22 引っこ抜く
三人で果実を採ってる最中にスヴェンが庭に訪れ、エスターやダンジョンに持っていく荷物を持っていく。アルノーは今度は俺の番と意気揚々とスヴェンの後を追い、庭に残ったのは私とレドの二人きりだ。
二人になったからと言っても保存食を作るしかできないわけで、試しに採りたての長寿草を食べてみる事にした。
池で軽く土を落とし、苦痛な表情を浮かべる長寿草の片腕をカブリと生で齧ってみると口いっぱいに凄まじい苦味を感じ、すぐさまそれを吐き出した。
何度も唾を吐き出し池の水を飲んでみるもその味は口から消えることはなく、どうしようもなく涙が溢れ出てくるほどの危険物だと体が反応している。
「うべぇ……」
舌を痺れさせるような苦さと口から吐いても留まり続ける青臭さ、何を一体どうしたらこんなに不味くなるのかを考えたくなった。
良薬口に苦しともいうが、これはあまりにも苦すぎるし不味すぎる!
見た目は大根みたいだし煮物にでもしてみようと思っていたが、これはどう料理しても美味しくならないだろう。折角取ってきたのに残念でならないが、本当に薬として扱うしかないのだろうか。
「レドー。 これはこんなにも不味いものなの?」
「いえ、俺もこんなに苦いのは初めて食いやした」
通常ならば此処まで不味くはないというのに何故こんなにも不味いのだろうと二人で首を傾げ、原因は何かを必死に考える。
なにせここで取れるものは総じて美味い。それなのに長寿草はクソ不味い。薬草だからと言って此処まで不味いのはおかしいし、通常が此処まで不味くないなら尚更おかしい。
となると原因は此処に生えている長寿草の個体そのものが、庭によるなんらかの影響を受けているのだろう。
「私が採ったやつとレドが知ってる長寿草、違いはなんだろう?」
「……生え方も一緒で見た目も変わりやせん。 唯一違うと言っても採り方でしょうか」
「採り方? レドはどうやってとんの?」
私の疑問にレドはポリポリと頬を掻きながらそうですねと答え始めた。
長寿草はその悲鳴を聞いた者を気絶させ、時間が経つにつれてその生き物を地面に引きずり込んでいくという恐ろしい性質も持ち得ている。
その為、一人では絶対に抜くことはせず二、三人で抜くようだ。
一人が抜いて気絶しながらも身体でその根を押しつぶし悲鳴を消し、悲鳴がなくなったら他の人が採取して気絶した人を連れて帰る。
身体をどかしたら悲鳴が聞こえるんじゃないかと思うが、大体は身体の重さで根が潰れている事が多く滅多なことがない限り二次被害はない。
その他の採り方もあるようだが長寿草は人の形を模した根であるが故、下手に傷つけたり何処かしら欠損させたりしてしまうと何故だか人を傷つけたような罪悪感を抱いてしまう為にあまり浸透していない様だ。
つまりは電気ショックを加えて串刺しなど、私が行った行動は邪道中の邪道であるといえよう。
ましてや人の形を模している長寿草を樹液が出るまで滅多刺しにし、半殺しの様な姿にまでするなんて鬼畜としかいえない行動だ。
そりゃレドもドン引きするわけだ。
「違うのは採取方法のみだとすると、苦痛を与えるのがいけないのかもね。 確か家畜とかでもそうだったような?」
私が知り得る知識の中で、苦しみながら死んだ動物の肉は総じて不味いという認識がある。血抜きしてないとかは問題ではなく、一発で仕留めた方がやはり美味いと祖父も言っていた。
そうなると植物である長寿草も苦しめるのは味を落としてしまう行動になるのかもしれない。
「苦しめず、と言ってもあまり方法がないんじゃ……」
「ーーいや、思いつく限り一つだけあるよ。 レド、私を長寿草の群生地まで運んでくれるかな?」
私が思いつく方法などたかが知れてるが、試してみる価値はあるだろう。
しゃがみこんだレドの首に両手を回し、抱き上げてもらう。途中遠回りして薄緑色の果実を四、五個もぎり首を傾げるレドに秘密兵器だよと笑い返した。
長寿草が苦痛で不味くなるというのならば、家畜の動物と同じ様に美味しいものや栄養のあるものを与えればいい。そうすればあの不味さもいくらか和らぐはずだ。
地面から引っこ抜く時も電気ショックを与えずに、お酒でデロンデロンに酔わせてしまえば悲鳴が上がる確率はさがるだろう。
庭には野菜や果物、様々な実りがあり、肥料として与えるには申し分ない。年単位で味を変える事になるだろうが、私はまだまだ子供で時間は有り余っている。保存食の他にポーションが作れれば老後資金はより貯まるだろうし、万が一病気になったとしても医者は呼べるし、良い事づくしのはずだ。
だがまずはじめに確かめるのは長寿草が酒に酔うかどうかであり、私は地面に足を降ろすと手に持っていた薄緑色の果実を握りしめ、その果汁を長寿草に垂らしていく。
メロンのような甘い香りのそれは深緑の葉を伝い少しずつ根に染み込み、果実を三個絞ったところで葉が地面に着くほどクタクタになった。
それでも抜いた時に叫ばないとは限らないので、持ってきた果実をすべて絞り追い討ちをかける。
「お嬢、これは一体……?」
「レドは見るのは初めてかもね。 これはお酒の実。 果汁がお酒になる代物です!」
ちなみに日本酒である。
私の身体はまだ幼いからお酒を飲む事は叶わないが、将来の為の日本酒だ。
今のところ活用しているのは祖父とスヴェンだけだし、泥酔用に使っても問題はないだろう。
それはさておき、すべき事は長寿草の採取である。
「そんじゃ抜いちゃいましょう!」
意気揚々とくたびれた葉に手をかけ一気に引っこ抜く。
お隣でレドが驚いた顔をしていたが問題はない。もしこれで気絶しても私の帰りが遅い事に気付いた祖父が来てくれるはずだし、死ぬ事はないだろう。多分
ハハッと笑う私をレドはまたしても引いた表情でみつめ、そしてその手に握られた長寿草へと視線を移した。
本来ならば聞こえる悲鳴はなくギヒャヒャと酔っ払いの様な笑い声が聞こえ、どうやら私の考えは間違っていなかったことが判明された。
「フハハハ! ざまぁねぇなぁ!」
両手足の部位をウネウネと動かしながらニヤニヤとした顔を浮かべる長寿草は気味が悪いが、なんとなく勝ったような気持ちになる。
酔っ払っているのだから大丈夫だろうと根の一部を折り齧ってみると前の個体よりはるかにマシな味がし、レドにも食べさせてみたが通常の長寿草よりも苦くないことが分かった。
「そいえばレドはよくコレを食べてたの?」
長寿草を見つけたのもレドだし、通常の味がわかるのも今のところ彼のみ。
ポーションの材料だと知っていることから考えれば、薬師だと言われても納得はできる。
どうなのとレドを見てみればその表情は歪み、いつしかの暗い瞳で遠くを見ている。
どうやら私は地雷に触れてしまったらしい。
レドは何かを言おうと口をパクパクさせ、それでも声は出ないのか喉を押さえ歯を食いしばる。
その姿は痛々しく、虚しくも見えた。
「ーーまぁいいか。とりあえず今後はもうちょい美味しい長寿草を育てようか」
言いたくないことを無理矢理聞きたくもないし、言えないことを聞き出すのも良くはない。無理をすれば互いに嫌な思い出を作る可能性すらある。ならば私はレドの過去など知らなくてもいい。
手に持っている長寿草の葉をむしり根の部分だけを麻袋に入れ、レドの手を取り庭を歩く。
レドは大人しく私の後ろを歩くも、慣れたとしても負の感情は引きずるものだと再認識させられた。
全くもって、私は愚かしい。
私が何故知識を持ち得ているか聞かれたくないのと同じで、レドにはレドの境界線がある。
それに踏み込んではいけないのだ。
はぁとため息をついて思考を入れ替え、今後の長寿草の扱いをかんがえる。
当面はポーションなんて作れないだろうけど、いつしかのために育てるのも悪くはない。その日まではのんびりとよいモノを作っていけばそれでよし。
「ま、気長にやってきましょ」
「……はい、お嬢」
私の声にレドは小声で返事をし、ただただ私の手を握りしめていた。
そうそう。この時の長寿草改がそう遠くない未来、冒険者や騎士御用達になるなんて、この時はまだ私ですら知り得なかった事実だと先に伝えておこう。




