19-1 鶏ガラスープ
「レドー、肩車してー」
両手をハイと伸ばし、亜人であり奴隷のレドに持ち上げてもらう。
ちなみに”レド”というのは彼の名前で、私がつけた名前ではない。
奴隷の名前を呼ぶ主人はあまりいないと言われているらしいが、私はちゃんと名前で呼びたいし教えてもらったのだ。
「お嬢、今日は何を作るおつもりで?」
「鶏ガラスープを作ります! でもその前に葡萄が食べたい!」
片方の肩の上に座るような形で葡萄に手を伸ばせば、前までは梯子を使わなければ取れない場所にあったものでも簡単に取れるようになった。
一房の葡萄を摘み取り一粒を私の口の口へ放り込むと、甘さと酸味が口の中で踊りだす。
下にいるレドの口にも葡萄の粒を放り込み美味しいか問えば、尻尾を千切れるのではないかと思うくらいに振りながら頷いた。
「ここの食いもんはみんな美味いっす」
「そりゃ品種改良されまくってるからねー」
この世界の果物はやはりそこまで甘くなかったり変に渋かったりする。それに比べてここの植物は全て私が知ってるもので、知ってる味だ。ただそれのせいでスヴェンからは街のメシが不味く感じると苦情が出ているし、私自身も前回街に行ったときの食文化の低さに唖然としたのを覚えている。
葡萄をむしゃむしゃと食べながらスープ用の林檎とレドのおやつ用の桃を採り、その他ににんにく、ネギ、生姜といった香辛料を採取する。鶏ガラは今朝方に祖父とアルノーが獲ってきたルクルーを使うことにした。
調理場は家ではなく此処で、数日前に出現した第二のキッチンをつかっての調理だ。
そのキッチンには竃はもちろん石窯までついている優れもので、もっと早くに望んでいればよかったと後悔したのは記憶に新しい。
事前に沸かしておいた熱湯に既に締めてあるルクルーを入れ、羽根が抜けやすくなったのを確認してむしり取っていく。少し残った産毛は焚き火で焼き肉と骨を分けるように捌いて、肉の部位は唐揚げや親子丼ように別保存。
そのうち一緒に煮る野菜を変えてブイヨンを作るのも有りかもしれない。
「レドレドー!骨を綺麗に洗ってー」
一緒に作業するレドは私に従順で、ルクルーにヨダレを垂らしながらも言われた通りに水で骨を洗う。
除ききれなかった血の塊やちょっとした内臓のかけらは臭みの原因にもなるのでとても大切な作業なのだ。
しかしながらヨダレを垂れ流しにするのは衛生的に良くないので、一枚のジャーキーをレドの口に放り込んだ。
一瞬驚いたように耳をピンと立てるが、モグモグと噛んでるうちにその耳は下がっていき、目を細め、口元を歪め嬉しそうな顔をする。ヨシヨシと頭を撫でてやると私の手に擦りつけるようにグイグイと頭を押し付け、美味いっす最高っすとやんちゃな笑顔を見せてくれた。
「綺麗に洗えたね? んじゃ一回煮るよー」
レドから受け取った鶏ガラを一度鍋に放り込み、全体が白く火が通ったら鍋から出してもう一度水洗いをする。
血の塊などが取れたらレドに骨ごとぶつ切りにしてもらい、その間に私は一緒に煮る野菜を切り水の張った鍋に入れ、そしてぶつ切りになった骨を入れて鍋に火をつけた。
沸騰したら竃の火の量を減らし弱火にし、丹念に灰汁を取りながら後はひたすら煮る。
「レド、此処からは君に任せるよ。じっくり煮込んで美味しいスープを作ってね」
「分かりやした、お嬢!」
ヨシヨシとまた頭を撫でるとレドは尻尾をブンブンと振り回し、私はそんなレドに灰汁は取るんだよ、焦がさないんだよ、おやつの桃は好きなだけお食べと言付けその場所を離れた。
私はふふふーんと鼻歌いながら塩や砂糖を摘み取っては麻袋に投げ込む。
これは次回スヴェンにに売ってきてもらう分だ。定期的に用意するならば暇な時に採取していかなければならないし、この作業もレドに覚えてもらわなければならないだろう。けれども一度に沢山の事を覚えるのも無理があるだろうし、私が面倒くさい。
取り敢えず今はのんびりと出来る仕事を与えて、庭にもっと慣れてもらうことが最善だ。
「なんやかんやで私には尻尾振るんだけどなぁ」
”お嬢”と私を呼ぶように、レドは私に懐いている。
尻尾をブンブン振り、私が庭に入ると走ってくるくらいに懐いていると思う。
だかその反面、私以外には未だに敵意を向けるのだ。
スヴェンが話してみようとしても睨みつけ、アルノーが尻尾を撫でようとしてもガン付け、祖父が近寄ろうものなら戦闘体勢になり、私にだけは尻尾をふる。
「私を主人と認めてはいるんだろうけど、せめてお爺ちゃんの指示を聞いてくれるくらいにしないと私がサボれない!」
サボるというか、勉強に手をつけられない。
アルノーは着々と魔導書を読み進めてるのに対して、私はまだ一ページ目に目を通してたレベルでしか文字を覚えていない。覚えたくて祖父にレドの事を任せると、レドが威嚇をするか姿を見せないかで祖父は直ぐ帰宅してくるし、覚える暇がない。
「うぐー。 むしろレドに文字教わる? いやでも、文字は一緒なの? 読めるの? 会話は出来るし一緒……? あ、でも奴隷に教わる主人ってどうよ」
繰り返される自問自答。けれどもそれに答えは見つからず、私はため息をつくだけだった。
そんな私のところに慌てて走り寄ってきたのは誰でもないレドで、その姿は慌ただしい。
「お嬢! すいやせん! やっちまいました!」
ゼェゼェと肩で息をするレドは地面に顔を沈めるんじゃないかと思うくらいに頭を深く下げ、尻尾と耳も垂れ下がっている。
どうしたの屈んで頭を撫でてやれば、鼻をすすりながらやっちまいましたすいやせんと繰り返すばかりで、しょうがなく手を繋いでキッチンへと戻ることにした。
キッチンに戻るとそこにあったのは床にぶちまけられた鶏ガラスープとそれを突き食べる我が家の鶏達で、レドはスープを台無しにした事を謝っているのだと悟った。
「……はぁ」
頭をかきながらため息をつくと繋いだ手の先のレドはビクリと体を揺らし、どんよりとした暗い視線を私に向ける。耳も尻尾も下がったままでまるで怯えた子犬のようだ。
「お、お嬢。ああああの」
「うん?」
大きな体の大きな犬。
それなのに小さな子供の私に怯える姿はとても可愛いくみえる。
もしかしたわたしはサディストなのか? いや、そんなはずはないと思うが、レドが可愛すぎるのが悪い。
「どうしてこうなったのかな?」
「と、鳥がですね! 足元にチョロチョロしてて! それを避けようとして!」
「零した、と」
「……っす」
レドはガクッと肩を落とし、私を見ることはない。反省はしているけど私にどう謝ればいいかわからないといったところだろう。
そんなレドの頭を私は再び撫で繰り返し、ぎゅっと抱きしめた。
「怪我はないね? まぁスープはまた今度作ればいいよ。でもその前にちゃんとしたニワトリ小屋を作ろうか」
「……お嬢、俺」
「大丈夫、怒ってないし私も鶏を放置して悪かった」
まさか鶏がレドに向かって行くなんて予想していなかった。普通の鶏なら肉食獣の所へ進んで行くとは考えない。それが仇になったのだ。
「掃除しちゃおう。レド、手伝って?」
「お嬢!」
先程までの悲しそうな表情は消え、レドは尻尾をブンブンと振り回す。その姿の可愛いこと可愛いこと。
アルノーは弟として可愛いが、レドは忠犬で可愛い。
うちの子が可愛すぎて悶えそうだ。
きっとそのうち私以外の人間にも慣れて行くだろう。今まで奴隷だったのだ、そう簡単に人に懐かないのは仕方ない。私に懐いているのだから良しとしよう。
「レドー、雑巾でちゃんと拭くんだよー」
「ハイ! お嬢!」
ワンと鳴くように私に返事をするレドは本当にただの大型犬にしか見えない。
もう、レドが可愛すぎて辛い。




