76 誤算
晴天の青空と心地よい風。
海鳥は唄を奏で、行き行き人々は活気溢れている。
そんな気持ちの良い朝の始まりにすぅっと息を吸い込めば、鼻に付くのは似つかわしくない男臭。
「よう、嬢ちゃん! 今日も良いケツしてんな!」
「やあオッサン! 今日もプリケツだね!」
互いの掌を交差させ音を立てるくらいに尻を叩き、ニヤリと笑って挨拶をする。
セクハラにも見えるこの行為だが、コレがここのでの正しい挨拶の仕方なのだ。以前までの余所余所しさを感じさせないこの挨拶を私は気に入ってるし、尻を叩かれるだけではなく頭を撫でられる孤児たちには良い人付き合いの一環となるだろう。
「点呼ー!」
仕事場に着いて一番初めにする事は人数の確認であり、私はその為だけに大声をだして孤児達を呼びあつめる。
人手を増やしていいと許可を貰ってからは私を含めた四人の他にも手伝えそうな奴等を数人引き連れて、それに合わせて仕事をもらっているのだ。
一、二と覚えたての数字を一人ずつ言っていき、本日のメンバーは計六人。
そのうち私を含めた女衆は帆の修繕に、男どもは力仕事へと船員に引き渡たした。
船の清掃なんて何日もかかるものなのかと思っていたが帆や傷んだ床の修繕、次の出航までに必要な設備を揃えたりとやる事は色々とあり、人手が増えた分船員に休暇を与えられるとエリオが喜んでいた。
本日の仕事は帆の修繕で、私達女衆はチクリチクリと帆に針を通し、淡々と仕事をこなしていく。
最初こそ不慣れで見栄えの悪かった縫い目だが、三日も同じ仕事をそこそこ見れるものにはなった。
私より小さな子らでさえてその単純作業を必死にこなしその姿を愛くるしく、みにくる男どもまでも出てきて、まぁ、悪い環境ではないだろう。
「リズエッタ! ちょっといいかー?」
「何なりとー!」
私の名を呼んで手招きをする男の元へ駆け寄り、何か用かと問えば苦笑いをしながら一方を指さした。その指の先にいるのはここの船員ではない男達で、そいつらも目頭をピクピクさせながら慣れない笑顔を作っている。
「悪りぃな」
「いやいや、いい誤算ですから」
申し訳なさそうに頭を掻く男に気にするなと尻を叩き、そして私はくるりと踵を返して見知らぬ男どもの共へと向かった。
彼らはこの船の船員ではないが、この港に船を持つ船主でもある。
エリオのように貿易船を持つ者もいれば魚を捕る漁船の持ち主で、ここで働く私達の力を借りたい者達なのだ。
彼らのような者達が私に声をかけてくるのは今回で三度目で、身なりの汚らしい孤児でもきちんと働けるとわかると雇いたいと申し出たのだ。
だがしかし、私としては見知らぬ輩に孤児を派遣するわけにはいかず、仕事の合間を縫って雇い主の面接に勤しむのである。
「本日はどのようなご用件で?」
ぺこりと一度お辞儀をし、ニッコリと笑いかければ筋肉ダルマのオッサン達はホッと息を吐いた。
「あー、いやー。うちの漁船の掃除を手伝ってもらえたらなと」
「では男手の方がいいですかね? ちなみに依頼金はどうされます? こちらとしてはギルドより安くてもいいですが、良識は弁えていただきたいです」
「それは、これでーー」
そっと差し出された依頼書にはギルドに貼られているものよりも少ない額が明記されており、それとともに作業内容と日数、必要人数までもがきちんと記されていた。
一通り目を通した後に依頼主をじぃっと見つめ、念のために商業ギルドに相談しますと伝えれば、彼らはそれで良いと頷く。
もし仮に依頼主の良いように作られている依頼書ならば慌てふためく輩もいるわけで、"ギルドを通す"というのは最終的なふるいの役割を果たしているのだ。
「ではこちらで確認したのちに仕事に見合った子らを派遣いたします。もし何かありましたら私、リズエッタまでご連絡ください!」
書類を肩掛けにしまいニッコリと笑ってお辞儀をし、一息つくオッサン達を背に私はすぐさま仕事へと戻る。
小さな子らはチラチラとこちらを気にして見ていて、それに私はお仕事増えたよと優しく応対した。
仕事をもらえない孤児であるこの子らからしたらどんな仕事でも飢えを凌ぐための大切な仕事で、賃金が少々低くても喜ばしい事なのである。
しかしながらもらった依頼は船の清掃。
小さな女子である彼女らに出る幕はなく、私は帆を修繕しながら誰を派遣するべきかと頭を悩ませた。
チクリチクリと無言で針を動かしながら頭の中では必死に冒険者ギルドへの嫌がらせと、今後の仕事の方針を巡らせる。
はっきり言ってしまえばこのまま船の仕事を取り続ければ今以上に食にも金にも困ることはないだろう。
しかしながら所詮船は船。
エリオの船も清掃が終わり次第また貿易に出るだろうし、他の漁船もそう毎回と掃除を頼むまでもないのが実態のはず。
今の状況に甘んじていても、最終的に困るのは孤児達だ。
ならば今の状況を確立するためにはもっと仕事の幅を増やし、船主以外からも仕事をもらうのが一番効率がいい。
とは言ったものを私を始め、他の子らもまだまだ未熟の孤児ばかり。そう簡単に仕事を取れることがないのは孤児を通して身を以て知っている。
やはりここは使い勝手のいい大人の存在が必要なのだ。
「ーーとなるとやっぱりスヴェンなんだけどなぁ」
スヴェンはスヴェンで、今はこの街、ハウシュタットへ向けて荷馬車を走らせている頃だろう。
つまるところは使えるいい大人がいないのだ。
いっそのことニコラに後継人を頼むという手もあるが、薬草の量を増やせと言われそうでそれはそれで嫌だ。
グヌヌと頭をフル回転させ私自身が仕事を回し、そして尚且つギルドの仕事をぶんどれるものはないかと必死に思考を巡らせる。
ギルドの仕事を奪いつつ、ある程度の仕事量の確保。仕事先を個々の能力に応じて選びながらな子供達を派遣。
「ーー? はけん? ハケン? 派遣かっ!」
プツリとやけに大きな縫い針をうっかり指に刺してしまうも、私の小さな脳みそは遥か昔の記憶を掘り起こし、そして最大にして最悪の考えを導き出したのであった。
「これでバルドロの奴に喧嘩を売ってやる!」




