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リズエッタのチート飯  作者: 10期
王国と少女
156/164

128 妥協とおじぃちゃん

ちょっと長い。

 



 庭に引きこもること早7日。既にスヴェンはこの状況に頭を抱え始めていた。

 街に出れば孤児達に囲まれてリズエッタは大丈夫なのかと質問攻めにあい、ギルド職員に見つかればいつからお弁当業に顔を出すのかと問われ、そして例の奴には偶然を装って跡をつけられる。

 一度ニコラ夫妻にも私の姿を見ていないけど何かあったのかと問われたらしいが、こちらの事情を伝えると呆れられたみたいだ。あの二人からすれば痴情のもつれに聞こえたみたいで、私の年齢で結婚するのは珍しい事ではない故にそんな事でとニコラは零していたらしい。

 まぁ、そう言った考えもあるとわかってはいるが、私はそれに当てはまらないのだとはっきりとスヴェンは伝えてくれた様だけれど。


「──リズエッタ、お前に残念な知らせと悲しい知らせと、辛い情報がある。どれから聞きたい」

「え、どれも嫌な奴じゃん。聞かない選択は?」

「ない」

「じゃあ残念な知らせからで」


 何を伝えられるのかと腹を括っていると、ニコラから薬草を届けるのはよっぽどの事がない限りは自分でやれと伝えられたとのこと。


 この家の所有者は私だから分からなくもない。アルノーが来ていた時でさえ私が届けていたのだから、"そんな事"でサボるなと言いたいのだろう。

 私にとっては重大な事なのに、致し方ない。早朝ダッシュで届ける様にしよう。

 そしてソーニャに情を訴えてやる。


「次に悲しい知らせな。アイツら当分この街から出ていかねぇわ。そして辛い知らせはそれに関してで、パーティで家を借りたらしい」

「……どう言う事?」

「家を借りた、つまりはここを本拠にするって事だ。それもそれを決めた理由が美味い店がある事と、俺がいる事らしい」

「んん?」

「ラルスのヤツは最初から俺からお前の情報聞き出したかったみたいだな。そんでお前がハウシュタットの街中で美味い料理の匂いを漂わせた結果、周りの店も人を呼ぶために料理の質をあげてった。じゃねぇとお前の"匂い"に負けちまう」

「つまりは──」

「お前は自分で首を絞めたってこった。冒険者(ラルス)を呼び込んだのはお前なんだよ」

「──嘘だと言ってぇえええ!」


 まさかそんな事があるなんて。

 ただ自由に暮らしていただけなのに、そんなの知らない。

 スヴェンがここに住み着いたのは責められるが、料理人が勝手にやった事に文句はつけられない。

 そりゃお弁当売れと言われて断ったさ。ギルドを食堂と間違える奴らも断ったさ。

 最近それも減ってきたなと思っていたが、そんな努力があったなんて私は知らない。

 知りたくもなかった!


「改めて引っ越すとかは……」

「この状況で無理だろ。アイツは兎も角領主に逃げたと思われたらどうすんだよ」

「ですよねぇ。何も心配してなかった無邪気なあの頃に戻りたいっ」

「お前はいつも無邪気じゃねぇかっ!!」


 鋭いスヴェンのツッコミという名のチョップを可憐にかわし、私はただ唸る。

 どうすれば私が平穏でいられるのか考えなければ。

 このまま一生庭の外に行かない選択肢もあるが、そうすると海の幸が食べられない。可能であればまだ私の知らない未知の食べ物も食べてみたいのに、それも叶わなくなるかもしれない。


「──ギルドの方で出禁とかできない?」

「流石に問題起こしてねぇ奴を出禁にできねぇよ」

「私に問題ばかり起こしてても?」

「それは個人の問題になるからな。よっぽど商業ギルドに迷惑でもかけりゃ別だが」

「ギルドのキッチン使って商売してるけど、それは迷惑じゃない?」

「むしろお前が借りてるのに何もしねぇって苦情がいつか来るかもな」

「そっちかぁぁぁあ。オワッタ」


 仕事を辞めるのは別にいい。ここで暮らせるからなんとかなる。

 でもそうするとスヴェンの稼ぎに頼ることになり、ヒモだと勘違いされるだろう。元となる商品を作っているのは私だと知らないのだから、周りは完璧に私をヒモ扱いする。

 ヒモ扱いは嫌だ。白い目で見られたくない。

 いや、街に行かなきゃ見られることもない?

 ダメだ、ニコラ夫妻には会ってしまう。


 じゃあどうすれば……?


「いっその事こと、領主に頼んで街への出禁にしてもらえば──?」

「ラルスの人生潰す気か? 流石の俺でもそれはやりすぎだと思うぞ」

「最初に私の人生を潰す気だったのはあっちなのに……」


 ガクンと肩を下ろし云々唸っていると、スヴェンは大きなため息を吐いた。そして少しは妥協するしかないんじゃないかと、私に諭す様に語りかけてくる。


「ここはエスターじゃねぇし、周りの目も前と違ってるだろ。孤児もニコラさんも商業ギルドの人達もお前を守ってくれる。送り迎えが必要ならちびっこ三人衆に頼めばいい。この際だ、ドアからドアの移動にしとけ。買い出しは俺がやる」

「でもそれじゃアイツに会うじゃん」

「だからそこを妥協しろって。人生ってのはうまくいかねぇもんだ。お前は今まで運が良かった方なんだよ」

「ぐぬぅ。スヴェンに諭されるのがなんか癪に障る! でも、スヴェンもちゃんとアイツのこと遠ざけてくれる?」

「当たり前だろ? おやっさんから頼まれてるし、お前がいなきゃ俺は商売出来ねぇんだからな。ちゃんと守ってやる」

「……なら、頑張るよ。ちょびっとね! ちょびっとだからね!」


 渋々頑張ってみるよと頷けば、スヴェンは私の頭をゴシャゴシャと撫で回した。

 少しは大人になったじゃねぇかと笑うスヴェンに、元から精神は大人なんだよと心の中で突っ込んでおく。いくらなんでもスヴェンにもコレは言えない情報だと改めて思うが、多分スヴェンなら受け入れそうだとも考えてしまう私がいた。

 それぐらい、私はスヴェンを信頼しているのだろう。


「じゃあ早速ニコラさんとこ行くぞ」

「え、今じゃなくてもいいんじゃ……」

「あの人からお前を甘やかすなと注意を受けんのは俺なんでな、早めに弁解してこい」


 ズルズルとスヴェンに引きずられて庭からハウシュタットの家へ移り、そして外に誰もいないことを確認してそっとドアを開く。

 久々に見た庭以外の景色に若干の懐かしさを感じながら、スヴェンと共にニコラ夫婦の元へと向かった。


 こんにちはとドアをノックしながらお詫びの品を忘れてきてしまったことに気づいたが、今さら遅い。

 後で長寿草でも多めに渡しておくとしよう。


 ガチャリとドアノブが下がって、そこから顔を覗かせたのはソーニャ夫人だった。彼女は私とスヴェンの顔を見比べるとにっこりと笑って、どうぞと室内へと案内する。

 貴方と優しい声色でニコラを呼び、そしてゆっくりしていてねと声をかけてお茶の準備に取りかかった。


「チッ、小娘か。薬草なしに何しにきた」

「えっと、この度はすいませんでした?」


 なんで私は謝っているのだろう。

 弁解しにきたんだよね?


 謝る必要があったのかなと首を傾げると、ニコラはフンッと鼻を鳴らして対面の席へとつく。そして目線も合わせずにお前もいい歳だろうと藪から棒に話を切り出したのである。


「そいつと何があったか知らないが、村長の孫だったんだろ? 好物件じゃないか。楽に暮らせる」

「いや、むしろ最悪ですよ? 考えても見てくださいよ、了承もしてないのに周りを固められていく恐怖を。アイツと結婚して子供産むのが当たり前だと決めつけられたんですよ? 無理ですムリです。断固拒否!」

「……はぁ、婚期逃すぞ」

「どーぞどーぞ。結婚する気なんてないんで」


 胸を張ってそう言い切ればニコラを目を見開いてスヴェンへと視線をずらした。


「こやつは本気で言っているのか?」

「本気です。リズエッタにあるのは食い意地だけなんですよ本当に」

「……呆れたものだな」


 二人は示し合わせた様にため息を吐き、ソーニャが注いでくれたお茶を飲む。

 ニコラが私に呆れるのはまだ分かるが、スヴェン、お前は私が何をされてきたか知っているだろう。なのにため息をつくのは酷いのではないか。

 もしかしてスヴェンは一応は私の婚期について考えていたのかと思ったが、多分それはない。そんな素振りされたことはない。

 なら一体何に呆れているのだろうか。


「あらあら、私はリズエッタちゃんの気持ちもわかるわよ? お相手がどんなに良い人だと言われていても、それが自分に対して良い人なのかは分からないもの。幸せになれるかなんて家柄だけじゃわからないわ」

「ソーニャさんっ!」

「でもそれは当人の気持ち。親としての大人としては好きな人に嫁ぐことだけが幸せじゃないと思えるもの。誰に嫁ぐのが女としての幸せか、それも考えなきゃならないのも大人なの。だから村の人を恨んじゃダメよ? みんなそれが幸せだと本当に思っていたのだから」

「ソーニャさん……」


 言われなくとも私の常識とこちらの常識がズレていることは理解している。

 運良く祖父とスヴェンは嫌がる私の味方でいてくれたが、一般的に女は結婚して家庭に入って、子供を産むことが幸せだと認識されているのだ。

 身内以外から初めてそう指摘されてしまえば、私にも幾らかの非がある様な気がしてしまう。

 されてきた行為は許せはしないが、彼らもまた悪気があってしていたわけではない。

 ただしラルスは別として。


「でもね、リズエッタちゃんが嫌と思っているならそれを否定する事はしないわ。私もあの人もね。だからどうしても駄目になったら此処に逃げてらっしゃい。私たちがちゃんとお話ししてあげるから」

「ソーニャさん! でもアイツ人の話きかないんですよ!」

「チッ、聞かないなら聞かせりゃ良い」

「ほら、あの人もそう言ってるから大丈夫よ。大人を頼りなさい」


 ああ見えてリズエッタちゃんを心配しているのよとソーニャは私に耳打ちをしてにっこりと笑う。

 もしかして私自身に届けにこいって言ったのは、万が一のことがあった時に助けてくれる気でいたからだろうか。

 なんで私なんかをそこまで心配してくれるのだろうと悩んでいるとソーニャは小声で『あの人、リズエッタちゃんのこと大好きなのよ。孫ができた様な気持ちなの。もちろん私もね』と、何とも言い難い気持ちにさせる台詞を呟いてくださった。


「──おじぃちゃん、って呼んだ方がいいですか?」

「ええぃ、やめい! そんな歳じゃないわ!」


 声を荒げたニコラだがソーニャを見るとクスクスと楽しそうに笑っていて、拒絶されてはいないのだと悟る。


 どうやら私には新たな祖父と祖母が出来たみたいだなと思考してみれば、何故だか胸がポカポカしてきた様な気もする。

 多分きっと、私は私を大切にしてくれる二人が好きなのだ。


「リズ、コレで味方が二人も増えたぞ。この街で頑張れるか?」

「そうだねぇ、おじぃちゃんが悲しくなっちゃうのは嫌だから逃げるのはやめておくよ」


 そう言って笑って、私はほんの少しの妥協を受け入れたのだ。

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