130-2 困惑と勘違い
ただただ、苦労するであろう人の話。
いや、お前何の話してんの?
何を俺は聞かされてるの?
そうヴィンスは目を丸くして、困惑していた。
ヴィンスがラルスと出会ったのは大凡半年ほど前で、ハウシュタットから西に進んだところにあるレザールダンジョンで一人で潜っていたのがラルスだった。
女が好きそうな色男で装備も真新しくはないが良いものを使い、何処かのお坊ちゃんがお遊びで来ているのかと思えば戦闘能力が無いわけではない。むしろ戦闘に関しては自分たちパーティに引けを取らないだろう、強い人間。それが第一印象だった。
次に印象に残っているのは女の冒険者達が必死に気を引こうとしているのにラルスはにこりと笑うだけで構う事はなく、むしろ遠ざける素振りをしていた事だ。
初めこそ女にチヤホヤされているラルスが気に入らなかったヴィンス達パーティだが一度下層で出会い、そのまま共闘をした際にラルスへの認識は完全に変わったのである。
理由は単純に、見た目とは裏腹にラルスは強く、誠実に見えたからである。
戦う時にはいつも真剣で、汚れ仕事も厭わない。むしろ解体は進んで行いどこが一番売れる場所か、食べられる部位や使える部位はどこかと聞かずとも分けていく。全く使えないいらない部位の処理なども手際がよく、むしろヴィンス達の方が世話になっていた程だった。
一度パーティメンバーであるオーエンがラルスを褒めたことがあったが、彼はそれに対して過剰な反応をする事はなくできる事はやらなければならないのだと意味深な言葉を返した。
「俺は今まで怠けていたんだ。だからもっとずっと賢くならないと、成長したところを見せなきゃならないんだ。じゃないと彼女に合わせる顔がない」
悲しそうに目を伏せる姿をラルスを狙っていた女達が見たのなら、きっとすぐに抱きついて慰めていたのだろう。
そう思えるほど悲痛な表情をラルスはしていたとヴィンスは記憶している。
結局その後はラルスを気に入ったオーエンたっての願いで四人で組む事になったのだが、やはりどこか浮いた雰囲気をラルスは纏っていた。
街につくと自分が必要としていないものはすぐに売り払い、残った金で酒も女も買わずに一人街中を探索する。時折気になる物を見つける時もあったようだが、それを買うこともない。
何故自分で稼いだ金を使わないのかとカラムが問うと、出来るだけお金は残しておいて彼女に使いたいのだとにこやかにラルスは笑うだけ。
何を問いただしてもラルスの口から出るのは"彼女"の事で、ヴィンス達三人は日に日にその彼女について興味が湧いてきてしまった。
故に、その"彼女"について聞いてしまったのだ。
「彼女は俺が凄く傷つけてしまったんだ。ずっと辛い思いをしていたんだと思う。あの頃の俺はどうかしていて、どうしたら彼女が俺に嫁いでくれるかだけを考えてた。言いたいこともあっただろうに、それすら言わせてあげられなかったんだ。やりたい事もあったはずなのに、それなのに俺は──。彼女はもう俺の手の届くところにいないけど、今度会えたらちゃんと話し合って、謝って。そして一からやり直したい。俺にはあの子が必要なんだ……」
どんよりと瞳を濁らせるラルスをオーエンは慰め、カラムも眉間を押さえて空を眺めていた。
ヴィンスといえば見た目に反して意外にも一途なのだなと感心していたし、できる事ならばその彼女に今のラルスを会わせて弁解させてやりたいとさえ思ってもいた。
ヴィンス達三人にしてみれば何があったか分からないが、知りもしないが、こんなに人として立派なラルスを見捨てた女がいたのかと驚愕し、もし会えたのならばうまくいけばいいなと少なからず願う気持ちが生まれてしまう。
何か協力できることはないかと三人は討論を繰り返し至った答えは、大きな街へ拠点を移す事だった。
街が大きければ人探しの情報は集めやすいし、その資金を稼ぐ事も容易いだろう。
それに大きな街なら人の出入りは激しく、彼女を知る人物に会えるのではないかと期待したのだ。
ならば行動すべしと周辺で一番大きな町であるハウシュタットへと足を延ばし、そしてその先で運命の出会いを果たしてしまったのである。
ヴィンス達三人が数年ぶりにハウシュタットに訪れてみると、すこし見ないうちの街の中の様子が変わっている事にまずは驚いた。
前に訪れた時はここまで飯屋は活発ではなかったし、匂いを嗅ぐだけで腹が減る現象などなかったのだ。
何故たった数年でここまで変わったのかと人々の話に耳を傾けていると、どうやら一人の少女が関わっているらしい。
そしてその少女の傍にはあの保存食で有名になりつつある、一人の商人が控えているとまで噂されているようだ。
彼の名前は"スヴェン"。
ここ数年で名を挙げた商人だと、三人記憶していた。
「スヴェンが、ここにいる?」
その商人の名前を知るや否や、ラルスは嬉しそうに顔を綻ばせた。そこから察するにスヴェンと彼女は繋がっていると、三人にも容易く予測できたのである。
さっそくラルスの想い人の情報を手に入れられると意気込み、商人ならば商業ギルドに行けば情報はあるだろうと安易に考え行動し、その行動はどうしようもなく残酷な運命を引き当てる事になってしまったのだ。
「……リズ、エッタ?」
いい香りが立ち込めるギルドの中で、小さな声でラルスが誰かの名前をつぶやいた。
視線の先には蜂蜜色の髪をした少女が目を見開いてこちらを見ている。
そして──。
「────ぅあぁあああぁああ! おま! おま! イギャァァァァアアアアァアア!」
なんとも例え難い悲鳴をあげて逃げ去った。
「え、誰、あの子? なに? ラルスの知り合いが誰か──っていない!?」
悲惨な悲鳴を上げた少女の事を聞こうとラルスを探すもそこには既に姿はなく、残されたのは理解の追いついてないヴィンス達三人。と、同様に理解しきれていないギルド職員と子供達。
「あー、あの? 一旦出直しますわ、スンマセン。あとちなみに食堂で飯食えます?」
「え。あー、ここは職員用なのよ、ごめんなさいね。えっと、貴方達、彼女の知り合いかしら?」
「いや、俺らはラルスの人探しの手伝いで。もしかして彼女が……?」
いやいやそんなまさか。あんな叫び声をあげる子が探し人だなんて。
そう思っていた。
そうとしか、思えなかった。
だというのに。
「あら? また貴方達なの? 貴方達のおかげで私たちも迷惑してるのよ。お話しする事はないからさっさと帰ってくれる?」
「え、いや、俺たちはただ」
「帰ってくれる? うちは商業ギルド、情報屋じゃないの」
あの一件以来、ヴィンス達は商業ギルドから目の敵にされてしまっている。
正しくいえば、商業ギルド職員と食堂の子供達にだが。
子供達といえば大きな街には大概いる子供達にも何故か冷たい目で観察され、唾を吐かれる素振りをされる。
いったい何故そんな扱いをされなければならないと、疑問も抱くが答えは簡単に見つけ出すことができた。
商業ギルドはあの少女、"リズエッタ"が関わっていて、孤児達は"リズエッタさんの……"と口にして四人を見ている。
最初は職員と孤児だけで済んだが、市場に立ち寄ると厳しい目を向けてくる人も少しずつ増えてきた。
そして彼らも口々に"リズエッタ"と呟いている。
「なぁ、オーエン。さっさとケリ付けないとヤバくないか?」
「やはりお前達もそう思うか」
「下手すりゃあ住みにくくなる」
ラルスを介さず三人で話し合い、あの少女とリズエッタと会えるように思考をめぐらせる。
とりあえずラルスと会わせる事が出来れば誤解は解けるだろうと奮闘し、彼女が姿を現す所へ張り込んで追跡。
何度も撒かれるもそれでもめげずに追い続ける、やっと見つけた手がかりはまだ子供の冒険者三人組だった。
彼らは早朝どこかへ出向き、ギルドへ何かを卸している。職員と食堂の子らと仲が良いことから推理するに、彼らはリズエッタから何かを預かってきてるに違いない。
街の人間は彼女が変わった野菜や調味料を使うと噂しているし、まず間違いはないだろう。
繋がりが分かったのならば今度は三人を尾け、より正確な情報を収集する。
時折ラルスが一人で特攻しようとするのを必死に止めることもあったが、話し合いをするのにもいきなりでは駄目だろうと諭せば渋々ラルスは了承してくれた。
だが三人にはそんな素振りをするラルスが珍しく、やはり早く会わせてやりたいとも考えてしまう訳で。
その結果出してしまった答えはラルスと二人で彼らを尾けるという選択だったのである。
もし仮にラルスが焦って彼女を責めてもちゃんと話し合いの場を持てるように、彼女側にも立ち話し合えるようにと考慮出来るようにと考え抜いた行動でもあった。
されど彼らは知らなかった。
ラルスがどんな人間か。
何をしでかしたかなんて。
「────リズエッタ、いるよな? 話をしたい」
すこし震える手でラルスは彼女の家の扉をノックする。
有難いことに尾けていた少年が今日はまっすぐと彼女の家に向かい、そのお陰でリズエッタと会う事ができたのだ。
「俺はずっと、君に謝りたかったんだ……」
二人の蟠りが解けた時、少年をつけていた事を俺も謝ろうとヴィンスは心の中で誓う。
本来ならば菓子折りでも持って、後日伺うのが正しい常識だとヴィンスは理解していた。
「あの日君に言われた言葉、ずっと覚えているんだ。俺はずっと君の言葉なんて聞かずにそれが正しいと思い込んでいた。リズエッタ、君の気持ちを決めつけていたと深く反省している」
だがその常識が通用しないくらいに、ラルスが彼女を求めていた事も知っていたのだ。
「君がエスターに帰ってこないと言って、それが現実だと知って、俺はどうしようもなく自分を恨んだ。リズエッタ、君の故郷を奪ってしまって申し訳ない、君を苦しめてごめん」
ちゃんと謝罪してやり直せばいい。
まだまだ二人は若いのだからと、未だに悲惨な勘違いをしたままヴィンスは微笑ましそうにラルスの背中を見ていた。
「だから、リズエッタ。俺は君にお嫁に来てもらうのは諦めた。──だからっ!」
だからもう一度、チャンスをくれないか。
きっとそういうのだと、ヴィンスは思っていた。
思っていたのだ。
「だから俺を婿にしないか! 君の幸せのために死ぬ気で働こう! 家事もしよう! リズエッタが働きたいなら家を守るよ! やりたい事は全部やっていい! ギルドでお店をやっているんだろう? 俺も料理ができるように腕を磨けばリズエッタは自由が増えるし、肉も俺が仕留めてくれば経費は抑えられると思わない? 別にリズエッタに頼りきって生活したいと思ってる訳じゃないさ勿論! お金が必要ならばすぐに稼げるくらいに俺は強くなったし、君が幸せになれるならば俺はなんでもする! もし孤児達も守りたいなら俺もそれに従おう! 大家族みたいで楽しいかもしれない。自分の子供は、そうだな。君のタイミングで望めばいいし、養子をとるものいいな。リズエッタの子供なら可愛いだろうから、この際他の男との間にできた子供でも構わない! 俺は君の子ならたとえ俺と血が繋がってなくても全てを愛せるだろう! 本当は嫌だけど、君がそうしたいならそれでいいと思えるほど俺はリズエッタ、君を愛してる! 君だけを愛してる! だから俺を婿にしてくれ! 俺に君を幸せにさせてはくれないか! 俺はリズエッタ! 君を幸せにしたいんだ!」
高揚したラルスから紡がれる言葉は大半は理解できない物で、粗く息を吐き出すその姿は知らない人間にも見える。
嫁が駄目だから婿?
いや、そういう問題じゃないだろ?
お前、彼女に謝りたかったんだよね?
今まで自分勝手でごめんねって。これからは話し合って互いに尊重し合おうねって。
そんな話じゃなかった?
「ラ、ラルス? お前何言ってんだ……?」
「ヴィンス! 彼女が俺の探していたリズエッタだ! とても可憐だろ! あの蜂蜜色の髪がとても綺麗で、実際に食べたらどんな味だと思うだろう? あ、でも駄目だぞ、それは俺の役割だからな! 話しかけるくらいだったら問題はないが、それ以上は許可をとってくれ。嗚呼リズエッタ! ようやく会えた! 俺は君がいない世界じゃ生きられない、だから全てを"捨ててきた"! 君が故郷を捨てたように、俺も捨ててきたんだ! これで一緒だ、何もない! 君が嫌った村人もいないし、これでうまくいく! そうだろリズエッタ!」
「ラルスっ!」
今更気付いたところでもう遅い。
ラルスが自分たちが思っていたよりも、逸脱した思考を持っていたと悟ってもすでに遅い。
ラルスとリズエッタを会わせてはいけなかったと理解しても、もう遅いのだ。
今までの話はラルスが都合よく話した内容を自分達が勘違いしていたのだ。
彼女からしてみれば、自分をつけ回す異常者と離れただけの話に過ぎない。
そりゃあ、あんな悲惨な悲鳴をあげるわけだ。
リズエッタ、リズエッタと未だに彼女の名前を呼ぶラルスにヴィンスは引きながらも、今しなきゃいけない事は見守る事ではないと理解できている。
今、ヴィンスがしなければいけないもの。それは──。
「ラルス! ラルス! まずは落ち着こうぜ? ほら、彼女もいきなりで驚いているはずだろ? だからちょーと時間をおこう。うん、それがいい。その方が話がうまくいくと思うぜ俺は。な、だから一旦撤退だ。家もわかったしいつでも来れるだろ? そん時はお前テンションあがっちゃうからおれもついてくるわ、うん。だから一旦今日は帰ろう! アイツらにも会えたって報告しなきゃな、なぁぁぁぁあ?」
ラルスな負けないくらい声をあげて、中にいる少女達に聞こえるようにただ叫ぶ。
そしてギラつかせた瞳を開かない扉に向けて、蕩けるような甘い声音で彼女の名前を呼ぶラルスを必死に引き剥がそうとして。
剥がれないと分かると剣の収まった鞘で、そのまま殴る。
ゴンと骨と打つかる鈍い音がした後に、ゆっくりとラルスの身体は傾き地面へ落ちた。
背後からの攻撃、受けた試しねぇくせに。
何でこんな時だけ受けんだよ。
と、どうしようもない感情を必死に堪えつつヴィンスはラルスを背負った。
「…………そのよ、なんか悪かったな。うん、これは逃げて当然だわ。知らねぇのは罪だな、本当に」
扉の奥にいるであろう少女にそう声をかけて、ズルズルとラルスを引きずり帰路に就く。
頭の中で考えていた事はただ一つ。
どうやってラルスが変人だったと信じさせよう。
ただそれである。
残念なことにこの後起こることをヴィンスは予測できなかった。否、出来るわけなかった。
ラルスが変人ではなく変態であったと。
過剰なまでの異常なまでの愛情をリズエッタへ向けると。
そしてその行動を制限するために自分達が拘束される未来のことなど、その時は誰にも予測できるわけなかったのである。
リズエッタを守っていたのは主に孤児。
どんな奴らをリズが嫌っていたかを淡々と話す簡単なお仕事をしたまで。
思いの外、街の人間は既に孤児達を嫌ってはいない。
そんな裏話もあります。