129 早朝と魚
ほぼ飯回。
内容はほぼ飯なので序盤だけ読んでも支障はないです。
長い髪をお団子にして滅多に着ることなかったローブを身に纏う。フードは目元が隠れるくらいしっかりとかぶり、呼吸を整えてドアを僅かに開けて周りを確認して私は外へと踏み出した。
まだ早朝とあって空気は冷たいが、太陽は出ていて明るい。誰にも会わない様にと願いながらニコラ邸まで走り、ノックを三回する。
扉から出てきたのはソーニャではなくニコラで、一度怪訝な顔をしてこちらを睨みつけてきたが相手が私だとわかるとぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「やけに早い時間に来たものだな。礼儀を知らんのか」
「ごめんなさい。なるべく人に会わない様にと思いまして……。今後もこの時間帯に伺おうと思っているのですが、お詫びに何を増量しましょうか?」
「──来るたびにどれか一種を多めにくれれば良い。あとあれだ、緑茶と茶菓子でももってこい。あれはソーニャがよく好む」
「了解です。ソーニャさんが好きなやつってことは小豆系ですね!」
薬草の入った籠を渡し、メモ紙に忘れぬ様に要望を書き加える。
そしてまた今度と挨拶をした後に一度家まで走って戻る。家に帰ると今度は庭で取れた野菜を籠に詰めて、商業ギルドまで扉移動。
まだ誰もいないだろうと思っていたが、此処のギルドは早朝からでも開いてるようで見知った職員が二人。
一人はウーゴで、彼は私の姿を見ると大丈夫なのかと声をかけてきてくれた。
「大丈夫なわけじゃないですけど、私も此処を借りて働いてるわけなのでズル休みは出来ないかなって。孤児たちのこともあるし、依頼来てます?」
「そこそこな。依頼はまぁ、いつも通りって感じだな。で、今日の飯の予定は?」
「ありがとうございます。今日は魚ですかね、私が食べたいので」
ホレと、ウーゴから渡された依頼書に目を通してその場で孤児たちの派遣先を決めていく。お弁当業だけではなくこっちの仕事も一応は収入源だ。
最近の派遣先はローテーションでほぼ決まっているが、たまにこうして依頼書に目を通さないと新規の依頼があったり内容の変更もあったりもするので定期的な確認は必要になる。
一応アルノーが来る前に一度確認は済ませていたが、それ以降はしていない。
なので念のための確認作業はしておく。
こっちの仕事はそろそろ誰かに任せても良いかなと思っているが、なかなか適材人がいない。そのうち賢くなった孤児の一人にでも引き継げたら良いなとは思っているけれど、それはいつになることやら。
「依頼内容に変わりなし、新規もなしっと。コレでまた当分こっちの仕事は問題なし。じゃあ私買い物行ってきますが、アイツに関して情報ありますか? 会いたくないので」
「嗚呼、ラルス、だったか? たまに顔出すことはあるが毎日じゃねぇな。来る時間は大抵飯の時間で、リズエッタがいるか確認しにきてんだろう」
「なるほど、じゃあその時間だけ指示出して帰ります。それで今後この時間にきますが迷惑ですか?」
もしくは時間外料金の発生等を尋ねてみると、そこに問題はないから安心しろと言われてしまった。むしろそれでいいから飯を頼むとも。
「アウロラ達の作るもんもうめぇけど、変わり種の飯も良くてな。いつも楽しみにしてる」
「──じゃあそのうちレシピ本でも作りますか」
「そりゃいい! 飛ぶように売れるぞ!」
「いや、売り物にする気はなかったんですけど」
調味料とか庭産だし、問い合わせが来たら面倒くさい。
でも流石に商業ギルド職員だ、スヴェンと同じで商人根性逞しいものだ。
気分が変わって売ることになったら買うからなとウーゴは私の肩を叩き、私はそれに頷いた。
そしてフードをもう一度深々と被って、買い物行ってきますとギルドから飛び出していく。
行き先はもちろん市場だ。
野菜は庭から持参したし、あと欲しいのは骨まで食べられる小魚とマクロー。ムシェルも買って吸い物もいいな。雑穀米を炊いて日本食も捨てがたい。
食堂を日本食、お弁当をパンにして一度で二度美味しい作戦で行こう。
「よし、今日は南蛮定食と鯖サンドに決定! 後で雑穀米取りに戻ろう!」
早朝であまり人のいない市場を駆けずり回り、お目当てのものを買っていく。今回はバゲットを作ってもらう事にして負担も減らした。本来ならばもっと早い時点で連絡しなくてはならないらしいが、私が作ったものの一つを味見として納品すれば間に合わせてくれるとのこと。利用しない手はない。
そして今後も作るものによって納品してもらうとしよう。
その方がギルドに篭る時間も減るしね。
買い出しが終わる頃には人手も増えてき始めてきたので早急に市場から撤収。結構な量を買ったけど私一人で持てない量ではない。だだ此処からの調理は一人でだと骨を折る作業だろう。
ギルドのキッチンは戻るとまず初めに小魚の処理を始める。鱗を取った後エラの部分から頭を落として、内臓を出していく。水で洗ってから水気を吹きとり、塩胡椒をふっておく。
次に南蛮のタレを作るのだが、コレはお酢以外庭産調味料のオンパレードだ。多分普通に作れるようになるにはそれ相応の時間と金がかかるだろう。まず大豆と米から探そうかって話だからな。
それは兎も角。
使う出し汁は家の庭で取れた昆布を使ってつくり、そこに砂糖、醤油、味醂、そしてお酢を好みの量を混ぜて合わせ最後に鷹の爪を少々。コレを小鍋まで一煮立ちさせればあれの完成だ。
タレができたら深めのフライパンに油を張り、温まったら小麦粉をまぶした魚を投入。低温からゆっくり上げると骨までサクサクと食べられるのでカルシウム摂取にもってこい。
コレでイライラが少しはおさまれば万々歳なのだが、そういう問題では無いのだろうな。
魚をあげてる最中に玉ねぎ、人参、ピーマンを細切りにしておき、魚が揚がったら一度タレに浸されたのちに交互にボウルに敷き詰める。残ったタレを最後に全体にかけて落とし蓋をして、お昼まで保冷庫で放置しておく。
揚げたての魚は美味しいけど、しっかりと味の染みた南蛮漬けはコレまた美味いのだ。
しっとりとした衣に甘酸っぱいタレ。玉ねぎと人参のシャキシャキ食感と辛さ、ピーマンの苦味も良く魚にあっていてご飯が進むこと。
嗚呼早く味見がしたい!
ゴクリと喉を鳴らして出来上がりを待ちつつ、今度はマクローの処理に手をつけ始めた。
干物にした塩サバで作っても美味しいのだが、今回は生の切り身を使用。マクローをまずは三枚におろして、ピンセットで骨をひたすら抜いていく。
これがまた気の遠くなる作業だが、骨のある鯖サンドなんてたまったもんじゃないので根気よく、チマチマと抜いていくのが肝心だ。
一匹二匹と次々に骨抜き作業をこなしているとそれなりに時間が経っていたようで、背後の扉からアウロラが孤児達を引き連れてやってきた。
そちらをみる事なくお早うと挨拶をし、準備ができた人から手伝ってくれと声をかけると何故だかピタリと動きを止めたアウロラ。
どうしたのと漸く彼女の方を見やれば、ポロポロと涙を流すアウロラの姿が目に飛び込んできた。
「え、どうしたの? 玉ねぎ臭でもこもってたかなぁ」
「ち、違うだ! リズエッタさんがいるのが嬉しぐてっ! もう来てくれないかと思ってたんだぁ! 来てくれてよがったぁ!」
「うん、ごめんねぇ? ただ来るのは早朝にしたから販売とかは任せてもいい?」
「私頑張るべ! みんな居るし、おねぇさんだし! 早く一人前になるぅ」
ゴシゴシと目を擦るアウロラにハンカチを差し出して、ウロウロする孤児達へと訳を話した後で指示を飛ばす。
全員が落ち着いて骨抜き作業に入ると私は一旦ギルドの食糧庫へ入るフリをして庭へ戻り、雑穀米と追加の野菜を搬入する。
初めてみる雑穀米に興味津々なロジーに栄養満点なご飯だよ印象付けて、雑穀米の固定概念をいい方向へと導いた。
見た目と食感が白米と違うから苦手になる人もいるかもしれないが、取り敢えずは一度食べてから判断していただきたい。
ちなみに私は割と好きなので、庭で生産している。
苦手じゃわざわざ作らないよ!
「さて、骨抜きが終わったら玉ねぎスライスとレタス千切り作業ねぇ。後でパン屋がバゲット届けてくれるからそれに塩胡椒して焼いたマクローと野菜挟んで完成だよ。レモンをつけてお弁当はこっちを渡して、ギルド職員には保冷庫に南蛮漬けが入ってるからご飯とお吸い物で定食にしようね。賄いは好きな方食べていいからー!」
ムシェルのお吸い物を作りながら皆にそう告げると、どっち食べる? だの半分こしようだのと相談する声がチラホラ聞こえた。
「久々にリズエッタさんのごはんー! 今からでもヨダレが流るべ!」
「うっかりたらさないでよ? 私はこの後自分の取り分持って帰るけど、あとはよろしくね! そして奴が来た時はソッコー逃げるんでよろしく! あ、ロジー、あとでセシル達にうち来るように言っておいてー!」
「うん! わかった!」
元気に頷いたロジーに伝言代のクッキーを一つ渡し、私の取り分を確保すると後は頼んだと挨拶してドアノブ掴む。
そこから先は私の庭になるのだが、ここにいる子ら多分外の変化なんて分かりゃしないだろうし、ドア移動をさせてもらう事にする。
今後もこれの方が安心だし、職員の目がない時は意地でも街から家には帰らないと私は胸に誓ったのである。
余談だが、おうちのパンで作った鯖サンドもなかなか美味しかった!
お好みでマヨの醤油をつけてもいいと言い忘れたが、気にするのは止めておこう。