たく、私があれこれ手を回してお前の留年を回避したというのに、恩知らずにもほどがあるんじゃないのか?」
「んなこと頼んだねぇっての……」
「あ?なんか言ったか?」
いや何も、と答える。怖ぇよ睨むなよ、なんでそんな睨みつけんだよお前ポケモンなの?防御力下がんねぇよ。
まあいい–––––と姉貴は体をもう一人の問題児、内海のところへと向けた。
「内海、君はなぜ呼び出されたか分かってるのか?」
「まったく」
即答だった。恐れ知らずにもほどがある。
「……提出するように言った反省文、これはなんだ。ふざけてるのか?」
姉貴は例の問題だらけの反省文を彼女の前に出した。いつみてもひどい出来だ。
「私は本当のことを書いたまでです」
顔色一つ変えずに彼女はそう言った。というか、何言ってるのこの人?と言いたげな顔をしながら自分の長い髪を軽く払った。その清々しい態度に一瞬尊敬の眼差しを向けそうになったが、よくよく思い返すとこいつ今怒られてるんだよな……。
はぁ–––––と大きくため息をついた後、姉貴は眉間を指でつまみ、困った表情を見せた。
「内海、お前は紛れもなく学年でトップの秀才だ。きっとお前がこれから先一位を譲ることはないだろう。だがな、人間性というか、性格は下の下、クズ中のクズだ。それも亜沙也となんら変わらないレベルのな」
「こんな男と一緒にしないでください」
「全くだ。つーかなんで俺がクズ代表みたいになってんの?どう考えてもこの女の方がクズだろうが」
「自分の事を棚にあげるな馬鹿者」
「くそ、そっくりそのまま返してぇ……」
そして再び、姉貴の言葉は内海へと向かって語られる。
「なあ内海、お前ほんとにこのままでいいのか?人間一人では生きていけないんだぞ?人という字はな」
「何八先生ですか……そんなのいいんで。それに古くて時代を感じます」
言葉を遮るように、頭は冷たい視線でそう呟く。
「ふ、ふるい⁉︎賞味期限切れ⁉︎」
古いって言葉に弱すぎだろ……。
「そこまでは言ってませんけど……でも、先生はまず自分を支えてくれるパートナーを見つける事が先決だと思いますけど」
「ぐはぁっ!」
勢いよく机に顔を伏せる姉貴。効果は抜群だ!姉貴の目の前が真っ暗になった……。
「おい、的を射てる返しはやめてやれ」
「そうね、時に真実は人を傷つけるものね。今のですごく勉強になったわ」
……なんだろう、こいつの場合これからもこの攻撃で人を傷つけそうでならない。
内海と初めて話した時から今までで感じた事は、彼女の中で美点と言えば容姿とおしとやかな雰囲気だけだろう。蓋を開ければ西の魔女どころか、東西南北全ての魔女が死んでしまうんじゃないかってほどの悪女だ。なんならこいつが魔女なんじゃないのかって疑うレベル。ちなみに『西の魔女が死んだ』は読んだことない。
まあ俺とこいつが関わる事は二度とないと思うから、どうでもいいことか。
このままだと大事な昼休みが無駄になってしまうと思った俺は、無言で彼女らに背を向け職員室の出口へと向かう。
「あら、どこへ行くの?」
「昼休みが無駄になる。どうせ俺を呼び出した理由はサボったことの注意だろ?なら既に終わった。だから俺は戻る。じゃあな」
「待て亜沙也、まだ終わってないぞ」
振り返らずにそのまま職員室を出て行こうとしたその時、姉貴の声が俺の足を止めた。生きてたのか、結構ダメージ食らってたのに……。
「私がただの説教だけで二人同時に呼び出すわけがないだろ。意味があるんだよ意味が」
チッチッチ、と古い行動を取る姉貴。
「君達には、今から清掃活動をしてもらう」
「「清掃活動?」」
俗に言う奉仕活動なのだろうか。
「まあそんなもんだ。旧校舎の四階に昨年廃部した文芸部の元部室がある。そこを君達の部室として使いたいから清掃してもらう、と言うことだ」
ふーん、なるほど。全く意味がわからん。
「……先生、聞き間違いかもしれませんが、いま、私達の部室として使いたいと言いましたか?」
「そうだが、何か問題でも?」
「大ありです」
内海は目を細めて姉貴を見つめる。「てめぇなに勝手なことしてくれてんだオラァ」みたいな雰囲気を込めた目をしている。
「部室、と言うことは部活動に所属しなきゃ使用できません。安城君がどうかは知りませんが私は帰宅部です。部室なんて使う権利はないはずですが」
なるほど、こいつがなにが言いたいのかは分かった。
清掃をし、晴れて部室を使用する権利を獲得する、つまりは俺たちは強制的に部活生になると言うことだ。
悪質にもほどがある。引き込み方がうますぎて姉貴が詐欺師に見えてきた。
ちなみに俺も当たり前のように帰宅部だ。よって学校に部室など必要ない。もっと言うなら家が部室みたいなもんだからすぐさま帰路につきたい。下校時間まで学校にいるなんて耐えられないしそんな学校大好きな不良、俺は見たことない。
「ほう、やはり学年トップは頭の回転が早いな。ご名答、私は君達に部活動をしてもらいたい。だが心配しなくていい、運動部ではないから体力なんて必要ない」
「その、やる前提で話されても困るんですけど……」
そこには俺も大きく同意だ。俺の大事な放課後ティータイムを奪わないでほしい。まあ家帰って寝るかゲームするかしか選択肢ないけどな。まずティーとか飲まないし。
「内海、亜沙也、君達は分かっていない。これは一種の罰であり君達の性格改善の場となる、いわば刑務所みたいなものだ。過ちを犯したくせして刑務所には入りませんって言っても、そんなワガママが許されるわけがないだろう」
「横暴すぎんだろそれ……」
「言っておくが、異論反論質問口答えは一切禁止だ。万が一にも逃げた場合は内申に大きな損害が出ると思え」
「職権乱用にも程がありますね……」
なんとでも言え–––––と姉貴は笑ってみせた。全然可愛くねぇ。
「では今日の放課後、ホームルームが終わり次第文芸部の元部室前まで来るように。さっきも述べたが逃げたら大変だぞ?とりあえず留年は覚悟してもらうことになる。そこまでは私もしたくないから必ず来るように。内海、私の愚弟が逃げようとしたらその時は頼むぞ」
「いや、そんないい顔で頼まれても……」
「そうそう。まず逃げねぇから気にすんなっての」
俺の場合逃げたら家でサンドバッグにされる結末が待ってるからな。学校でも家でも殴られるとかどんなダブルパンチなの?ポテトチップスかよ。
もういいぞ、と言われた俺たちは揃って職員室を後にして、残り時間わずかになった昼休みの過ごし方を考える。
普段なら中庭で隠れるように設置されたベンチで一人ランチを楽しむのだが、あいにく残り短い時間でのんびりご飯食べてる余裕などない。サボろうと思えばサボれるが、そんなことしたら姉貴の超電磁砲を食らう羽目になる。だから仕方なく授業には出る。真面目に受けるかどうかは別問題だが。
「ちょっと」
「あ?」
突如並んで歩いている内海に声をかけられた。すっかりこいつの存在を忘れてた。ほら、ぼっちって基本一人行動だからすぐに自分の世界に入ってしまって、そうすると周りの世界が見えなくなり、他人の声が聞こえなくなる。だからいきなり話しかけられたりすると、威嚇みたいな返事になるか、「ひゃうぃ!」なんて阿呆極まりない返事をしてしまう。ソースは俺。
「どうして私と同じ方向に向かっているのかしら。ついてこないでくれる?」
「いや、俺も教室に戻るつもりなんだが」
「そう–––––あ、でも一年生の教室ってここじゃないわよ?」
「俺は留年してねぇっての。二年B組にちゃんと席があんだよ」
「……それはなんの冗談かしら」
「は?」
え、なに、新手のいじめ?「オメェの席ねぇから!」のおしとやかバージョン?んなレパートリーいらねぇ……。
「いや、ごめんなさい。あなたが二年B組だったなんて、今知ったのよ……」
目をそらし、小さな声で謝罪する内海。おい、いきなり素になって謝んな。真剣度が増すだろうが。
彼女はそれから一切毒を吐かずに階段を上がった。毒を吐かなきゃ普通の美少女なんだけどな……どうしてこう神様って余計な付加価値つけんの?バカなの?そんな事だから日常でラブコメなんて起きねぇんだよ。
舞原高校は新校舎の二階が三年生、三階が二年生、旧校舎の四階と新校舎の四階に一年の教室がある。
俺らが三階に到着したその時、あろうことか内海はもう一階上の階へ上がろうとしていた。
「おい、どこ行くんだよ」
「?……どこって、教室なのだけど」
キョトンとした顔をして内海は顔を傾げる。
もしかしてだが、こいつ–––––。
「二年の教室、こっちなんだけど」
「……あっ」
明らかにやってしまった–––––って顔を露わにし、彼女は赤面する。
オッケー分かった確定した。
こいつ方向音痴だ。
「……分かってるわ。最近運動不足が気になっていたから、一段でも階段を多く登ろう」
「あー、んなのいいから。早くしねぇと遅刻するぞ」
「……」
無言で降りてきたかと思ったら肩を軽く殴られた。地味に痛い。
「なにをしてるのかしら。急がないと遅刻するわよ」
「それ今俺が言ったんだけどな」
内海はそんな俺の声には答えず、先ほどよりも速いペースで歩き始めた。
まあなんだ。存外、ただ単に性格の悪い奴というわけではなさそうだ。