132 理解不能?
絢爛豪華という言葉を表したような馬車がここに来たのは初めてであった。
いくら領主からのお呼び出しとはいえ、前回よりも遥かにグレードアップした馬車が来るなんて誰が予想したものか。
私の護衛を買って出ているデリア達は奴がいるというのに私の後ろに隠れるし、スヴェンなんかは顔を引き攣らせている。
若干私も引き気味だが、何故か無関係のラルスだけはキラキラとした瞳で私と馬車を何度も何度も交互に見ていた。
「リズエッタ、君にとても似合う馬車だね! でも勿論君の方が素敵だよ?」
「──黙れクソ野郎。ほらスヴェン、お迎えだよ! 早く行こう」
「おい、ちょっと待て。この格好じゃ……」
「気にしたら負けだよ! いきなり馬車が来たんだからしょうがないよねっ!」
室内へ向かおうとするスヴェンを引き止めて、私は颯爽と馬車へと乗り込む。
当たり前のようにラルスも乗り込もうとするが、御者に丁重に断りを入れられていた。
そりゃ知らない人間を乗せられやしないし、私が盛大に拒絶している姿を見ていればそうなるだろう。
何故そんなことも分からないのだとある意味不思議に思うが、アイツのことに頭を使うのは無駄だとすぐさまその考えを消え去った。
私たちを乗せた馬車は滞る事なく領主の館へと向かい、いつも通りに正面玄関に止まって馬車を降りる。
ただいつもと違ったのは、そこに濃紺の軍服を纏った男性が扉を挟んで左右に二名存在している事だ。
いったい彼らは何なのだろうと首を傾げていると、隣にいたはずのスヴェンが後方で足を止めていた。
「スヴェン?」
どうしたのと尋ねてみても反応はなく、ただ顔を青くしているだけ。むしろ青を通り越して白くなっている気もする。
もう一度名前を呼んでみると小さな声で返事をしてゆっくりと歩き始めたが、やはりどこか様子がおかしく思えた。
見知らぬ二人に対して何かあるのだろうと察する事はできたが、私ができるのはそこまでで原因なんて分からない。
珍しくヒヤリと冷たいスヴェンの手を取って、私達はただ廊下を進んでいく。使用人に案内されて行き着いたのは何度も足を運んだ応接間だったが、そこにいた領主の様子がいつもと違う様に感じる。
いつもならテーブルを挟んで座って待っている領主はただ直立不動に佇んでおり、私達の姿を確認するとそばに控えていたメイドに何やら指示を出す。
いったい今日は何が起こっているのだと首を傾げると、領主は申し訳ないのだがと言葉を綴った。
「今日はどうしても貴公らに会いたいと仰っているお方が控えている。その為こちらで用意したものへ着替えてもらっても構わないか?」
「──それは、先日仰っていた高貴なお方、ですか?」
「如何にも」
ヒュッと、スヴェンの喉が鳴る。
繋いでいた手は痛いくらいに握り締められて、断る術なく別室へと案内されてしまった。
流石に着替えるために手を離さなければならなかったが、スヴェンは何があっても逆らうなと真剣な眼差しを私へと向けており、何やら面倒事がまた増えたと小さくため息を吐いた。
スヴェンがそこまでいうのならと私は為されるがままに髪を結われ、衣類を剥ぎ取られて着せられて、ほんの少しのメイクを施されてぱっと見平民には見えない女の子へと変貌を遂げたのである。
ヒラヒラでゴテゴテのドレスではなく、どちらかと言えばエプロンドレスに近い形の衣装は布の質が良いからか着心地が良い。履かされたソックスや靴も同様に良いものだと私でも分かった。
着替えされるならば着替えてくればよかったなとは思ったが、多分私の持っている一番良い服でもここまで良いものはない。それにサイズもそこそこあっているのを考えると、何方にせよ着替えさせられていたのだろう。
だがしかし、高貴なお方とやらに会うのにエプロンドレスとは如何なものだろうか。
私が平民故の考慮か、はたまた貴族や豪族に見えないようにするための偽造か。
考えたところでどうにもならないし、ため息を吐きたいのをグッと我慢しそのまままた応接間まで戻った。
応接間に着くとそこには既に小綺麗になったスヴェンと、一向に私と目を合わせてくれない領主の姿があった。
スヴェンの顔色はまだ悪いままだし、そんなスヴェンを見ていると私までも何故か変に緊張してきてしまう。そっとスヴェンと手をもう一度繋ぎ直し、領主の指示の元部屋を移動する。
長い廊下をひたすら歩き、たどり着いたのは館のさらに奥にある部屋。扉の左右にはまた軍服を着ている男が二人いて、領主へ敬礼した後に扉をゆっくりと開いていく。
その先はいつもの応接間の二倍はあるだろう大きな場所で、インテリアも調度品も素人目でわかる程の高級品で整えられていた。
こんな場所二度と足を踏み入れないだろうとキョロキョロと見渡していると、視線の先に人影があることに気がついた。
一人はソファー腰掛けており、背後にいる護衛とメイドで計五人。
領主が会釈をすると示し合わせたように護衛達は部屋から出て行って、残ったのは私達四人だけ。
「掛けなさい」
座っていいと領主が私たちに声をかけるも、スヴェンはなかなか動かなかった。
そりゃあ目の前にいる"高貴なお方"とやらはベールを被って顔が見えないが、着ているドレスや身につけているアクセサリーからとても偉い人だと私にでも分かる。領主だって掛けなさいと云いながら、自分はその人の後ろへ控えるだけ。
明らかに私たちのような平民がここに居るのは場違いというやつだ。
領主が座らないのに私たちが座るわけがない。
さてどうしたものかと頭を悩ませていると、再度領主から声がかかる。このまま言うことを聞かないのも無礼に当たるのではないかと思い、私は動かないスヴェンの手を引いて"高貴なお方"の前に腰を下ろした。
「…………」
「………………」
だが無言で時間だけが過ぎていく。
今までの私だったら気にせずにバンバン会話をしていただろうが、スヴェンがここまで委縮しているのだ。簡単に話しかけられる訳がない。
貴族に対するマナーなんて知らないし、勝手に話しかけていいのか、それとも話しかけられるまで待っていた方がいいのかも分からない。むやみに話しかけて即打首、なんて御免被りたい。
もう勘弁してくれよと困ったように領主を見上げてみればそちらも困った様な顔をして、一度咳払いをするとそのお方に私達を紹介してくれた。
「──この二人が例の者達です。少女の名がリズエッタ、そしてその保護者代理兼商人のスヴェンと申します」
「……そう、ですか」
いやそれだけかよ。私にもわかるようにそのお方が誰か教えてもらいたいのだけれど。
なんて考えても通じるわけもなく、その方は私とスヴェンをじっくりと見つめるとゴクリと喉を鳴らす。
その行動が何故か異様なものに見えて、私も同じように唾を飲み込んだ。
「──此方の都合で会いに来て申し訳ありませんでしたね。ただ、私は貴方方に早く謝罪しなければと思いまして……」
「しゃ、謝罪?」
うっかり声を出して答えてしまったが、それに関して咎められることは無いようである。
相手がどんなお偉い方か知らないが返事をしても無礼にならないのだなと私は思い、そのまま疑問を音に乗せる。
隣のスヴェンさんなんか見て見ぬふりをして、疑問を投げつけるのだ。
「あの、謝罪をされるような事を、私達はされたのですか?」
こんな小綺麗な格好までさせられて、お偉い方にまで会わされる事を私達はされたのだろうか?
たしかに高貴なお方とやらが保存食の増量を願ったとは聞いていたが、平民への負担を気にする人間だったら謝る問題では無いだろう。
ならば何故、私達は謝罪される必要がある?
「貴方方の自由を奪う行動を、私達はしようとしたのです。お怒りなのでしょう? だから、あんな事を……」
「あんな事……?」
何だ、そのあんな事とは。全くもって何を言っているのか分からない。
スヴェンと顔を見合わせて見ても、互いにその言葉が何を示しているか理解できない。
実際あれから私もスヴェンも領主にさえあっていないし、ラルスの出現で色々と忙しかったのだ。何かをする余裕なんてなかった。
それなのに"あんな事"?
「何かの、間違いでは?」
「間違いですって!? じゃあ何故あの人はっ!? ガリレオ、貴方が言ってたことはそう言うことなのですか?」
「──おっしゃる通りで御座います。だからこそ私は全てを明らかにすることが最善だと、口を閉ざしていたのです。何卒、ご理解頂きたく存じます」
「そんな、ことが? 嗚呼、なんて事をしてしまったのでしょう……。ですが今更止められないのでしょう?」
「既に動き出しております故、止めるのは難しいかと──」
お前らだけで納得するな、会話を進めるなと進言させて欲しい。
ベールの下の目元を押さえる素振りをするそのお方と、顔色を悪くした領主。
そしてその姿に私達はまた頭を悩ませた。
お願いだから勝手に話を進めないでくれと。
それから数分経っても一向に話には混ぜてもらえず、むしろ何が起こっているのかさえも聞かされない。ならばもう、私だって構ってやるものか、だ
全くもって自己中的なお貴族様方だと私は小さく息を吐いて、そしてもうどうにでもなれとにっこりと笑う。
そして。
「何が何だかわかりませんが、先日のお話の続きをいたしましょう! 取り敢えず土地をくださいな! それで全て解決です!」
リズエッタ、と酷く焦った声色でスヴェンが私の名を呼ぶ。
だが私はもう止まらない。
そっちが勝手に訳の分からない話を進めるのなら、私だって勝手にさせてもらおうじゃないか。
謝罪したいくらいなんだし、有利に話を進めるチャンスを逃してたまるものか。
精々私の望みを叶えるがいいさ!