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Calm Eclipse  作者: 天谷吉希
1/9

*話『ちょっと待ってよ』

 * * *


「ほら、早くっ。走りなよ、速く」

「ちょっと待ってよ。走ると危ないよ」

 彼女がそうやって急かすから、オレは少しだけ足を動かす速度を上げた。彼女はオレの手を引いて、心底楽しそうに、そして期待に満ち溢れた笑顔を向けるから、どうも調子が狂って良くない。

 一般的な思考で言えば、今日という日は確かに祭りのようなものであり、街中が普段以上の活気に包まれるのも分かる。その気に充てられて高揚するのも分かる。

 だが、冷静になって真相を考察してみれば、あまり歓べたものでもないはずなのだ。

 市井とは呑気なものだ。オレは嫌いじゃない。

「ペルーっ、こっちだよ、急いで」

 彼女が人混みをかき分けて大通りの方に向かって行く。壁門の付近だ。無数の人だかりが早朝から犇めいており、目をやるだけで辟易する。しかし、彼女は物怖じせず、むしろ嬉々として熱気に包まれる。僅かばかり、羨ましいと思った。

「メディ、財布、掏られるよ」

 祭りの雰囲気に高揚した彼女の後姿は随分と無防備だった。注意力が散漫なのは彼女の気質なのか、これまでに財布を掏られた経験は一度や二度ではないと言うのに、今日も自身の所持品に全く気を向けていない。特に今日はこの人混みである。手癖の悪い者達にとっては、正に稼ぎ時だろうに。

「大丈夫、今日は財布持ってないから」

 そう言って差し出された彼女の手には数枚の紙幣が握られていた。祭りを楽しむには心許ない金額だが、有り金全部掏られて何も出来ない祭日も経験した彼女の事だから、僅かでも所持金が手元にあるならば余程増しなのかも知れない。

 彼女は存外、強かだった。

「あっ、こっち近そう」

 そう言って彼女は更に人の波に突き進んでいく。人を押し退けるのに邪魔だと思ったのか、紙幣を裾の裏に隠すのが見えた。きっと、数刻後には掏られて無くなっているだろう。

 結局、彼女が額に汗を滲ませながら分け入り、辿り着けたのは目的の途中までだった。此処から先は密度が高過ぎて進むのは諦める他なかった。

「観えるかな。見えたら良いね」

「どうかな。背の高い乗り物で通ってくれたら何とか観えるかも」

 眼前に広がる人の壁の先には、今は遮られて見えないが、街の大通りが伸びている。二頭引きの大型馬車が二台並んで尚、余裕があるような広大な通りだ。壁門から街の解体塔まで真っ直ぐに続く石畳の道は、普段は数え切れない買い物客で賑わっている。

 だが、今日に限っては大通りを通行する一般人はいない。封鎖されているのだ。

 理由は実に単純で、今日これから数刻内にこの大通りを都市外から出向して来る要人が通行する予定だからだ。

 凡そ一か月も前の話になる。この街に拠点を置く中小規模の征伐屋フォームの人員が、街の南西にある山脈の中腹で超巨大な怪物リタルナを確認したのは。山すら跨ぐ弩級生物で、未確認の新種である。凶暴性、食性、資源力等、一切が不明な怪物だが、一歩動くだけで大地を破壊する巨大生物の存在を放置出来るはずもなく、喫緊の事態を悟った『北西都』ランダイと『西都』イーウェの共同による二都市を挙げての大遠征が敢行される事と相成った。

 この街、つまり『北西都』ランダイの最大征伐屋フォーム心の平行ハーツ・サーテ』が主軸となり、『北西都』や『西都』、近隣町村問わず、あらゆる規模の征伐屋フォームから名立たる討伐士ソーサラーを招集する大事業である。

 失敗の許されない大遠征。ここ数年で最大規模の遠征となるだけに、招集された人員も並みの討伐士ソーサラーとは格が違う。一討伐士ソーサラーでありながら、要人として扱われる程の知名度。街を移動するだけで一つの祭日としてすら扱われる重要性。それ程の人物を掻き集めた事実は、この人混みを一目見ただけで十二分に理解できる。

 とはいえ、街の南西の山脈は、少し高い屋根に上れば、遥か遠くにだが一望可能な距離である。そんな間近に山より巨大な怪物リタルナが居ると言うのに、皆揃いも揃って暢気なものだ。こうして討伐士ソーサラーの歓迎式など開いている間に、件の怪物がこの街を踏み潰す可能性を考えないのだろうか。

 いや、もしかすると、不安だからこそ、盛大に討伐士ソーサラーを持ち上げて強がっているのかも知れない。また、考え方を変えれば、遠くの山脈には街を踏み潰す怪物リタルナが鎮座しているが、街壁を越えた直ぐそこの平野には人を食い殺す怪物リタルナが無数にいるのだ。危険な状況は一月前に発覚した訳では決してない。

「ペルー、肩車して」

「……壁門が開いてからね」

 少なくとも彼女は街が怪物リタルナに破壊される危険性など端から考えていないようだった。未だ幼いと言える年代だから致し方が無いのだろうか。純真な彼女の根底には討伐士ソーサラーへの無条件の信頼などもありそうだ。

 確かに討伐士ソーサラーの活躍で人々の平安が守られている事実は大きく、疑いようもない。

 しかし、オレの感覚では、討伐士ソーサラーは感謝し尊敬する対象でこそあるが、信頼を抱く対象ではなかった。彼等の仕事は直接的には、街の防衛ではないからだ。

「ところでさ、ペルーは先週の公示板読んでたよね」

 当然である。今の時代、社会の動きは事細かに知らねば商業は上手く運ばない。オレは未だに伝手も何もない子供だが、将来を先取りして情報は収集していくべきなのだ。今日のこの出来事も、いつかは利用価値が生まれるかも知れないから態々時間を割いて出向いているのだから。

「だったら、これから誰が来るか知ってる?」

「メディ、まさかどんな討伐士ソーサラーが来るかも知らないで、そんなにはしゃいでたとは言わないよね」

 祭りの雰囲気に呑まれるにも程があると言うものだ。そもそも、今日は彼女の方から歓迎式の観覧に行きたいと言い出したと言うのに。

 しかし、実際に遠征に参加する討伐士ソーサラーの情報を頭に入れている者など、この人混みの中にどれだけ居るだろうか。勿論、『西都』から出向してくる主力の三名程度なら大半の人物が知っているはずだ。むしろ、今回の歓迎式はその三名の為に、あるいは中でも最も知名度の高い一人の為に開催されると言っても過言ではない。

「『西都』や近隣の町村から凡そ百三十名の討伐士ソーサラーが出向してくる事になってる。その内、異称持ちは十名で、特に有名なのは『拳神』『雄帝』『鬼女王』の三人だね。遠征自体には『心の平行ハーツ・サーテ』の討伐士ソーサラーも多く参加するから、歓迎式では『生帝』や『劫火王』の姿も観えるだろうって話だよ」

「『雄帝』様っ、素敵ね。一目でも観たいね。でも『万帝』様は来ないの?」

「他の都市から討伐士ソーサラーを呼ぶって事は、その都市の守備が手薄になるって事だから、『西都』の異称持ち全員を招集って訳にはいかないよ」

 実際の話、『拳神』がイーウェを離れるだけでも、とてつもない英断だ。余程、山脈に居座る怪物リタルナを危険視しているらしいと推察できる。あるいは、新進気鋭の『万帝』や『新緑王』に絶大な信頼を置いているからだろう。『西都』に於いて神位が空席など、通常では有り得ない。

「へー。まだ来ないのかなぁ」

 彼女は都市間での力関係や、土地柄毎の危険性などには全く興味がないらしかった。喫緊の脅威は明確であるし、興味の対象は直ぐ目先に広がっているのだから、彼女に詳細の理解を求めること自体が無謀と呼べる状況なのは間違いない。

 大衆の多くが、そうなのだろう。有名な討伐士(ソーサラー)には心惹かれるが、征伐屋フォーム内の雑事には関心を抱けない。

 大衆が期待するのは華やかな討伐の成果だ。それは興業なのだろう。大通りに犇めく人の波が、無数に並んだ出店の活気が、如実に物語っている。

「あ、壁の上が騒がしいよ。『雄帝』様が来たのかも」

 彼女が気付いた通り、街壁の上部では、衛士達が忙しなく動き回り、微かにラッパの音なども聴こえてくる。開門準備の合図だ。あの甲高い音色を号令にし、壁上の衛士は壁の外に降り立ち、門の付近をさ迷う怪物リタルナの駆除を開始する。そして周囲の安全確認後、壁門は開かれるのである。

 現在、壁門が開かれる理由と言えば、やはり『西都』からの来賓が到着したからだろう。壁上の騒々しさに感化され、群衆も俄に盛り上がり、遂には歓声など上げ始めた。開門までは今暫く時間が掛かるというのに、気の早いものである。

「すごいよ、ペルーっ。すごいね、すごい」

 彼女が最早、何に対して盛り上がっているのかは、オレには勿論、彼女にすら分かっていないのは明白だった。大衆は壁門を指差して何かしら叫んでいるようだから、彼女も真似して小刻みに飛び跳ねている。しかし、口から出てくるのは「すごい」とか「わっ」とか、要領の得ない感嘆ばかりだ。

 よくよく周囲の男達の叫び声に耳を澄ませてみれば、どうやら彼等は怪物リタルナの駆除を望んでいるらしかった。街壁に向かって、または衛士に向かって怪物の征伐を望んだところで全くの無意味のはずなのに、群衆は討伐士ソーサラーに声援を送っていたのである。

 オレはこの無用な熱気に乗れそうになかった。

 壁上の衛士が壁門付近の怪物リタルナを殲滅するまでの数刻の間、この調子の盛況が暫く続くだろう事が予想出来た。隣で騒ぎ立てる彼女などは、開門まで見届ける事なく途中で飽いて帰りたがるのだろう。朝食も碌に取らずに飛び出して来たのだ。騒々しい活気に包まれているより、屋台でも回って飯でも食った方が良いのだろうなぁと思った。

 少し振り返ってみて、大通りから逸れた何本もの通りに幾つも出店が姿を現しているのを確認した。無数の人混みが邪魔して見通せないが、皆が壁上を見上げているうちならば掻き分けて進めるだろうか。

 そんな事を考えていると、服の裾が微かに引かれた。掏り師が物色でもしているのかと視線を近くに落としてみると、白く小さい手がオレの服の裾を摘まんでいた。

「みてみて、ペルーっ。ほら、門が開きそうだよ」

「え?」

 彼女が壁上を指差し、自分の声で喋っているから、釣られて指の先に視線を向けてみた。

 そんなはずが無かった。

 『北西都』近くを徘徊する怪物リタルナの数は、他の都市と比較しても少ないと言われているが、それでも決して二、三匹を撃退すれば良いと言う話ではない。

 脆弱な人間を守る壁門を開けようと言うのだ。最大限の安全策を講じ、周囲に目視出来る限り全ての怪物リタルナを排除しなければ、門は開かれない。両手の指の数でも足りない程の怪物リタルナを排除し、安全確保後に漸く開門の鐘は鳴らされるのである。

 開門準備のラッパが街門付近に鳴り響いてから、実際の開門までには時間差がある。人里に住む者にとっては常識だ。無論、その時々で撃退する怪物リタルナの数は変わり、待機時間も長短ある。それにしたって、これ程の短時間で開かれた例を少なくともオレは知らない。

 しかし、確かに彼女が街壁を指差してはしゃぐように、壁上では開門の鐘が鳴り始めた。

「『雄帝』様がみんなやっつけちゃったのかな」

「……あー、なるほどね」

 『雄帝』だけではないだろうが、外で待機しているのが『西都』からの来賓達だとすれば、門の向こう側に居るのは、壁上の衛士とは比較にもならないような戦力を有した超人達である。常人の想像を遥かに超える速度で怪物リタルナを殲滅したとしても不思議ではない。

 ただ、討伐士ソーサラーが壁の付近で衛士の真似事をするなんて、想像も出来なかった。

「ペルーっ、肩車して」

「はいはい」

「もっと高くしなきゃ観えないよ」

 もっと右だの、もっと前だの。身動きも碌に取れない人混みの中なのに、彼女の口からは次々に無茶な注文が飛び出してくる。加えて人の肩に乗って頭を掴み、遠慮の一つもなく髪を引っ掴んで騒ぐものだから、疲れて仕方が無い。

 彼女の相手をしているうちに、何時しか群衆も一際騒がしくなって、そこかしこから歓声など聞こえてくる。壁門が次第に開いているらしい。ここからは見えないが、門の隙間からは既に開門待ちの来賓の姿が見えているのかも知れない。

「すごいよ、大きな馬車があるっ。お馬も大きいね」

「そうだね」

 オレの位置からは見えないのだが、彼女や、群衆の反応からして、『西都』からの出向者は相当に衝撃的な巨躯を有する馬車で訪れたらしい。歓声に包まれていたはずの群衆には、何時しか悲鳴まで混じり合っているようだった。彼等の送る視線は、人や馬車に向けるにしては位置が高過ぎる。それでも、オレからは見えないのだが。

「ほらっ、来たよ。大きなお馬」

 彼女が肩の上で飛び跳ねるようにして、落とさないようにするので精一杯だった。

 視界の端で微かに捉えた壁門は、確かに完全に開いているようだから、大通りに集まった殆どの民衆には壁の外が顕わになっている事だろう。歓声などは大半が掻き消され、一部では悲鳴が、多くの場合は静寂に包まれてしまっていた。

 楽しそうに指差して笑っているのなど、彼女か、極一部の純真な子供が数人程度のものだ。

 余りにも気になるものだから、彼女の動きを押し留めて覗いてみる。興奮した群衆が掲げていた腕も既に下がり、オレの身長でも十分に見通せた。門を通過して街に入って来た生物は、オレのような子供でなくとも見上げる程に巨大だった。そして、それが牽引する乗り物も、同様に巨大である。

「っていうか、馬じゃないよ、あれ」

 それは四足の生物と言う意味では馬と同じだったが、それ意外では馬とは程遠い生物だった。人の数倍もの高さのある街壁と同じくらいの背丈がある。凶悪な歯列が幾重にも並ぶ口内と、一本一本が大の大人ほどもある爪。鋼のような光沢を持ち、針のように尖り逆立った漆黒の体毛。

 それは明らかに、車を牽くのに向いた生物ではない。獲物を追い、肉を喰らう化物だ。

「乗り物もすごいよ」

「……お城みたいだね」

 本当に城のように巨大な箱に、無数の車輪の付いた車だった。箱の至る所には煙突や砲台まで設置されており、要塞と表現しても良かった。牽引する化物の凶悪さも含め、正に移動要塞である。背の高い乗り物ならば身長の低いオレ達でも見えるかも知れない、などと話したが、これ程までに巨大な乗り物は完全に想定の外だ。むしろ、大き過ぎて、この近距離では一目で全貌を視界に収められない。

 それが、一台ではないのだ。三棟もの移動要塞が、それぞれ別の巨大生物に牽かれて壁門を通過する。

 皆が圧倒される光景に、後ろは振り向けないが、大通りから離れて行く音なども聴こえてくる。確かに一見すると大人しく車を牽引している怪物だが、僅かにでも奴等の目を見れば、力の無い群衆など恐怖を感じて当然だ。

「すごいよ、すごぉい」

 心底嬉しそうにしているのは彼女くらいのものだった。

 門が開く前と後では全く状況が異なるにも拘らず、反応の変わらない彼女は実は大物なのではないかと思う。あるいは、単純にとんでもなく危機管理が出来てないだけなのかも知れない。後者の方が可能性は高いと考えている事は言うまでもない。

 冷静になって巨大な怪物を観察してみれば、やはり威圧的で人の恐怖心を煽る外見をしている。だが、決して此方に襲い掛かって来るような素振りは見せていない。討伐士ソーサラーの乗り物を牽引する生物なのだから人に危害を与えるはずがないのだ。

 無論、今にも此方を食い殺しそうな強烈な視線を向けられたのだ。恐怖で逃げ出した者達は責められない。例え今この場が、彼等の歓迎の場であったとしてもだ。

「大きいね。かわいい子だね。あのお馬、どうやったら友達になれるのかな」

「いや、友達って……」

 そもそも馬じゃない。


「————恐れる事はない! 『西都』在住の群衆諸氏!」

 唐突に街全体に届く大音声が響き渡る。

 声の元は大通りの方向から聞こえてくる。

 封鎖された大通りに侵入可能な人物は、一種類しかいない。

 いつの間にか停車していた移動要塞を確認すれば、声の主は明白だった。

「————我々は『西都』イーウェの征伐屋フォーム雷神楽トール・カムイ』! 山脈の怪物駆除の為! この『北西都』ランダイに助太刀に馳せ参じた!」

「すごいよ、すごい。あっちに『雄帝』様が居る! おーい! おーい!」

 『雷神楽トール・カムイ』のお偉いさんが話しているのに、彼女は言葉を被せるように負けじと大声で叫んだ。しかも彼女の視線の先は名乗り上げしている人物とは全くの別方向にいる。流石に恥ずかしいから、少しは場の空気を読んで欲しいものである。

「うわぁ、うわぁっ。ペルーっ、『雄帝』様が手を振ってくれたよ」

「よかったね。じゃあ、今度はあの人の話を聞いてあげようよ」

「あの人は『鬼女王』様かなっ。すごいねぇ、すごいねぇ。みんな背が高いんだよ」

 オレは心底、彼女がすごいと思った。

 せめて、もう少し成長する頃には、常識と分別を身に付けて欲しい。これはオレの決意表明でもあった。

「————私は『雷神楽トール・カムイ』家長! 『拳神』のアストライアー! 神位二席の誇りに掛けて! 必ずや南西の脅威を除くと誓おう!」

「聞いた? ペルーっ、あの人が『拳神』様だって! おーい! おーい!」

 オレの位置からでは群衆が壁になって見えないが、当の『拳神』は一体、どんな顔で彼女の呼び掛けに反応しているのだろうか。きっと討伐士ソーサラーとして高名になって以来、彼にあそこまでの無礼を働いた子供もおるまい。

「————応援ありがとう!」

 件の偉人も中々に懐が深く、そして人前での想定外に慣れた人物らしかった。

「ペルーっ、ペルー! もっと近くもっと近く!」

 何百人、何千人と集合した街壁近くの大通りは、未だ静寂に包まれていた。そこかしこから囁くような声は聞こえてくるが、それでも誰かの咳の方が大きな音だ。

 そんな中、世界的に高名な討伐士ソーサラーと、何の変哲もない街の貧乏娘が大声で話し合っているのだから恐れ入る。ともすれば、彼の偉人以上に、オレの肩車する彼女の方が、民衆の注目を多く集めているかも知れない程だ。

「どうやったらその大きなお馬と仲良くなれるの! ねえ! ねえ!」

「————俺様が自慢の拳で殴れば一発さ!」

「すごぉい! すごぉい!」

 どうせ生の『拳神』はオレの身長では拝めそうにない。諦めて彼女を見上げてみれば、彼女は本当に楽しそうに笑っていた。大きな瞳を見開いて、食い入るように彼等に手を伸ばすのだ。

 彼女の抱く感情は、彼女の想いは、考えるまでもない。彼女を目撃した全ての大衆が一目で理解したはずだ。

 それを彼女は、態々オレの耳を掴んで、オレだけにしか聴かせないように囁いた。本当は丸裸なはずの胸の内を、そっとオレに吐露する。

 しかし、まぁ、今日の所は、彼女が楽しめて良かったと思おう。

 彼女の言葉に、同意はしないけれども。


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