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安城亜沙也は思う。

 屋上は今日も静かで、そして四月特有の涼しい風が吹いていて気持ちがよかった。

 沖縄県立舞原高等学校、南の島の真ん中あたりにある、進学校でもなければ不良の揃う荒れた高校でもない、至って普通、言い方を変えれば特色のない学校だ。


 俺はヘッドフォンを外すと同時に目を開けて空をのんびりと流れる雲を見つめる。お昼前だからか、変わった形の雲を見ていると突如お腹が鳴り出した。

 今は四時間目の真っ只中。この授業が終われば皆我先にと購買へ走り、人がゴミのように集まる場所でパンや弁当を購入するんだろう。よくもあんな人混みに入れるよな–––––と、弁当持ち込み組の俺は毎度呆れた眼差しで見つめている。

 今日も普段通り授業をサボって、やる事もしたい事もないままに、当たり前のように屋上で寝そべっている。

 暇を持て余しすぎて思考回路が無駄にフル回転し、どうでもいい事ばかり考えては時折大きくため息をついていた。

「なんか楽しいことねぇかなー」

 盛大にあくびをした後、俺は一人呟く。


 この高校に入学し一年が経過し、俺はなんとか二年生に進級することができた。留年が決まったら退学を考えていたが、姉であり生徒指導部の先生、安城天音あんじょうあまねがあれこれいらん手を回し、俺を学校に留めるよう仕組んだらしい。補習で赤点をとったにも関わらず、今こうして学校に席があるのは、全て姉貴の手回しの結果だ。


 この高校は偏差値の高い高校とは口が裂けても言えないが、バカで、周りからは不良と呼ばれている俺からすると話は別だ。特に数学とか何あれ。サインコサインタンジェントっていつ使うんだよ。兄弟が別々に家を出る意味もわからん。あと弟は歩きで兄は自転車とかいじめなの?母ちゃん自転車買ってやれよ……。


 まあ数学への不満と苛立ちは置いておくとして、俺は現状に満足などこれっぽっちもしていない。だから口癖のように「楽しいことねぇかなー」と呟いている。


 青春とは何か–––––俺はいつだったか、それをネットで調べたことがある。

 俺たちの親世代の青春といえば盗んだバイクで走り出したり、夜の校舎窓ガラス壊して回ったり、ガードレールに花添えて青春あばよと告げたり–––––誰かが歌詞に書いたような光景が実際にあったらしい。

 だがしかし、今の時代そんなことしたら確実に大問題だ。窓ガラス壊して回っていいのはひぐらしの世界観だけだ。いやあれも良くねぇか。


 俺は時折クラス内で見かける、俗にいうリア充達の行動を思い出す。

 彼らは特に中身のない話をしてわ「それな」とか「まじそれ」や「ほんとそれ」なんて呟いては爆笑しあっている。あまりにも使用する言語が少なすぎるため、あいつら本当に日本生まれで日本育ちの日本人なの?と疑いの目を向けたくなる。


 もちろん、そんな阿呆丸出しのグループとは違い、ミサイルがどうとか株価がどうとか、高校生っぽくない会話をしてる輩もいる。あと休み時間に友達とイカをやってる奴とかな。あれには俺も心の底から混ざりたいと思っているが、不良というレッテルを貼られ既に校内では浮いている俺が「ちょ、俺も混ぜてくれよ」なんて言えるわけがない。ほんと、俺の存在浮きすぎてそろそろ舞空術習得できちゃうレベル。そのうち教室から光の如く消えて家に帰るから瞬間移動とか覚えそう。俺、天下一武道会に参加できんじゃね?


 閑話休題。


 これは俺の意見だが、青春とはつまり時間の無駄遣いだ。

 卒業したら会うかどうかも分からない連中と、明日になったら忘れてしまいそうなどうでもいい会話をし、ピーマン並みに中身のない日々を過ごす。それを楽しいと思い込み、それがなくなる手前で寂しいや終わってほしくないとか、働きたくないとか言い始めるに違いない。

 高校生っていうのはそんな奴らだらけだ。誰もが一人だと辛い、寂しい、可哀想などという固定概念に縛られているがために、無駄に他者とつるみたがる。それが今の普通だ。

 きっと、そんな普通が嫌で俺は捻くれ始めたのかもしれない。元々一人が好きでワガママで、当たり前のように喧嘩をし、ムカつく奴らは片っ端から殴り飛ばしてきた。そしていつしか不良と呼ばれ始め皆から避けられ、怯えられ、恐れられた。


 だからなんだ–––––と俺は今でも思う。不良と呼ばれようが友達がいなかろうが、俺は俺の青春を過ごす。一人でこの島の景色を眺めながら、花嫁修行と題して姉貴が作った不味い弁当を食べる。

 それが、今の俺の青春だ。



 四時間目の終わりを告げる鐘が鳴り響く。心なしか校内が少し騒がしくなったのを感じた俺は、体を起こし出口の方へと向かう。

 昼食時間や放課後は、ここ屋上を吹奏楽部が独占している。仲睦まじく飯を食べたり楽器を吹いたり胸を揉み合ったりスカートをめくりあったりとゆるゆりな時間を過ごしている。つーかなんで女子って女友達には簡単に胸揉ませるくせに、男友達には揉ませてくれねぇのかな。ここで男女の不平等さをしみじみと感じる。まあ俺には男友達どころか女友達すらいないけどな。


 またしてもどうでもいい考え事をしながら歩いていると、目の前に一枚の紙がヒラヒラと舞ったのが見えた。慌てて俺はその紙を掴み、そして開いてなんの紙かを調べる。

『反省文。二年B組内海麗』

 それは、原稿用紙に綴られた作文だった。それもたまたまか、俺と同じクラスの奴の物だ。


【学校生活、正直に言うとつまらないです。うわべだけ友達ぶってる人達と仲良くする理由が分かりません。

 今日も私が一人でいるもんだから、可哀想と感じ憐れんだ目をしながら東海さんは話しかけてきました。その行為がかなり面倒で鬱陶しいので私は無視しました。すると彼女の態度は急変し、『あのさぁ、友達いなそうだからわざわざこっちから話しかけてあげてんのに、無視はないでしょ無視は?ちょっと可愛いからって調子乗りすぎじゃない?』と突っかかってきました。

 ああ、またこのパターンか。と思った私は彼女に《《軽く》》言い返しました。すると彼女はまるで幼子のように大声あげ泣き叫びました。

 それでクラスは大騒ぎ。案の定この騒ぎを聞いた安城先生に呼び出され、今こうして反省文を書いています。

 だからといって、私が変わることはありません。ペンを持つ右手は改心するなんて書きますが、内心改心する気はありません。

 悪いのは私じゃない。間違っているのは私じゃない。間違っているのは皆が当たり前と謳っている学校生活だと私は思います。】


「……」

 言葉を失った。おいおいまじかよ。『右手は改心すると書く』とか言ってるけど、そんな文章どこにも見つかんなかったぞ。あと反省のはの字もねぇじゃねぇかよ……。

 この内海とかいう奴が起こした事件を、俺は知っている。朝、俺が二時間目の前に登校した時、彼女はクラスメイトと口論になっていた。あまりにも静かな空間で女子が怒鳴っていたもんだから、それは嫌でも目に止まった。


 大声を出す東海とかいう女子に反し、内海は終始平常心を保っていた。

 だがこの作文、一つだけ大きな嘘を書いていることに俺はすぐに気づいた。

 内海は《《軽く》》言い返した–––––なんて書いているが、あの言葉は誰がどう聞いても軽くなんかなかった。テレビだったらP音どころの騒ぎではなく、放送中止レベルに達してしまうほどの返しだった。さすがの俺でも結構引いた。


 女子にも問題児はいるもんだな–––そう小さく呟いて屋上を後にしようとしたその時だった。

「人が書いた作文を持ち帰るなんて、私の隠れファンでもそこまでの熱烈なアピールしないわよ。なに、その作文今夜のオカズにでもするのつもりなの?」

「あ?」

 カチンと来るような言葉が聞こえた俺は、三歩ほど下がって声が聞こえた方、すなわち扉の上にあるタンクの方を睨んだ。

 そこには、一人の女子生徒が平然と本を読んでいた。


 間違いない、この女が内海麗だ。と俺は確信した。

「お前の作文か?」

「そうね。私が持っていたのだから私の作文で間違いないでしょうね。どっかの誰かさんとは違って、私は人の作文に興奮するような変態ではないのだから」

「このアマ……」

 ふふっ、と小馬鹿にするように内海は微笑んだ。こいつ、言葉だけじゃなく行動一つ一つもすこぶるムカつくな……。

「勝手に読んだことは謝る。悪かったな。あと誤解なんだが、俺はこれを姉貴に……違くて天音先生に渡すつもりだったんだよ」

「天音先生?ああ、安城先生の事ね」

 パタン、と本を閉じた彼女は立ち上がり、文字通り上から目線でこちらを見つめる。軽くでも風が吹けばスカートの中は丸見えだ。

「今変なこと考えたでしょ?文字フェチくん」

「勝手に訳のわからん性癖をつけるな」

 聞いたことねぇぞ。そんな摩訶不思議なフェティシズム。

 またしても彼女は家畜を見るかのようなムカつく表情を作る。クッソ、殴りてぇ……。

「今降りるから、その作文持っててちょうだい」

 彼女、内海はなにも恐れず錆びついたハシゴに足をかけ、急ぎで降りてくる。ちょうど真ん中あたりで風が吹いた時、彼女のパンツ(ピンク)が見えたが、それは見えていないことにしてなにも言わなかった。言って躊躇なく襲いかかってこられても困る。俺に女を殴る趣味はないからな。


「返して」

 降り切った彼女は俺の前に立つやいなやそう言って左手を伸ばした。

「可愛くねぇな、お前って」

 言われるがままに、反省文というかほぼ日誌と課した用紙を手渡す。受け取った彼女はそのあとはなにも喋らず、そのまま屋上を後にした。


 なんなんだ、あの女。

 まあ、考えてもしょうがない、というか意味がないことだ。俺は頭を振り冷静さを保とうと努める。

 大きく深呼吸をした後、俺は彼女に続くように出口の扉に手をかけた。

 その時だった。今度は校内放送が流れ始めた。


「えー、二年B組の安城亜沙也、同じく二年B組、内海麗、四十秒で支度して職員室に来るように。めんどくさいから繰り返さない。早く来い」

 声でわかった。姉貴だった。

 校内放送でめんどくさいとか、我が姉ながら肝っ玉の据わったやつだと感心した。一瞬惚れそうになっちまっただろうが。

 ここで姉貴の意に反しばっくれたりでもしたら家でボコられるのがオチなので、俺は重い足取りで職員室へ向かった。


 ……つーか、あの内海も来んのかよ。行きたくねぇなぁ……。







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